第五話 まさかこんなことになるなんて(1)
そんな感じで魔法薬を作り続けていると、王都から家族が帰ってくるという知らせがあった。
もちろんその前には、ゴブリン討伐に対するお父様からの手紙が来ていた。そこにはただ一言、〝よくやった〟とだけ書かれていた。……なんか怖いんですけど。
ドキドキしながら玄関で待っていると、王都に出発したときと変わらない家族の姿があった。
「ユリウス、ロザリア、変わりはなさそうだな」
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ!」
家族みんなにあいさつすると、お母様大好きなロザリアがお母様の下へと飛んでいった。やれやれ、これでようやく俺の役目も終わった。毎晩、ロザリアと一緒に寝る日々が終わったのだ。今日からはゆっくりと眠ることができそうだ。
「そうだ、いい子にしていた二人にはお
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
よく見ると、使用人たちがたくさんの箱を屋敷の中へと運んでいた。アレックスお兄様とカインお兄様も何やら王都でたくさん買い物をしてきたようである。二人が荷物を自分たちの部屋へ運ぶように指示していた。
「おばあ様、王都の魔法薬はどうでしたか?」
「気になるのかい? それじゃ、ユリウスのために王都の魔法薬師たちから聞いた話をしてあげようかねぇ」
にこやかにおばあ様がそう言った。おばあ様は王都に温室があることや、そこで品質の高い素材を育てようとしていることを教えてくれた。他にも、スペンサー王国内でよく使われている魔法薬の種類なんかもである。
おばあ様の話は領地に引きこもっている俺にとって貴重な情報源だ。それを惜しげもなく披露してくれるおばあ様は、すでに俺の師匠的な存在になっていた。おばあ様もきっと、俺のことを一番弟子だと思ってくれているんじゃないかな? 口には出さないけど。おばあ様も素直じゃないなぁ。
お父様とお母様、アレックスお兄様、カインお兄様が集まってきた。これからしばらくの間は王都の話で持ちきりになりそうだな。ようやくみんなが帰ってきたことを実感することができたぞ。
そう思っていたときが、正直、俺にもありました。俺は今、お父様の執務室に呼ばれている。隣にはライオネルが控えていた。
これはあれか、お父様の秘蔵のお酒をみんなに振る舞ったことに対するお叱りか。
「ユリウス、そこに座るように。それからライオネル以外は出ていけ」
おっと、お人払いだ。これは本格的にお父様を怒らせたかもしれないぞ。今までお父様に怒られたことはないけど、どんな感じになるのかな? ちょっとワクワクしてきたぞ。
「ユリウス、話はある程度、ライオネルから聞いた。だが詳しい話はお前からするように。ライオネルからはお前が魔法薬を作っているという話を聞いている」
ゲー! 裏切ったな、ライオネル! ライオネルは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ユリウス、ライオネルを責めるな。ハイネ辺境伯として私はすべてを知っておく必要がある。そうでなければ、何かあったときにお前をかばうことができないだろう?」
「……怒らないのですか?」
「そうだな、怒りたい気持ちはある。だが、ユリウスが魔法薬を提供しなかったら、被害が大きくなっていたことは確かだ。それは認めなくてはならない」
「お父様の秘蔵のお酒を飲んだことは?」
「……私がユリウスに全権を与えたのだ。もちろん、不問だ」
苦虫をかみつぶしたような顔をしてお父様がそう言った。どうやら相当
バレてしまったものは仕方がないか。お父様が後ろ盾になってくれるのなら、遠慮なく頼った方がいいだろう。
俺を信頼して全権を委ねてくれたくらいだ。その信頼に報いるべきだろう。
これまでのことをお父様とライオネルに話した。
「正直に言って、信じられん。だが実際に現物があるのだ。信じるしかないだろう」
