第四話 万事、ユリウスに任せる(3)

「ゴブリンロードには効きませんでしたか。状態異常の耐性が高い魔物は本当に厄介ですね」

「あれだけ効果があれば十分ですよ。魔物の狩りを安定させるためにも、ぜひ売ってほしいものですけどね」

「あれはおばあ様が極秘で開発したものですからね。売るのは難しいかもしれません」

 もちろんウソである。〝しびれ玉〟を作ったのは俺。作り方もそれほど難しくはない。だが、効果が高すぎる。まともな解毒剤が存在しない状態で売りに出せば、犯罪や戦争に使われること間違いなしだ。そんな危険は犯せない。

「それにしても、騎士団が持っていたあの初級回復薬はなんですか? 回復効果が高い上に、まるで水のように飲んでいたんですよね。ケガした仲間に聞いたら〝水と同じだ。これまでのまずい初級回復薬はなんだったんだ?〟と言ってましたけど……」

「あ、あれもおばあ様が開発中の魔法薬なんですよ。うまくいけば、安定供給できるかも?」

「いや、あれはもう完成品ですよ。今すぐにでも売りに出すべきです。俺なら今売られている初級回復薬の三倍、いや五倍の値段でも買いますね」

「五倍!」

 どうやら相当価値があるものに仕上がっているらしい。

 冒険者のためにも、領民のためにもレシピを公開して広めたい思いはあるのだが、年齢的にまだ魔法薬師になるのは無理なんだよな。少なくとも、学園を卒業する必要がある。

 しかし五倍か。お金、稼げそうだな。騎士団に提供している初級回復薬の一部を冒険者に……いかんいかん。騎士団の戦力強化が最優先事項だ。我がハイネ辺境伯家を守っているのは騎士団なのだから。

 俺とアベルさんが話している間にもライオネルは今回の作戦に対するお礼を冒険者たちに伝えていた。冒険者たちからは拍手も聞こえてくる。

「ユリウス様、何か言うことはありますかな?」

 ライオネルが話を振ってきた。冒険者たちが俺に注目する。特に言うことはないんだけど、報酬はハッキリとさせておいた方がいいかな。

「今回の討伐作戦で得た魔石はすべて冒険者たちに提供する。魔石の販売価格から、任務の危険度と貢献度に応じて、冒険者ギルドからしっかりと報酬を受け取るように。それとは別に、ハイネ辺境伯家からの依頼報酬もある。忘れずに受け取ってくれ」

 ワアア! と先ほどよりも大きな声と拍手があがった。恐らく魔石は没収されると思っていたのだろう。だがそんなことはしない。それよりも冒険者ギルドや冒険者たちと良好なつながりを持った方が断然価値がある。また同じようなことが起きたときに、彼らに力を貸してもらえないのは困るのだ。

 騎士団の団員たちには不満がたまるかもしれない。しかし騎士団に所属していれば、毎月決まった額のお金をもらうことができるのだ。決して高額ではないが、堅実に懐は暖まっていくことだろう。

 それに加えてゲロマズ魔法薬から解放される。これはお金よりも価値があるはずだ。

「最後にもう一つ。これをアベル殿に渡しておく。領都の冒険者ギルドに戻ったら、みんなの飲み代の足しにしてほしい」

 そう言ってあらかじめ用意しておいた、お金の入った袋をアベルさんに渡す。思わず受け取ったアベルさんは慌て出した。

「そんな! ユリウス様、報酬にしては多すぎますよ!」

「いいんだ。それは報酬じゃない。俺からの感謝の気持ちだ。俺の懐から出たお金なので、気にせずに使ってほしい」

「そんなの余計に困りますよ!」

「ほらアベル殿、みんな飲み代に期待してますよ?」

 こちらに注目している冒険者たちを見た。大多数の冒険者が期待に満ちあふれた目をしている。アベルさんがぐぬぬとなった。

「分かりました。ありがたくちょうだいいたします」

 アベルさんが折れたことで、再び歓声があがった。

「よかったのですか、ユリウス様? お館様から預かっている軍資金から出してもよかったのですよ?」

「いいんだよ、ライオネル。それよりも、この食事を提供してくれた村の人たちにも、お金を支払っておくように」

「……素直に受け取るとは思いませんが?」

「そこはうまくやってくれ。そのお金を領内で使ってくれれば、巡り巡ってハイネ辺境伯領の税収になるからな」

「分かりました。なんとかやってみましょう」

 ライオネルには苦労をかけてしまったな。それに騎士団の団員にも魔物の森での採取から、村を囲む柵の設置、ゴブリン討伐作戦など、ずいぶんと力を借りている。

 屋敷に戻ったらお父様の秘蔵のお酒でも振る舞って、宴会でもしよう。

 お父様から怒られるかもしれないが、なんてったって今の俺は全権を握っているからな。

 ハイネ辺境伯家にある物は俺の物。俺の物はみんなの物である。全権を俺に押しつけるとどうなるか、思い知るといい。

 妹のロザリアが心配しているだろうし、可及的速やかに帰らないとな。

 屋敷に戻った俺はすぐに騎士たちに数日の間休むように命令した。さすがに全員を同時に休ませるわけにはいかないので、交代で休むことになる。それでもいつもより長く休むことができるはずだ。

「ユリウス様は休まないのですか?」

「ああ。貴族に休みはないからな。毎日休んでいるようなものさ」

「少しは休んでも罰は当たらないんじゃないですかね?」

 クリストファーの質問に答えると、ジャイルがあきれたように口を開いた。

「もちろん、お前たちは休んでいいぞ。しばらくは街の視察も休みだ。特にすることもないからな」

 俺の言葉に微妙な顔をする二人。今回の作戦で活躍したわけでもないし、複雑な心境なのだろう。共にまだ子供なのだから喜んで遊びに行けばいいのに。妙なところで遠慮する。

「ユリウス様、お呼びですか?」

「おお、ライオネル。いつもすまないな」

「何をおっしゃいますか。我々騎士団はユリウス様の駒ですぞ。気になさらずに使って下さい」

「そうか。それじゃ祝賀会を開こうと思っているので、騎士団のみんなに通達しておいてくれ。場所はダンスホールだからな。それと、ドレスコードはなしだ。普段着で来るように」

「よろしいのですか?」

「もちろん。すでに料理人には伝えてある」

「承知いたしました」

 ライオネルが頭を下げて出ていった。フッフッフ、会場に入ったらビックリするだろうな。何せそこにはお父様の秘蔵のお酒が並んでいるのだから。

 せっかくだから、屋敷中の使用人と、料理人も参加させるか。ハイネ辺境伯領が守られたのは生活を支えてくれる彼らのおかげでもあるからな。みんなに感謝しないと。無礼講、無礼講。


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