第四話 万事、ユリウスに任せる(2)

 それから数日後、魔物が住む森からそれほど離れていない村に騎士団と冒険者が集まっていた。その村は、冒険者ギルドの調査によって発見されたゴブリンの集落からもっとも近い場所にある。

 すでに村の周囲には木材を使った簡易的な柵が作られており、万が一に備えていた。

「改めて作戦を説明する。Cランク以上の冒険者と騎士団は先陣を切ってゴブリンの集落へ突入。その際、突入すると同時にハイネ辺境伯騎士団が秘蔵している〝しびれ玉〟の魔法薬をゴブリンたちが密集している位置に投げ入れる」

 ライオネルが台の上に立ち、騎士団と冒険者たちに説明をしていた。ライオネルは俺に説明をさせるつもりだったようだが、〝さすがに子供の話をまともに聞くやつはいない〟と説得した。

 俺は騎士団から信頼されているのかもしれないが、それは身内だけの話である。

「効果は昨日、確認した通りだ。すぐに〝しびれ玉〟が破裂して、その周囲のゴブリンたちを行動不能にするだろう」

 念のため、しびれ玉のデモンストレーションを昨日行った。その効果は抜群で、Aランク冒険者ですら、動きを鈍らせることができた。その結果を目の当たりにして、しびれ玉の効果を疑う者はいなかった。

「ゴブリンたちが行動不能になったのを確認できたら、我々精鋭部隊とキミたちがゴブリンの上位種をたたく」

 Bランク以上の冒険者と思われる、他の冒険者よりも立派な装備に身を包んだ人たちがうなずいた。

「残りの冒険者たちは行動不能になったゴブリンを一匹残らず掃討してくれ」

 その場にいた全員がうなずいた。

 最終確認のため、ライオネルたちが地図を開いたテーブルに集まり、しびれ玉を投げ入れる位置の確認を行っていた。

 作戦はいたってシンプルだ。ゴブリンをまひさせて、その間に殲滅する。

 こちらの被害を最小限にしてゴブリン軍団を全滅させることを考えていたとき、ひらめいたものがあった。そういえば、この間、魔物の森に行ったときに、しびれキノコと粉じんキノコを収穫していたなと。

 この二種類のキノコがあれば、衝撃を与えると破裂し、動きを鈍くさせる状態異常をまき散らすアイテムが作れたはずだ。

 すぐにそのことをライオネルに話して、騎士団総出でキノコ採取に行ってもらった。

 そのかいあって、かなりの素材を集めることができた。問題はどうやって大量に作るかだが……これは今のハイネ辺境伯家の状況が味方してくれた。

 おばあ様は王都にいる。それならば、おばあ様が魔法薬を作るための部屋と器具を使うことができるのではないか?

 ライオネルは初めこそ驚いたが、すぐに俺の意見に従ってくれた。部屋にはすぐにキノコが集められ、俺は一日中、しびれ玉を作り続けた。

 作り方はそれほど難しくはない。まずはしびれキノコと粉じんキノコを乾燥させ、粉にしたものを三対七の割合で混ぜる。それに蒸留水と卵を加えて粘り気が出るまで混ぜ込んでから、丸い球体状に加工する。最後に『乾燥』スキルでカラカラに乾燥させたら完成だ。

 七歳児なだけあって途中、魔力不足に陥った。しかしそこは、ようやく収穫できた魔力草を素材にして作った、〝初級魔力回復薬〟によってなんとか乗り切った。

 そうして完成したしびれ玉を基点に、今回の作戦を立てたのだ。

 失敗したときに備えて、村は木の柵で囲まれている。籠城しながら住民を避難させるためだ。

 もちろん先に逃がすことも考えたのだが、村人たちが〝我々も共に戦います〟と言って聞かなかったのだ。ハイネ辺境伯領の領民、忠誠心高すぎ!

