第三話 魔物の森(2)

 そのとき、俺の『探索』スキルに反応があった。このゴブリンの密集度は村でも作っているのではなかろうか。

 ゴブリンの繁殖力は強いので、できる限り早めに潰しておいた方がいい。だが俺がその場所を言い当てたら〝なんで分かったんだ〟と騒ぎになりかねない。

 騎士団にとって『探索』スキルは喉から手が出るくらい欲しいスキルだろう。安全性と情報量が段違いだからな。それがバレたら〝ぜひ騎士団に!〟とか、言われかねない。

 俺は騎士ではなく、魔法薬師にならなければならないのだ。

 ライオネルをうまくはぐらかしつつ、〝なんとなく向こうを調査したらいいんじゃないかな〟と助言をして素材採取を続ける。

 しばらくすると斥候が情報を持ち帰ってきた。その顔にはあせりの色が見られる。

「どうした?」

「団長、ゴブリンが集落を作っています」

「やはりか。ユリウス様、どうなさいますか?」

「ゴブリンの数次第だな。この人数でせんめつできるなら潰すぞ」

 ライオネルがこちらを見てうなずいた。ジャイルとクリストファーの顔は青くなっていた。周囲にいる騎士たちの顔がますます引き締まった。弱い魔物とはいえ、油断はしていないようである。さすがはハイネ辺境伯家の騎士たちだ。

「数は?」

「およそ三十です」

「よし。ゴブリンの集落を破壊する。総員準備を始めろ」

「ハッ!」

 ライオネルの号令ですぐに装備のチェックと、作戦が決められていく。多少の討ち漏らしは仕方ないとして、正面からぶつかることになった。回り込めればよかったのだが、時間が足りなかったのだ。

 すでに日は傾き始めている。そろそろ戻らないと日が暮れてしまう時間帯だった。装備を固めた騎士団に対して相手はただのゴブリン。人数は向こうの方が多いが、負けることはないだろう。

「それでは作戦を開始する!」

 ライオネルの号令で騎士団がゴブリンの集落に突撃した。ガチガチの装備に固められた騎士の出現により、集落はパニック状態に陥った。そのすきを逃さずに次々とゴブリンを討ち取っていく騎士たち。

 俺は見ているだけでもよかったのだが、せっかくなので、魔法で攻撃することにした。スライムは問題なかった。しかし人間に近い姿をしているゴブリンでは倒すのをためらってしまうかもしれない。

 いざというときに殺すのをためらうことがないように、今から慣れておく必要があるだろう。

「ウインドソード!」

 ゴブリンの集落から逃げ出そうとしていたゴブリンのけい動脈を切断する。ちょっと〝うえ〟と思ったが、特に緑色の液体が飛び出すこともなく、すぐに光の粒になって消えた。恐らく魔石になったのだろう。

「まさにゲームだな。実体があるようで、ないのか」

「さすがはユリウス様! こんな簡単にゴブリンを倒してしまうだなんて」

 思わずドキッとしたが、クリストファーに俺のつぶやきは聞こえていなかったようである。不審に思われなくてよかった。

 逃げようとしていたゴブリンを何匹か倒していると、戦闘は終了した。思ったよりもあっけなかったな。

「いやはや、実にお見事ですな。話には聞いておりましたが、まさかユリウス様がここまで魔法を自在に使いこなせるとは思いませんでした」

「ウインドソードを実戦で使ったのは初めてだけどね。うまくいってよかった」

「とても初めてとは思えませんでしたぞ」

 さすが騎士団長のライオネル。騎士団の動きを見つつ、俺たちのことも見ていたのか。だが真相にたどり着くことはないだろう。〝もしかして、ゲームで使っていた?〟なんて聞かれた日には、相手も同じ穴のむじなであることがバレバレだ。

「団長、魔石の回収が終わりました」

「ご苦労。それでは日が暮れる前に戻るぞ」

 ライオネルの指示の下、俺たちは帰路についた。

 帰りの馬車の中で気になったことをライオネルに話す。

「あのゴブリンはどこから来たんだろうな?」

「恐らくは魔物の森の奥からだと思います」

「それじゃ、魔物の森の奥にはもっと大きな集落があるのかな? そこが手狭になったから、新天地を求めて森の外側までやってきた」

 ライオネルを見つめた。ライオネルは眉間にシワを寄せて目を閉じている。ライオネルもその可能性にたどり着いているのだろう。そしてそれは厄介事であることを意味している。

「そうかもしれません。いかがなさいますか?」

 ようやく目を開けたライオネルが鋭い目つきで聞いてきた。それを聞いたジャイルとクリストファーの顔が少しだけ青くなっている。

「お父様たちが帰ってくるのはまだまだ先だ。それまで待っていると、さらに状況が悪くなってしまうかもしれない。ライオネル、お父様に手紙を出してくれ。許可をもらい次第、冒険者に頼んで魔物の森を調査してもらう」

 騎士団の斥候を使うという手もあるが、冒険者ギルドとの関係を維持するためにも、冒険者に頼んだ方がいいだろう。それに彼らの方が魔物の森には詳しいからね。

「お館様にはどのように報告しましょうか?」

「俺のわがままで魔物の森の近くを通ったら、先日、魔物の討伐を行った場所でゴブリンを複数目撃した。不審に思ってあとをつけたら集落があったので潰しておいた。他にも集落があるかもしれないので調査をしたい。どうかな?」

 俺のわがままで仕方なく魔物の森の近くまで行ったとなれば、護衛が怒られることはないだろう。ライオネルを見ると眉間にシワが寄っていた。不満そうである。

「ユリウス様の心証が悪くなるのではないですか?」

「俺の心証が悪くなるくらいで領民の被害が最小限に抑えられるなら、いくら悪くなっても構わないよ」

「……分かりました。仰せの通りに」

「頼んだよ、ライオネル」

 渋々、といった感じでライオネルがうなずいた。余計なことしなければいいんだけど……。この件に関しては速やかに行動しないと。ゴブリンの集団が一気に街や村に押し寄せるなんてことがあったら、冗談ではすまされないからな。

 屋敷に戻るとすぐに魔力草の苗を植えた。この日のための準備は万端だ。俺は泥だらけになりながら、なんとか日が暮れるまでにすべての苗を植え終えた。

 そして泥だらけになった俺を見た使用人に怒られたのであった。


 ライオネルはその日のうちに、王都にいるお父様に向けて手紙を出したらしい。そして翌日には冒険者ギルドに魔物の森の調査依頼を出した。

 報酬はどうするのかと尋ねたら、お父様からある程度の自由に使えるお金を預かっているとのことだった。どうやらそのお金を使って冒険者たちに依頼したようである。

 それなら別に、調査依頼の結果が出てからお父様に報告してもよかったのではないだろうか?

 いや、それだと後手に回ってしまうのか。的確に状況判断をするのは難しいな。こんなときに頭のさえた軍師がいたらよかったのに。

 王都から返事がくるまでには少なくとも三日はかかるだろう。そして冒険者ギルドからの調査結果があがってくるのには三日ではすまないかもしれない。

 その間に俺は魔道具を作ることにした。採取してきた魔法薬の素材を長期保存するための魔道具だ。

「このお金で鉄板と魔導インクを買ってきてくれ」

「かしこまりました」

 使用人が頭を下げて、部屋から出ていく。これで必要な物が一通り集まるぞ。

 ゲームの知識がそのまま使えるならば、魔導インクで描いた魔法陣を使って色んな魔道具を作ることができるはずだ。うまくいけばいいんだけど。この世界で魔道具を作るのは初めてだからね。ちょっと不安だ。

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