第二話 転機(2)


 蒸留水:最高品質。


 品質は高い順に、最高品質、高品質、普通、低品質、最低品質、となっている。つまり、これ以上の品質の水を作ることはできないということである。

「よし、ここまでは予定通り。次は……」

 先ほど入手した薬草を魔法空間内に放り込んだ。それを『乾燥』スキルでドライフラワーのようにカラカラに乾燥させると、乳鉢ですり潰したかのように細かく砕く。

 それを先ほどの蒸留水と混ぜ合わせると、速やかに加熱する。このとき、沸騰させないようにするのがコツである。

 溶液が澄んだ緑色になったところで、フィルターでこすように不純物を取り除いた。できあがった、緑色をした透明の液体をビンに移していく。

 合計で三本の初級回復薬ができた。

「品質は……高品質か。まあまあだな」

 薬草の品質は普通だったが、なんとか上から二番目の品質の初級回復薬を完成させることができた。気がつけば、ドッと汗が噴き出ていた。体がものすごく重い。よほど集中していたのか、ついさっきまで気がつかなかった。

「だがこれで、『ラボラトリー』スキルも使えることが分かったぞ。これさえあればなんとか自力で魔法薬を作ることができる」

 それでも一日一回が今のところの使用限度のようである。成長して魔力量が増えたときに期待だな。この調子で魔法薬を作っておけば、そのうち何かの役に立つかもしれない。

 できあがったばかりの初級回復薬の匂いを嗅いでみる。うん、分かっていたけど、無臭だ。どうして出回っている回復薬はあんな臭い匂いがするのに、なんとかしようと思わないんだ?

 そんな疑問を抱きつつも、鍵つきの引き出しに初級回復薬を大事にしまった。

 次の目標は薬草園の充実だな。さすがに素材がなくては何も作れない。なるべく早い段階で毒消草を素材にした〝解毒剤〟も作れるようになりたい。何が起こるか分からないからね。


 薬草園にはそれから毎日通った。雨の日も風の日もである。そうして少しずつ薬草園を広げていき、自家製の薬草と毒消草を得られるようになっていった。

 そんなある日のこと、俺はハイネ辺境伯のお抱え騎士団が魔物の討伐に向かったことを知った。

 これは俺が作った魔法薬を試すチャンス! 最悪、自分の指を切って試そうと思っていたところだが、いい実験台が集まりそうだぞ。手元には高品質の回復薬が十本と、同じく高品質の解毒剤が一本ある。効果を確かめるには十分だ。

 食事のときにお父様に討伐の話を聞いて、騎士団が討伐に向かったことを確認し、毎日の訓練のたびに騎士団長のライオネルに〝まだ戻ってこないのか〟と尋ねた。

 そうしているうちに、〝魔物の討伐が終了し、騎士団が帰ってきた〟という知らせを受けた。

 待ってましたとばかりに、俺は騎士団の宿舎へと向かった。もちろん袋の中にありったけの魔法薬を詰め込んでいる。

 突然訪れた俺を、ライオネルが迎えてくれた。

「ユリウス様ではないですか。突然どうされたのですか?」

「ちょっと負傷兵の様子が気になってね。ねぎらいの言葉をかけに来たんだよ」

「中はもうじき地獄になりますけど、心の準備はよろしいですか?」

「う、うん、大丈夫だよ」

 愁いを帯びた顔でライオネルが確認してきた。そこまでの表情をされるとちょっと怖いな。だが、ここで引くわけにはいかない。男だったら、一つに懸ける。偉い人がそう言っていた。

 今回の魔物討伐での負傷者は三十人ほど。その中で治療が必要な人は十人ほどらしい。

 おお、持ってきた回復薬と同じ数だ。まさにベストマッチ! 実験してくれと言わんばかりだ。

 なお、その十人も〝自然治癒で治すから、回復薬の必要はありません〟と散々断ったそうである。だが、傷があまりにもひどいため、団長命令で治療を受けることになったらしい。