「ユリウス様、誓ってこのことをだれにも口外することはありません」
でもなぁライオネル、すでに口外してるんだよなぁキミ。ライオネルも俺とハイネ辺境伯家のことを思って行動したんだろうけどね。そこは認める。でも一言、相談があってもいいんじゃないかなぁ。こちらにも心の準備ってやつがあるんだよ。
お父様は深いため息をついた。
「ユリウス、私の母上がこのことを受け入れると思うか?」
「おばあ様がですか? ……難しいと思います。以前、新しい魔法薬を作りたいと言ったときに、〝家を潰したくないなら作ってはダメだ〟と言われました」
「なるほど。あのときはかなりの貴族が粛清されたそうだからな……」
何があったのかは分からないが、おばあ様が若いころに何か魔法薬に関する重大な出来事があったようだ。おばあ様は話してくれそうもないし、魔法薬には想像以上に何か暗い過去があるのかもしれない。これは自分で調べるしかなさそうだ。
「ユリウス、これからもお前の作った魔法薬を騎士団に提供するように。売値はお前の希望の金額で構わない」
「それでは無料にします。何せ私は人体実験をしている身ですからね」
「なるほど、うまい言い訳だ。……まったく、欲がないやつだ。思った以上に厄介だな」
「それはもちろんですよ。だってお父様の子供ですからね」
お父様は再び深いため息をつき、ライオネルが苦笑した。
秘密の話し合いは終わった。終わってみれば、悪い結果ではなかったと思う。
お父様という心強い後ろ盾を得ることができたし、ライオネルにも相談しやすくなった。ライオネルに相談しやすくなったということは、魔法薬の素材を入手しやすくなったということである。
「ライオネル、〝しびれ玉〟の材料の確保を頼む」
お父様たちと一緒にサロンへ向かう途中でライオネルに声をかけた。お父様が戻ればもう大々的に使うことはないだろうと思って、あれから作っていなかったのだ。
それがお父様に容認されたことで使用可能となった。それならば数が必要になってくる。
「あれは育てることができないのですか?」
「できるけど、原木が必要になる。そして、原木がない」
「フム、〝しびれ玉〟という道具がずいぶんと有効だったそうだな。ユリウス、遠慮はいらんぞ。庭で育てるといい」
ゴブリンを無効化し、上位種のゴブリンジェネラルを弱体化させた魔法薬を、お父様はずいぶんと評価してくれているようだった。
それならばと、俺はライオネルに原木の確保もお願いした。素材を安定的に得られるようになれば、魔法薬の生産もはかどるというものだ。
「お兄様!」
「ちょっとユリウス、お話があるのだけどいいかしら?」
サロンに到着するとお母様と妹のロザリアが待ち構えていた。ロザリアの手元には俺が作った〝お星様の魔道具〟が置かれている。
もしかして俺、またなんかやっちゃいましたかね?
「な、なんでしょうか?」
俺とお父様はそろってあいている席に座った。ライオネルは後ろに控えている。チラリとお父様を見ると、〝お前、まだ他にもやらかしているのか〟という顔をしていた。これはもうどうしようもないな。
「この魔道具、あなたが作ったそうね?」
「そうですけど……」
「なんでも、星空が見える魔道具だそうね」
「はい」
「ほう」
感心したかのように、お父様が声をあげた。これでお父様には俺は魔法薬だけでなく、魔道具も作ることができると認識されてしまったようである。
「ロザリアが自慢していたわ。この魔道具を使って、ユリウスが寝るまでにたくさんお話をしてくれたって」
確かに話した。その場のノリで適当な星を指し示し、絵本の話を題材にしてそれっぽい話をでっち上げると、ロザリアはとても喜んでくれた。
「ソウデスカ」
「そうなのよ。それでね、今晩、私たちにも披露してもらえないかしら?」
これはあれか、全員の前でやれってことなのか。なんだかだんだんと大がかりなことになってきたぞ。ロザリアへのちょっとしたプレゼントのつもりだったのに。
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