 まあそうなったら、俺が魔法ですべてを片づけるつもりだけどね。〝ハイネ辺境伯の神童〟と呼ばれるようになってお家騒動を引き起こす未来しか見えないけど、領民に犠牲者を出すわけにはいかない。

「ユリウス様、大丈夫ですかね?」

 出発した〝ゴブリン殲滅隊〟を見送っていると、隣にいたクリストファーが声を震わせて聞いてきた。声だけじゃない。体も震えている。武者震いではなさそうだ。まだまだ子供だもんね。仕方ない。

「まあなんとかなるさ」

「さすがはユリウス様ですね」

 ジャイルが声を弾ませている。こちらは余裕があるみたいだ。まあ討伐に失敗しても、相手にはかなりのダメージを与えているだろうし、なんとかなるとは思う。

 魔物の森からはギャアギャアと声をあげながら飛び立つ鳥たちの姿があった。

 それから二時間ほどたっただろうか? 騎士団員の斥候が戻ってきた。その顔は明るい。

「ユリウス様、報告します! 作戦は成功! 今は負傷者の救護と魔石の回収を行っています。ゴブリンの集落にはゴブリンロードがいましたが、騎士団と冒険者が協力して討ち取りました! 負傷者は出ましたが、死者は一人もいません」

 ワアア! と村人たちからも歓声があがった。村長も、村に残って警戒していた騎士たちも、一緒に声をあげハイタッチを交わしていた。

「よくやってくれた。魔法薬の提供を惜しむなと伝えておいてくれ」

「御意に!」

 それだけを言い、頭を下げるとすぐに森の中へと戻っていった。死人が出なかったのは実に運がよかった。何人か犠牲者が出ると思っていたので、昨日から胃がキリキリと痛かったのだ。

 やれやれ、これでようやく安心できそうだ。足の力が抜け、ドッとイスに座り込んだ。

「ユリウス様!」

「大丈夫だ、ジャイル。張っていた気が緩んだだけだよ」

「すぐに飲み物を持ってきます!」

 クリストファーが慌てて飛び出した。そんなにあせらなくてもいいのに。しかし、二人はよく俺のことを見てるな。さすがは俺の手下と言ったところかな?

「ユリウス様、なんとお礼を申し上げたらいいのか……」

「村長、昨日も言ったが、この村には何の非もないんだ。事が起こる前に片づけた。何もなかった。そうだろう?」

「確かに事実だけ見ればそうですが、ユリウス様が気がつかなければこの村はどうなっていたか……」

「いやだから、気がついたのは俺じゃなくてライオネルだって」

「そう言われましても、皆さんがユリウス様のおかげだと言っていますよ」

 どうしてこうなった。だれだ、そんな情報を流したやつ。ライオネルか? ライオネルなんだろう? 自分の手柄にしておけばいいものを、変なところで律儀だよな。たぶん親戚からは頑固おやじとして一目を置かれていることだろう。困ったやつだ。

 クリストファーから水をもらい、一息ついたところで外に出ると、村はすでにお祭り騒ぎになっていた。

 その気持ち、分かるよ。いきなり村の周りに木の柵が作られて、村人は全員家で待機。続々と集まってくる冒険者と騎士団。そして告げられるゴブリン軍団の脅威。

 それらすべてが解決したのだ。村の脅威は去った。そりゃお祭り騒ぎにもなるか。でもまだみんな戻ってきてないんだよね。

 やれやれと思って見ていると、村人たちは早くもうたげの準備をしていた。いいのかな、これで……。

「ユリウス様、騎士団が戻ってきましたよ!」

 やぐらの上から魔物の森を見張っていたジャイルが声を張り上げた。見ると遠くに小さな一団が見える。その一団はハイネ辺境伯家の旗を掲げていた。どうやら間違いなさそうだ。

「ユリウス様、ただいま戻りました」

「ライオネル、ご苦労だったな。詳しい報告はあとで聞く。今は他のみんなと共に休め。アベル殿、世話になりました」

「騎士団秘蔵の〝しびれ玉〟のおかげで、ずいぶんと楽に倒すことができましたよ。さすがにゴブリンロードには効きませんでしたが、取り巻きのゴブリンジェネラルや、ゴブリンマジシャンたちの動きをかなり鈍らせることができましたからね」

 アベルさんはハイネ辺境伯領内で活躍するAランク冒険者だ。今回の作戦で、冒険者たちを率いてもらった。まだ二十歳はたちを過ぎたばかりなのだが、冷静沈着でとても頼りになる。

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