 そのため、現在隣の部屋はお通夜状態だそうである。とても静かだ。

「ライオネル、今日は俺の実験に付き合ってもらおうと思っているんだ」

「実験……ですと?」

 不審そうに片方の眉をあげるライオネル。もしかして、領主の子供がむちゃ振りをしてきたと思われてる? まあ、普通ならそう思うだろう。

「これを見てほしい」

 袋から魔法薬を取り出した。それを見たライオネルの動きが止まる。

「これは?」

「緑色のが初級回復薬で黄色いのが解毒剤だ」

 信じられないとばかりに手に取って確認していたが、最終的には鑑定の魔道具を持ってきた。そしておもむろに鑑定を行う。まあ、当然の反応だろうな。いつも使っている魔法薬とは似て非なるものだからね。本物かどうかの確認は必要だろう。

 鑑定の魔道具には魔法薬の名前だけが表示され、その魔法薬がどのような効果を持っているのかまでは表示されていなかった。

 一体、何をどうやって鑑定しているのだろうか? すごく気になる。ゲームでは〝そんなもん〟として受け入れていたけどね。

「……本当に初級回復薬と解毒剤ですな」

 ライオネルは絶句した。こんな魔法薬は初めて見た、と顔に書いてある。ここは慎重に動いた方がいいな。この反応だと、大騒ぎになりかねない。

「今回の俺の実験はここだけの秘密だ。他には絶対に漏らさないように」

「お館様にもですか?」

「そうだ」

「これはユリウス様がお作りになったのですか?」

「そうだ。俺が作った」

「どうやって?」

「それは秘密だ」

 ライオネルが押し黙った。お父様に仕える身としては容認できないのだろう。しかし目の前の魔法薬は、仲間たちの希望の星に見えるだろう。〝いつもの魔法薬とは違う〟とハッキリと分かっているはずだ。もう一押しかな?

「ライオネル、初級回復薬の匂いを嗅いでみるといい」

 ゴクリ、と唾を飲み込む音がしたような気がした。ライオネルは恐る恐る初級回復薬のフタを開けて匂いを嗅ぐ。

「匂いがない……そんなばかな」

「それだけでも飲みやすくなっていると思うよ」

 もちろん飲みやすさだけでなく、効果も高い。何せ俺が作った物だからね! エヘン。よしよし、大分調子が出てきたぞ。

「どうする? 約束できないなら、そのまま全部持って帰るけど」

「分かりました。私も含め、騎士団全員に口止めしておきます」

「約束だぞ。それじゃ、負傷者の治療に当たろう」

 こうして俺たちは判決を待つ被告人の下へと向かった。


「……と言うわけだ。これから起こることの一切を口外しないこと。それが約束できる者のみ、ユリウス様がお作りになった魔法薬を与える」

「あの、騎士団長の話を疑うわけではないのですが、本当にそのような魔法薬が存在するのですか?」

 恐る恐る騎士の一人が聞いてきた。当然の反応だと思う。これまでゲロマズだった魔法薬が急においしくなるはずがない。そう思っているのだろう。これはみんなの信頼を勝ち取るまでには時間がかかりそうだぞ。

「論より証拠だ。この魔法薬の匂いを嗅いでみるといい」

 そう言ってライオネルから渡された魔法薬の匂いをみんなが確かめている。すぐにあの嫌な匂いがしないことが分かり、みんなの目がちょっと見開かれている。

「分かりました。口外しないこと約束します」

 まだ疑いが完全に晴れたわけではなさそうだが、ひとまず信じてくれるみたいである。

「それではまずはキラースパイダーの毒を受けたエバンズの治療からだ」

 コクコクとうなずきを返すエバンズさん。すでにその体は毒によって、半身不随になっている。これまでの解毒剤では、キラースパイダーの毒は完全に取り除くことができず、命を取り留めるので精一杯だったのだ。

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