第四話 万事、ユリウスに任せる(4)

 こうして戦勝祝賀会が始まった。俺が言った通りに、みんなくつろいだ格好で集まってくれた。この方がお互いに気を使わなくてすむからね。

 食事もお酒もどんどん進む。俺も妹に食べさせながら、マナーそっちのけで食べた。

「お兄様、みんなで食べるのはとっても楽しいですね!」

「そうだろう、そうだろう。食事はみんなで食べた方が楽しいんだよ。ほらジャイルとクリストファーも食べているか?」

「もちろんですよ」

「なんだか夢みたいです!」

 二人とも喜んでいるみたいだな。こうして勝利の美酒を味わうことも、大きな経験になるはずだ。

 そんな風に子供は子供で楽しんでいると、若干顔色を悪くしたライオネルがやってきた。

「ユリウス様、このお酒は一体どこから出てきたのですか?」

「ん? これか? これはな、お父様の酒蔵からだよ」

「やっぱり」

 ライオネルが天を仰いだ。その顔には〝どうりでうまいわけだ〟と書いてあった。でももう、開けちゃったんだよね。一度栓を開けてしまえばどんどん質が悪くなるので飲むしかないのだ。

「料理長は止めなかったのですか?」

「止められたけど、許可をもらったと言ったら従ってくれたよ」

「許可、ですと?」

「うん。俺は今、全権を握っているからね」

 あああ、とライオネルは額に手を当てると首を左右に振った。さすがのお父様もまさかそんなことをするとは思ってもみなかっただろう。それならば〝ただし、秘蔵のお酒はのぞく〟と書いておくべきだったのだ。

「そうだ、ライオネル。明日で構わないので、今回の報告をお父様にしておいてくれ」

「ユリウス様が報告なさった方がよろしいのでは?」

「俺が書いた、ミミズがのたうちまわったような字の報告書を見ても、だれも喜ばないよ」

「……承知いたしました」

 ライオネルがため息をついた。またしてもライオネルに迷惑をかけてしまった。これは別で何かプレゼントした方がいいかな? お父様が秘蔵中の秘蔵にしているお酒にするか? でもさすがに受け取ってくれないかな。どうしたものか。祝賀会は夜遅くまで続いた。


 翌日、朝の日課となっている薬草園に行くと、すでに騎士が鋭い目つきで辺りを見張っていた。

「おはよう。いつもすまないな」

「おはようございます、ユリウス様! この薬草園は我々の生命線。死守して当然です!」

 なんか、ものすごく大事な場所になっているな。まるで聖地扱いだ。ちょっと顔が引きつりそうになったぞ。

「そうだ、何か足りていない魔法薬はないか?」

「そうですね……遠征中の虫刺されに困ることがありますね。かゆくてもよろいを脱ぐわけにはいかないので、集中力が散漫になるんですよ」

「なるほど。それじゃかゆみ止めが必要だね。それに虫よけスプレーもあった方がいいか」

「虫よけスプレー?」

「あ、いや、こっちの話だ。貴重な意見をありがとう。参考になったよ」

「いえ、とんでもありません!」

 ビシッと敬礼する騎士。虫よけスプレーはないけど、〝虫よけのお香〟はあるな。それに〝かゆみ止めなんこう〟もある。

 ゲーム内ではただの納品クエスト用のアイテムだったけど、よく考えると、現実だと有用なアイテムだな。

 これは見落としているアイテムがもっとあるかもしれないぞ。今まで俺の頭に浮かんでいた魔法薬は戦闘中に役立つアイテムばかりだった。もっと庶民目線からの魔法薬の普及も視野に入れた方がいいかもしれないな。

 虫よけや、かゆみ止めを作るのに必要な素材であるハーブ類は、この薬草園ですでに育てている。本当はハーブティーにしようかと思っていたのだが、別の使い道ができたな。

 そろそろ薬草園が手狭になってきた。しばらく屋敷から出られないし、薬草園の拡張作業にいそしむことにしよう。

 必要な素材があれば冒険者ギルドに頼もうかな。今回、色々と縁が深くなったことだし、少しは気兼ねなく頼めるようになったと思っている。色々と実りがある討伐作戦になったな。

 少しだけ薬草園を広くしてから、『株分け』スキルを使って薬草と毒消草を増やしておいた。そのついでに、新しい魔法薬を作るのに必要な素材を回収しておく。残りの足りない材料は料理長から分けてもらおう。調理場には魔法薬の素材がゴロゴロと転がっているのだ。

「料理長、唐辛子を分けてもらえないかな? あと、みつろうも欲しいな」

「これはこれはユリウス様。何に使うおつもりですかな?」

「秘密!」

 子供らしく、あざとかわいい笑顔を料理長に向ける俺。ファファファ……こわもての料理長が見かけによらず子供好きなのはすでに把握ずみなのだよ! たじろいだ料理長に、とどめのおねだり光線を目から発射する。効果は抜群だ。料理長は何も聞くことなく例のブツを渡してくれた。いつもすまないね。

