第四話 万事、ユリウスに任せる(1)

 ロザリアが寂しくないようにと思って作った魔道具だったが、すぐに大問題が発生した。

 俺の作ったプラネタリウムの魔道具はロザリアによって〝お星様の魔道具〟と命名され、毎晩俺の部屋にその見事な星空を披露することになった。

 それはそれで別にいいのだが、ロザリアがそのまま俺のベッドで幸せそうな顔をして眠りにつくのだ。

 もちろん、ロザリア専属の使用人も一緒である。ここ数日、疲れが取れないような気がするのは気のせいだろうか。

 自分の部屋で寝てもらうにはどうすればいいのだろうかと考えていたある日、王都にいるお父様から手紙が届いた。

 間違いなく、ライオネルが先日出した手紙に対する返事だろう。しかしそこには俺の名前はあるが、ライオネルの名前はなかった。

 これはライオネルではなく、俺宛てなのかな? 使用人からペーパーナイフを受け取り、封を切った。

「なんだこれ。ライオネルは一体どんな報告書を送ったんだ? 〝万事、ユリウスに任せる〟って、どういうことなの? 俺に全権を委ねるってことなのか? 俺、まだ子供だぞ」

「お兄様、どうしたのですか?」

 隣で朝食を食べていたロザリアが心配そうに聞いてきた。ロザリアの頭をひとなでしてから、努めて優しい口調で声をかける。

「なんでもないよ。ちょっと予想外の返事がお父様から来ただけさ。ライオネルに相談すればすぐに解決するよ」

 納得したのかどうかは分からなかったが、それ以上は聞いてこなかった。ときどき妹が何を考えているか分からないところは怖いな。記憶力はいいし、思ったよりもしたたかなんだよね。

 朝食が終わると、すぐに薬草園に行って水やりをする。そのときに薬草園を警備している騎士にこれからライオネルのところを訪れることを告げておく。

 別に連絡なしで行ってもよかったんだけど、もしかすると、冒険者ギルドから調査報告が来てるかもしれないからね。その準備があれば、と思ったのだ。

 騎士団の訓練場に到着すると、その足で騎士団長の執務室へと向かった。執務室には騎士団長を始め、各部隊の隊長、副隊長がそろっていた。

「ユリウス様、何かありましたかな?」

「うん。今日、お父様から手紙が俺宛てに来てさ」

 そう言って手紙をライオネルの前に置いた。ライオネルはその手紙を確認する。

 特に何も言うこともなく無言である。むしろ〝これが何か?〟みたいな顔をしてる。

「ライオネルは一体どんな内容の手紙をお父様に送ったんだ?」

「ユリウス様の言われた通りにそのまま書きましたが……もちろんユリウス様の提案ということで」

「それだ! なんで俺の名前を出すんだよ。指揮権が俺になってるじゃないか。ライオネルは子供に指揮権を持たせるつもりか?」

「ええ、まあ……適任だと思いますが」

「なんでだよ!」

 どうやらそう思っているのは俺だけのようで、その部屋にいた全員がしきりに首をひねっている。

 ……お前ら子供に命令されて何とも思わないのかよ。どう考えても、騎士団長のライオネルが指揮権を持つべきじゃないのか。

 ああ、なるほどね。俺の権限でライオネルを指揮官に任命しろというわけか。それならハイネ辺境伯家の者が先頭に立ち、力を振るったことになる。領民からも〝ハイネ辺境伯はすごい! 頼りになる!〟となるわけだ。

 それで失敗したらライオネルのせいにするわけか。……これは失敗できないな。かといって、俺が先頭に立って指揮するわけにはいかない。

「ライオネル、お前を有事に際しての指揮官代理に任命する。今後、ライオネルの命令は俺の命令だ。みんな、そのつもりで」

「えええ! ユリウス様がそのまま指揮を執ればよいのではないですか。皆、ついていきますぞ」

「えええ……」

 周囲を見回すと、みんなが期待に満ちた目で俺を見ていた。やめろ、そんな目で俺を見るな。

「ダメだダメだ。冒険者ギルドとのやり取りもあるだろう? その辺りをスムーズに行うためにもライオネルの力が必要だ。それに、ほら、俺には妹の面倒を見るという大事な仕事があるからさ。それに魔法薬も作らないといけないし、ね?」

 俺の必死の説得によって、渋々ではあるがライオネルたちは承諾した。どうしてお前たちは七歳児をそんな目で見るのか。いじめか? もしかして、新手のいじめなのか?

 面倒事をライオネルに押しつけ、これでようやく一息つけそうだと思っていたら、そんなことはなかった。

 昼食も終わり、妹を寝かしつけたころに、騎士団長から緊急の呼び出しがかかった。どうやら冒険者ギルドから報告が来たらしい。

 急いで騎士団長の執務室へと向かった。そこには厳しい顔をした団員たちの姿があった。

「ライオネル、報告を頼む」

 悪い予感しかしないが、聞かなければならない。そして方針を決めなくてはならない。

「冒険者ギルドからの報告では、魔物の森のこの地点に大きなゴブリンの集落があるそうです。ゴブリンの数はおよそ三百」

「三百?」

「はい。そしてその中にはゴブリンの上位種の存在が確認されています。ギルドマスターの話によると、ゴブリンキングやゴブリンロードもいるかもしれないということです」

 そりゃ暗い表情にもなるわ。これは騎士団だけでは無理だな。兵を召集する必要がある。全権を任されているとはいえ、兵士を動かすなら正式な手続きが必要だ。

 国にも報告しなければならないし、周囲の領主への根回しもいる。それまでにゴブリン軍団が森から出てきたらとんでもない被害になる。

「どうなさいますか?」

「冒険者ギルドに援軍を頼もう。ハイネ辺境伯騎士団と冒険者ギルドとの共同でこのことに対処する。せんめつが無理でも数を減らすことができれば、少なくとも時間を稼ぐことができる。そうすれば、その間に兵を召集することができる。それさえできれば負けん」

「そうなると、冒険者側にも犠牲者が出る可能性がありますが……」

「そうなんだよなぁ。どうしたものか」

 うーんとその場にいた全員が考え込んだ。

 俺が殲滅魔法を撃ち込めばそれで終わりなんだけどね。どうしたものか。


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