第三話 魔物の森(1)

 目の前に魔物の森が見えてきた。

 お父様たちが王都へ旅立って数日。ようやく計画を実行する日が来たのだ。しきりに妹のロザリアが一緒についてくると言ってたが、さすがに連れていくのは無理だ。なぜならば、ロザリアは俺が街へ行くと思っているからだ。だがこれから行くのは魔物の森である。

「ユリウス様~、ボク、おなかが痛くなってきましたよ~」

「なんだ、クリストファー、怖いのか?」

 ジャイルが、先ほどから震えているクリストファーを挑発している。

 本当はクリストファーは行きたくなかったんだろうな。でも、俺たちは三人一組として見られている。一人でも欠けていると怪しまれる恐れがあるのだ。運がなかったと思ってあきらめてほしい。

 それにこれだけ護衛がいるのだ。万が一はないだろう。それに初級回復薬も解毒剤も持ってきている。ケガも毒もその場で治療することができるのだ。

「クリストファー、嫌ならこの馬車の中で待っていてもいいんだぞ? ここまで来れば疑いの目をかけられることはないだろうからな」

「そ、そんな~、もちろんついていきますよ」

 どうやらクリストファーの忠義は厚いようである。だが今回の魔物がいる森での採取は、クリストファーにとっても自信につながるはずだ。ちょっと弱気なのが玉にきずなんだよな。

「そうか。それじゃ行くとしよう」

「ユリウス様は恐れていないようですな。実に頼もしい」

「まあね。俺には魔法があるからね」

 ハッハッハ、とライオネルが笑った。冗談ではない。ゲーム内でのメイン職は〝魔法使い〟だったのだ。生産職ばかりやっていたわけではない。レア素材を得るために危険区域に行くこともあったからね。そのため、それなりに戦うことができる。

 二十人規模の武装した集団が魔物の森へと入っていく。中央にいる俺たちを守るように、円陣を組んでいた。斥候はすでに先行しており、常に万全の警戒態勢を敷いている。

「足下に気をつけてくれ。なるべく植物を踏まないように。どこに貴重な素材が生えているか分からないからな」

 見るからに怪しい集団は森の奥へと入っていった。しばらく進むと見慣れたキノコを発見した。

「止まってくれ。これはしびれキノコだ。痛み止めに使える」

「おおお! すぐに採取します!」

 俺の指示にすぐさま騎士たちがキノコを採取してゆく。痛み止めがあれば、戦場でケガをしても笑って後方の野戦病院まで行くことができるぞ。もちろん、頭痛や生理痛にも効く。

「さすがはユリウス様。よくご存じですな」

「いや、ほら、俺、鑑定できるから……」

「なるほど、そうでしたな」

 コソコソとライオネルと話す。俺が鑑定できることは騎士団しか知らない。悪いとは思うが、ジャイルとクリストファーも知らないのだ。

 二人は俺と同じ七歳児。まだまだ子供だ。ポロッと口に出す可能性があるからね。

「ユリウス様、あの見慣れない草は?」

「あれはただの雑草だね」

「こっちの草は薬草じゃないですか?」

 ジャイルは余裕が出てきたようで、一緒に素材を探し始めた。一方のクリストファーはせわしなく左右を警戒している。

「うん、正解だ。持って帰ってもいいけど、屋敷には保存できる魔道具がないからなぁ。そうだ、この際だから、保存容器の魔道具を作るとしよう」

「ユリウス様は魔道具も作れるのですか?」

「モチのロンだよ、ライオネル君。そのためには魔石が必要だな」

「魔石が必要だ! だれか魔物を狩ってこい!」

 ライオネルの指示に〝オウ!〟と野太い返事があった。ガチャガチャというよろいのぶつかる音が遠ざかっていく。大丈夫かな? 大丈夫だよね。うちの騎士団は強いから。

 その証拠に、長い間、魔物の討伐で死者を出したことはなかった。おばあ様が作った上級回復薬があったとしても、死んでしまっては効果がないからね。

 その後も薬草や毒消草、しびれキノコ、粉じんキノコなどを採取しながら進む。そしてようやく探し求めていた素材を見つけることができた。

「魔力草だ! やっと見つけることができたぞ。ここまで見つけにくいとは思わなかった」

「魔力草は冒険者ギルドでも高く売ることができますからな。冒険者が最優先で採取するのでしょう」

「なるほどね。栽培方法はまだ確立していないみたいだね」

「それどころか、薬草の栽培ができるようになったのは最近の話ですよ」

「あらら。ひょっとして栽培している俺って、かなりすごいのでは?」

「……もしかして、気がついておりませんでしたか?」

「……うん」

 ライオネルに残念な人を見るような目で見られているが、そんなの関係ない。そんな視線をものともせずに、俺は魔力草の苗を『移植』スキルで採取した。できればもう何株か欲しいんだけど。

 その後も森を巡回し、なんとか合計三株の魔力草の苗をゲットしていた。できれば十株くらい欲しかったんだけど、しょうがないね。

「団長! またゴブリンです」

「またか? 迎撃しろ!」

「了解です!」

 魔物の森に入ってから、どうも定期的にゴブリンに遭遇するような気がする。ライオネルが〝またか〟と言うのもうなずける。まあ、ゴブリンは単独なら弱い魔物なので、騎士団の相手にはならないのだが。

「さすがは魔物の森だけあって、ゴブリンが多いですね」

 ようやく魔物の森に慣れてきたクリストファーが、周囲を警戒しながら言った。

「ゴブリンは中の雑魚だからな。クリストファーも一匹倒して、手応えを感じた方がいいんじゃないのか?」

 先ほどゴブリンを倒したジャイルが上機嫌で言った。自分でも勝てると思ったのだろう。大分弱らせてあったけどね。そうでもなければ、たとえゴブリンといえども、七歳児が無傷で倒せるはずがない。

 でもおかしいな。

「ライオネル、この辺りは先日、魔物の討伐を行ったエリアだよな。それなのに、こんなにゴブリンがいるものなのか?」

「……確かに、何か変ですな。通常ですと、しばらくはゴブリンだけでなく、他の魔物も現れないはずです。そうでなければ、もっと頻繁に魔物の討伐を行わなければならないでしょう」

「なんだか嫌な予感がするな。どこからかゴブリンの集団がこの森に移住しようとしているんじゃないか? もしくは、すでに移住してきているとか」

 ライオネルが腕を組み、目を閉じた。その様子を騎士団の団員が不安そうに見ている。どうやらライオネルが考え込むときの癖のようである。

「我々が魔物の討伐を行って、外敵がいなくなった場所にゴブリンが移住する。ありえる話ですな。すぐに斥候を呼び戻して、調査させましょう」

「そうだな。そうしてくれ」

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