第五話 まさかこんなことになるなんて(2)

「分かりました」

「楽しみにしておくわ。ところでユリウス、だれに魔道具の作り方を教えてもらったのかしら?」

「あー、えーっと、ランプの魔道具を分解したときにひらめいたのですよ。この光の出る魔法陣を使えば、暗くなった天井や壁に星空を作り出せるんじゃないかなーって」

「本当? あなたウソをつくときに、手を組む癖があるわよね?」

「え?」

 思わず自分の両手を見た。確かにテーブルの上で手を組んでいる。まさかそんな癖が自分にあるなんて知らなかった。さすがはお母様。よく俺のことを見ているな。お父様とロザリアがこちらをジッと見ている。非常に気まずい。

「えっと、これはその……」

 お母様がニッコリと笑う。

「もちろんウソよ」

「……」

「それで、本当のところはどうなのかしら?」

 くそっ! はめられた! 普段はおっとりとしているのに、どうしてこんなときだけ鋭いんだ。だてにハイネ辺境伯夫人をやっていないというわけか。

「アメリア、そのことについてはあとでゆっくりと話そう」

「お父様」

「ユリウスもその方がいいだろう。信頼できる協力者は多いに越したことはないからな」

 俺は黙ってうなずいた。お母様も察したのか、それ以上は何も言わなかった。

 だが、不穏な空気を感じたのか、ロザリアがオロオロとし始めた。お母様に自慢した魔道具が俺にとってよくない方向に進んでいることに気がついたのだろう。賢い子である。

 ロザリアは〝お星様の魔道具〟を隠すかのように抱え込んだ。早くも涙目になっている。

「ああ、ロザリア! 違うのよ。別にユリウスをいじめているわけじゃないのよ」

 慌ててお母様がフォローに入る。ロザリアはハイネ辺境伯家の子供の中でただ一人の女の子である。たぶん一番かわいいのだろう。ぐずぐずしだしたロザリアをなだめ始めた。

「ユリウス、他に作った魔道具はないのか?」

「素材保存用の魔道具を作りました」

「そうか。それもあとで見せてくれ」

「分かりました」

 魔法薬だけでなく、魔道具を作っていることもバレてしまった。ここまで来たら、もうなるようにしかならないな。

「ユリウス、ここにいたのか」

「アレックスお兄様、カインお兄様! 王都はどうでしたか?」

「ああ、とてもにぎわっていたよ。王都に比べると、うちの領都もまだまだだね」

 サロンにやってきた二人はあいている席に座った。お父様がいるのに何という大胆発言。事実かもしれないが、ちょっと恐ろしい発言だな。ほら見ろ、お父様が苦笑しているぞ。

「アレックス、王都より優れた領都など、この国には存在しないぞ」

「そうかもしれませんが、だからといってあきらめるのはどうかと思いますよ。領都ならではの特色をかせば、超えられなくとも並ぶことならできるはずです」

「ほう? 具体的にはどうするのだ?」

「それは……」

 アレックスお兄様が口ごもった。まあ、非を打つだけならいくらでも語ることができるからな。そして具体的な提案がなければ何も変わらない。お父様はそのことを指摘したかったのだろう。

「カインはどうだ? この領都をにぎわせるために、何かいい考えはないか?」

 アレックスお兄様は現在十二歳。来年から王都の学園に通うことになっている。一方のカインお兄様は十歳だ。そろそろ遊んでばかりではなく、勉強にも力を入れる頃合いなのだろう。

「そ、そうですね、特には……」

 カインお兄様の顔には〝アレックスお兄様のせいで、とばっちりを受けた〟と書いてあった。ちょっとかわいそう。負けるな、カインお兄様。アレックスお兄様を補佐するのがカインお兄様の仕事だぞ。

「それではユリウス、お前はどうだ?」

 え? 俺? なんで王都に行ってない俺に話を振るかなぁ。

 お父様の視線だけでなく、お母様の視線もこちらを向いている。先ほどの魔道具の件で、どうやらお母様からもロックオンされたようである。聞いてないよ。

「そうですね、ハイネ辺境伯領の防衛力を強化するためには強い騎士団が必要だと思います。ですから、武術大会などはどうですか?」

「武術大会か。それなら王都で規模の大きな大会が行われているからな。わざわざここまで人が来ないかもしれないな」

 お父様があごに手を当てて考えている。可能性を感じているのだろう。だが決定打に欠けるようだ。うーん、他に何かよさそうなイベントはないかな。ハイネ辺境伯領の特色を使って、よその領地からも人を呼び寄せられるようなもの。

 ハイネ辺境伯領の特徴、それはやたらと土地があまっていること。そのため、広い土地が必要になる畜産業が盛んだ。牛追い祭りとかやっちゃう? あと、乳搾り大会とか。

 ……いや待てよ、そういえば馬もたくさん育てているよな。

「それなら競馬とかはどうですか?」

「競馬?」

「この辺りでは馬の飼育が盛んですよね? 各地で飼育された自慢の馬を競走させるのですよ。そして見に来た人たちに、どの馬が一番になるのかを賭けてもらうんです」

「なるほど、馬を賭け事に使うのか」

「そうです。そしてみんなが賭けたお金を、競走で一番になった馬を当てた人たちで山分けするのですよ。そして私たちは入場料でお金を稼ぎます」

「なんと」

「あらまあ」

 単勝のみだが、娯楽の少ないこの世界ではそれなりに楽しめるのではないだろうか? ハイネ辺境伯領はまだまだ土地があまっている。その一角を競馬場にすることくらい造作もないことだろう。