 でも、これから作るものは料理人たちの役にも立つはずなんだよね。あとでちゃんと分けてあげよう。

 素材を無事にゲットした俺は自分の部屋へと戻った。実のところ、家族が王都から帰ってくるまでの間、おばあ様の調合室を借りて魔法薬を作るという案もあった。しかし、これ以上、調合室の道具を動かすとおばあ様に気づかれるかもしれないと判断した。

 これまで使った道具は寸分たがわず同じ場所に戻しているつもりだ。だが、少しずつずれてきている可能性は大いにある。今、俺が魔法薬を作っていることを知られるわけにはいかない。そうなったらお尻ペンペンではすまされないだろう。

 そのため、ゴブリン討伐作戦が終わってから、調合室には一切立ち入らないことにしたのだ。

 必要な素材を机の上に置くと、部屋にだれも入ってこないようにしっかりと鍵をかけた。これでよし。『ラボラトリー』スキルを使っているところをだれかに見られるわけにはいけない。だって、それがなんなのか説明できないからね。

 まずは〝虫よけのお香〟から作ろう。素材はグリーンハーブに蜜蝋と唐辛子。蚊取り線香のような物である。ただし、とぐろは巻いていない。鉛筆くらいの太さの円柱である。

 グリーンハーブと唐辛子を乾燥させて粉にする。そこに蜜蝋と魔力水を加えて、粘土のような状態にする。それを円柱形に加工して乾燥させれば完成だ。使い方はお香と同じである。一度で二十本くらいできたので、効果を試してもらうには問題ないだろう。

 続いて〝かゆみ止め軟膏〟の作製に取りかかる。こちらの材料は薬草と毒消草にイエローハーブである。圧力を加えながら沸騰しないように加熱した蒸留水に、薬草と毒消草を入れる。加熱をやめてゆっくりと冷まし、成分を十分に蒸留水に溶け込ませたところに、乾燥させて粉にしたイエローハーブを入れる。あとは粘り気が出るまで、混ぜながらゆっくりと加熱すれば完成だ。コツは加熱しすぎないこと。それをやると効果がガクンと下がるのだ。完成品を小さな容器に入れると、二十個ほどになった。

「なんとか無事に完成したけど、やっぱり結構魔力を使うな。子供だから仕方がないのかもしれないけど、これじゃ大量生産はできない。やっぱり自分の調合室が欲しいな」

 俺にもう一部屋あればそこを調合室にしたんだけどね。どこかに秘密の部屋を作れないものか。そうだ!

 名案が浮かんだ俺はさっそく騎士団の宿舎へと向かった。もちろん先ほど完成させた魔法薬は持ってきている。

 宿舎に着くと、さっそく目当ての人物を見つけた。

「お、ライオネル、ちょっと相談なのだが、宿舎の片隅に俺の調合室を作れないかな?」

「ユリウス様、その話は我々の間で議論したことがあります。結論としては無理だろうということになりました」

「なんで?」

「騎士団に魔法薬師がいないからです。魔法薬師がいなければ、必要な道具をそろえることができません。そうなると、部屋を確保してもあまり意味がありません」

「そう言われればそうか。資格を持っていないと、道具も買えないか」

「はい」

 残念。どうやら学園を卒業するまでは自分の調合室は持てないようである。仕方がないので、これまで通り『ラボラトリー』スキルでなんとかするしかなさそうだ。

「そうだった。新しい魔法薬を持ってきたんだ」

 ライオネルに〝虫よけのお香〟と〝かゆみ止め軟膏〟を手渡した。効用と使い方を教えると喜んでくれた。

「これは大変助かります。みんな困っていましたからね。さっそく次の遠征のときに使わせてもらいます。……ユリウス様、これも内緒なのですか?」

「そうだね。それとも、おばあ様が同じ物を作ってたことがある?」

「……ないですな」

「じゃ、そういうことで」

「御意に」

 ライオネルが眉をこれでもかというほどハの字に曲げて、すごく悲しそうな顔をしている。

 もしかすると、俺の功績が表に出ないことを不満に思っているのかもしれない。そんなこと全然気にしないのに。

 無事に学園を卒業して、高位の魔法薬師になったら遠慮しないからさ。

 渡した魔法薬はすぐに使ってくれたようであり、〝最高だったので追加が欲しい〟と早くも要望があった。いくつか料理長にも渡したけど、こちらも評判がよかった。特に〝虫よけのお香〟が評判みたいで、今では調理場の救世主と呼ばれているそうだ。……それって俺のことじゃないよね? 魔法薬のことだよね?

 ここのところ、毎日限界まで魔力を絞り出していたためか、魔力量が増えたような気がする。以前よりも明らかに『ラボラトリー』スキルを維持できる時間が延びたので、少しは作れる数が増えた。とはいっても、一個が二、三個になっただけなんだけどね。

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