第二話 転機(1)

 素振りばかりの武術の訓練が続いたある日、ようやく訓練の成果が認められたのか、ついに外出の許可が下りた。もちろん護衛付きではあるが、自分の行きたいところに行けるのは素晴らしい。この日が来るのをずっと待っていた。

 俺はこの機会を利用して、森で薬草や毒消草などの魔法薬の素材を集めようと思っていた。それだけではない。それらの苗を入手して、庭に植えようと考えているのだ。

 事前にお母様にお願いして、花壇という名の薬草園はすでに準備ができている。今は花やハーブをカモフラージュとして植えているが、苗が手に入ればそっくりそのまま植え替えるつもりである。

 そんなわけで、馬車で近くの森までやってきた。ここからは徒歩である。馬車の中からでは薬草を見つけられない。

 馬車から降りると、新緑の香りがしてきた。空気も心なしか澄んでいるような気がする。たぶん、気のせいだけど。

「ユリウス様、魔物はいません」

「こっちもです!」

 先に馬車を降りていたジャイルとクリストファーが興味津々とばかりにキョロキョロと左右を見ていた。この二人は俺と一緒に武術の訓練を受けている仲間である。言うなれば、俺の手下と言うわけだ。

 ライオネルの三男坊のジャイルに、執事長の三男坊のクリストファー。ハイネ辺境伯三男坊トリオである。

「それじゃ、行くとしよう」

「オウ!」

「は、はいっ!」

 二人が俺の前に立った。うんうん、どうやら自分の立場をしっかりと理解しているようだ。足下に気をつけたまえ。貴重な素材があるかもしれないからね。

 森の中を歩くこと小一時間。ずいぶんと森の奥に入ったところでようやく薬草を見つけることができた。

「やはり奥まで行かないと手に入らなかったか」

「これが薬草ですか。初めて見ました」

「俺にはただの草にしか見えませんね」

 ジャイルは興味がなさそうだな。それは別に構わないけど、見分けがつくくらいにはなってほしいものだ。

「麻袋を持ってきてくれ。俺が掘り起こすので手を出さないように」

「ええ!? ボクがやりますよ」

「いや、クリストファーにはまだ無理だ。気持ちだけ受け取っておこう」

 ションボリとするクリストファーだが、彼がやれば間違いなく失敗するだろう。それだけ薬草の移植はデリケートなのだ。俺は『移植』スキルを持っているから確実に成功するが、他の人ではそうはならないだろう。

 こうして俺はいくつかの薬草の苗をゲットすることができた。しかし、いまだに薬草しか見つけられなかった。

 この森には薬草しか生えていないのかとあきらめかけたそのとき、黄色い葉が目にとまった。

「毒消草だ! ようやく見つけたぞ。これはぜひとも持って帰らねば」

 そのときガサリと近くの茂みが動いた。

 ガサガサと不穏な音を出して揺れる茂み。ジャイルとクリストファーの顔に緊張が走る。そしてそいつが姿を見せた。

「スライムだ!」

「ひ、ひえぇ!」

 ジャイルが叫び、クリストファーがひるんだ。モンスター代表の一角、スライムだった。たぶん大したことはないと思う。その証拠に、護衛たちも手を出さずにこちらの様子をうかがっている。きっと俺たちに戦闘経験を積ませるためだろう。

 二人が及び腰になっているので、俺が倒すことにした。持っている武器は木剣だが、核を狙えば問題ない。

「フッ!」

 スライムの核に電光石火の突きをお見舞いする。核は簡単に砕け散り、スライムが水たまりのように地面に崩れた。このスライムの粘液を持って帰りたいところだが、残念なことにちょうどいい容器を持っていなかった。失敗したな。せっかくの素材が。

「す、すごい、スライムを一撃で倒すなんて……」

「ユリウス様は剣の才能があるのですね!」

「いや、それほどでもないと思うけど……たぶんジャイルとクリストファーもできるよ」

 たかがスライムを倒したくらいで大げさである。こんなことで喜ぶ二人をほほ笑ましく見ていると、騎士たちはなぜか真剣な顔つきで俺を見ていた。どうした、かわいい七歳児だぞ?