 俺の考えにお父様とお母様が悩み始めた。

「なかなか面白そうですな。領民に娯楽を提供すると共に、領内の馬をアピールする。馬の質がよくなれば戦力アップにもつながるでしょう。他の領地からも馬の買いつけが来るかもしれません」

 ライオネルがうれしそうな顔をしている。そういえばライオネルの趣味は乗馬だったな。いい馬が手に入るかもと思っているのだろう。

 俺は単純に、競馬が有名になれば人が集まってくるのではないかと思っているだけである。馬の質の向上までは考えていなかった。

「そうだな。まずは試しに騎士団の娯楽の一つとしてやってみるとしよう」

「そうですわね。乗馬の訓練にもなりますし、やってみてムダにはなりませんわ」

 こうして俺が提案した競馬が開催されることになった。まずはここでしっかりとしたルールを決めないといけないな。あ、屋台なんかを出してもらえば、もっとにぎわうかもしれない。

「それではルール作りと運営はユリウスに任せるとしよう。騎士団とも連携が取れているようだしな」

 確かにそれは言えている。騎士団との仲のよさはたぶん俺が一番だろう。適任といえば適任なのかもしれない。

 だが、二人の兄がいる手前、どうなのだろうか。ライバル心を持たれるかもしれない。それにかわいい七歳児にそんなことさせる?

「えっと……」

「もちろん後見人をつけるぞ。ライオネル、頼めるか?」

「もちろんです」

「では頼んだぞ、ユリウス」

「……分かりました」

 ライオネルが後ろにいるならいいか。子供の俺ではなく、ハイネ辺境伯家が主導した催し物だと判断してくれるだろう。領民は。

 騎士団のメンバーはごまかせないだろうなぁ。むしろ、全力で宣伝しそうだ。先手を打って口止めしておかないと。

 二人の兄を見たが、事態がみ込めていないのか、ポカンとしていた。実際に動き出してみればすぐに分かるさ。

「アレックスお兄様、学園の見学にも行ったのですよね? 王都の学園はどうでしたか?」

 かなり無理があったが、俺は露骨に話題を変えた。この話を続けるとボロが出るかもしれない。これ以上は触れない方が無難だろう。ロザリアも気になったのだろう。興味津々とばかりにアレックスお兄様を見ている。

「え? ああ、すごく大きかったよ。領都の学園の三倍以上はあったかな? 学園の敷地内に教会もあったしね」

「教会がですか? 学園内が一つの町みたいですね」

「うん。ユリウスのその考えは間違ってないよ。学園内にお店もあったしね」

 これはもう、一つの町みたいではなくて、一つの町だな。スケールが大きい。さすがは全土から優秀な生徒や、貴族の嫡男が集まってくるだけのことはあるな。

 俺は三男なので領都の学園に通うけど、ちょっと面白そうだと思ってしまった。

「学園内の寮から通うことになるのですよね? 寮はどんな感じでした?」

「フフフ、ユリウスもやはり寮が気になるみたいだね。カインからも散々聞かれたよ」

「そりゃあ気になりますよ。私とユリウスは寮生活を体験できませんからね」

 カインお兄様が心外だとばかりに口を挟んできた。今回カインお兄様が王都に行ったのは、王都がどのようなところなのかを見学するためであった。

 ちなみに俺はまだ王都には行ったことがない。まだ早すぎるということなのだろう。

「寮の部屋はこの家の自室よりも狭かったかな? でも、机やイス、ベッドなんかはすべて備え付けてあったよ。それはみんな共通みたいだね」

「身分の違いをなくすためですか?」

「そうだよ。だからお姫様も同じ条件みたいだね」

「お姫様!」

 思わず声をあげてしまった。知ってはいたが、この世界には本当にお姫様がいるのか。せっかく異世界まではるばるやってきたのだから、一度くらいお目にかかりたいものだ。

 あ、ちょっとロザリアが膨れている。それを見たアレックスお兄様は何やら楽しそうに笑っている。

「私もお姫様を見たかったけど、それは来年までのお預けだね」

「来年? もしかして、アレックスお兄様と同じ学年なのですか?」

「うん、そうだよ。もしかすると、お姫様と友達になれるかもしれないね」

 おお、それは夢が広がるな。王族と仲よくなれれば、うまい汁をチューチュー吸えるだろうからね。ぜひお兄様には頑張ってもらわなければ。

「ユリウスはお姫様に興味があるみたいだな」

 お父様が片方の眉を器用にあげて、からかうような口調でそう言った。その隣でお母様が扇子で口元を隠している。アレックスお兄様とカインお兄様は笑っていた。ロザリアは……ちょっと目がつり上がっているな。大丈夫。ロザリアもハイネ辺境伯家のお姫様だからさ。

「もちろん興味がありますよ。うまくいけばお金をたくさん稼ぐことができますからね」

「なるほど、お金か。ユリウスは夢ではなく、現実を追うタイプみたいだな」

 意表を突かれたお父様が苦笑している。

「それはもう。夢ではおなかは膨れませんからね」

 俺の発言にみんなが笑った。ようやく家族が戻ってきた実感が湧いた。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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