 そんなことを思っていると、二匹目のスライムが現れた。どうやらこの辺りにスライムが好む場所があるようだ。

「今度は俺がやります。たあ!」

 ジャイルの攻撃はパワーはあったがスピードがなかった。スライムはうまく核を移動させて攻撃を回避した。何度か木剣で突いているが当たらなくては意味がない。ジャイルが疲れてきたところでクリストファーに代わった。

 こちらはスピードはあるがパワーがない。核に攻撃が当たっても壊れることはなかった。

 あれ、もしかして、子供がスライムを倒すのって結構大変なのかな? 騎士たちが俺を見ていたのはそのせいだったのか。

「た、倒せません」

 クリストファーが降参した。うーん、先が思いやられるけど、子供ならこんなものなのかな。しょうがないので俺が倒すことにした。今度は魔法を試してみよう。初めて実戦で使う魔法である。ちょっとドキドキするね。

「ファイヤーボール!」

 真っ赤な火の玉がスライムに直撃し、スライムを蒸発させた。しかし火は衰えず、周囲の枯れ草に燃え移った。これはまずい。ジャイルとクリストファーが炎にひるんで後ろに下がった。

「ユリウス様!」

 護衛の騎士たちが悲鳴をあげた。このままでは森が燃えてしまう。それだけじゃない。この失態がお父様に伝われば、二度と外を出歩けなくなるかもしれない。それは非常に困る。

「大丈夫、大丈夫。ウォーターシャワー」

 内心ではあせっているけど、あせっていない振りをしながら魔法を使った。手のひらから、じょうろでまいたような水が放出される。それはあっという間に火を消した。これで大丈夫。問題ない、はず。恐る恐る振り向いた俺を、神妙な顔つきで騎士たちが見ていた。

「ユリウス様は魔法もすごいのですね」

「すごいです!」

 ジャイルとクリストファーは素直に感心してくれた。その目はすでに俺をあがめるような目つきになっている。ちょっと怖いぞ。対して騎士たちは何やらコソコソと話し合っている。これは間違いなく、ライオネルにどう報告するかを相談している感じだな。もしかして、やらかしましたかね?


 そんなこんなもありながら屋敷へと戻ってきた。俺はすぐに花壇ならぬ薬草園へと向かう。足取りはもちろんスキップだ。この世界に来て、ようやく魔法薬の作製への一歩を踏み出せるのだから。

 俺は『株分け』スキルを使いながら、薬草と毒消草を植えていった。植えてあったハーブは一部を残しておく。これは素材になるし、虫よけにもなるのだ。

 これでよし。仕上げにウォーターシャワーで水をかけて完了だ。水魔法で生み出した水には魔力が含まれており、植物の生長を促進させる作用がある。毎日水やりに行けば、早く収穫ができるようになるし、品質もよくなるぞ。いいことしかない。

 自分の部屋に戻ると、使用人に立ち入り禁止を命じてほくそ笑んだ。

 俺のポケットには先ほど入手した薬草が入っている。これを使わない手はない。

「長かった。ようやくこの日が来たぞ」

 俺は入手した薬草を使って、魔法薬を作り出そうと思っている。

 この日のために、俺は前々からひそかに準備をしていた。

 おばあ様がいつも魔法薬を作るために使用している部屋へコッソリと忍び込むと、魔法薬を入れるビンをいくつか拝借していたのだ。そのうち返すつもりなので盗みではない。断じて。

 その際に、薬草などの素材も入手しようと思ったのだが、こちらは厳重に金庫にしまってあって入手することはできなかった。

 しかしあの保存方法、大丈夫なのかな? 温度を一定に保つことができるような金庫には見えないんだけど。中に入っている素材の品質がとても心配だ。

 まあそれはそれ。今は脇に置いておこう。手元には採れ立てフレッシュな薬草があるのだ。鮮度抜群。ただし、品質は普通である。野生に生えていたやつなので仕方がない。もっと肥沃な土地に生えていれば、その上の高品質になっていたかもしれないのに残念である。

 道具はビンのみ。その他の専用の道具は何一つなかった。

 普通なら魔法薬を作ることはできない。しかし俺には『ラボラトリー』スキルがある。

 このスキルは魔力を消費し続けることで、特殊な魔法空間を作り出すことができる。その空間の中は〝すべての制約を受けない〟という空間なのだ。

 つまりその空間を利用すれば、本来は色んな道具を使って魔法薬を作るのだが、それをすべて無視して作製することができるのだ。ただし、死ぬほど魔力を使う。

「初級回復薬を作るだけなら大丈夫なはず。できるできる絶対できる。気持ちの問題だって」

 俺は大きく息を吸い込んで呼吸を整えると、『ラボラトリー』スキルを使用した。

 体から少しずつ、力が抜けていくのを感じる。あまりのんびりとはしていられないな。

 魔法で生み出した水を魔法空間の中に入れると、一気に蒸発させた。そしてすぐに、その水蒸気を水へと変える。

 これで水に含まれていた魔力をなくすことができた。不純物が混じっていたら、それも一緒に取り除くことができる。こうすることで高品質の水を作ることができるのだ。

 できあがった水をジッと見つめた。

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