第一話 ゲロマズ魔法薬(2)


   ◇◇◇


「おばあ様、何を作っているのですか?」

「おや、ユリウス、興味があるのかい? これはね、回復薬を作っているんだよ」

 おばあ様が優しい笑顔をこちらへ向けた。その手元では濁った緑色の液体がグツグツと煮込まれている。

 俺は悲鳴をあげたいのを必死にこらえた。

 えぐみ! そんなにグツグツと煮込んだら薬草からとんでもないえぐみが出るから。やめて!

 だがそんなことを知ってか知らずか、おばあ様はさらに煮込んでいった。長時間加熱すると、回復効果が薄れる。乾燥させて、粉末にしてからさっとお湯で抽出させるのが、効果の高い回復薬を作る基本である。

 ああもうむちゃくちゃだよ。

「おばあ様、そんなに煮詰めたらよくないんじゃないですか?」

「ホホホ、面白いことを言うねぇ。回復薬はね、こうやって作るものなんだよ」

 それは違うぞおばあ様。しかし、まったく聞く耳は持たないようである。一体どうすれば話を聞いてもらえるのか。そうだ!

「おばあ様、ボク、新しい魔法薬の作り方を思いつきました!」

 その途端、おばあ様の顔に深いシワが刻まれた。初めて見る顔である。悲しんでいるのか、笑っているのか、ちょっと分からないな。

「ユリウス、家を潰したくないのなら、新しい魔法薬を作ってはいけないよ」

 有無を言わせぬ声色に、それ以上、何も言うことができなかった。ションボリする俺。それを見かねたのか、おばあ様が口を開いた。

「ユリウスはずいぶんと魔法薬に興味があるみたいだね」

「はい。自分でも作ってみたいです!」

 もしかして、作らせてもらえるのかな? ついにその日が来ちゃった? このなんとも言えない匂いを我慢して通い続けた結果がついに……!

「それは魔法薬師にならないと許可できないよ」

 ダメでした。ガックリ。スパッとおばあ様になで斬りにされてしまった。前から思っていたけど、おばあ様は魔法薬に関することになると、とっても厳しいよね?

「でもそうだねぇ、ユリウスが大きくなって、立派な魔法薬師になったら、私が大事にしている魔法薬の本をユリウスにあげようじゃないか」

 おばあ様が大事にしている魔法薬の本! もしかして、この世界にしか存在しない、特別な魔法薬の作り方が載っていたりするのかな? 俺、中身がとっても気になります!

「本当ですか? 約束ですよ!」

「ええ、ええ、約束だよ」

 顔をしわくちゃにしておばあ様が笑っている。これってある意味、俺を一番弟子だとおばあ様が認めてくれたということだよね?

 よし、やるぞ。おばあ様の一番弟子に、俺はなる!


   ◇◇◇


 そのあとおばあ様から〝勝手に魔法薬を作らないように〟と念を押された。もちろん両親からもである。そしてどんなに探しても、屋敷には魔法薬は置かれていなかった。

 あんな方法で作った回復薬が世の中に出回っているのだとしたら、魔法薬を使う人はいなくなるに違いない。恐らく神様もそう感じたのだと思う。それで俺に頼んだというわけだ。不吉な予言と共に……。


 七歳になると武術の訓練が始まった。魔法の訓練は三歳のころから行われていたので、それに比べるとずいぶんと遅い。どうやら魔法を一通り使えるようになってから、武術の訓練を受けるのが一般的なようである。

 貴族にとって、魔法を使えるということは身分を示すための重要な手段の一つである。そのため訓練の優先順位が高いのだ。

 そしてこの武術の訓練のおかげで、ようやくこの世界の魔法薬と対面することができた。武術の訓練はハイネ辺境伯家に所属する、騎士団の訓練場で行われる。そこには当然、魔法薬が常備されているのだ。

 俺は無理を言って、騎士団長のライオネルに魔法薬を見せてもらった。小瓶に入った、どす黒い緑色の何か。毒物か? いや、違う、これは初級回復薬だ!

 神様は俺をこの世界に転生させるにあたって、知識と技術を持ったまま転生させると言っていた。その技術とは〝スキル〟のことであり、俺は『鑑定』スキルを持っている。もちろんすぐにそれを使って怪しげな魔法薬を鑑定した。

 鑑定結果が表示される。結果は……〝最低品質・ゲロマズ・もはや毒〟の三銃士がどうだとばかりに剣を掲げていた。こんな魔法薬、絶対使いたくねぇ……。

 俺は無言でそれをライオネルに返した。

 これだけひどい効果を同時に持たせることができるなんて、むしろ尊敬に値する。どうしてこれを失敗作扱いにしないんだ? どう見ても失敗だろう。だれも突っ込まないのかな? 一応、お情け程度の回復効果はあるみたいだけど……。

 手元に戻ってきた魔法薬をライオネルがジッと見つめている。なんだか悪い予感がしてきたぞ。

「ユリウス様、せっかくですので一つ開封してみましょうか?」

「いや、そんなサービスはいらないから」

「ですが、匂いだけでも体験しておくと、いざ使うときに踏ん切りがつきますよ」

「使うことないから!」

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに」

 笑うライオネル。これはあれだ。完全に嫌がらせだ。ライオネルが初級回復薬のフタを開ける。中から怪しい煙が漏れ出した。魔法薬の作製に失敗したとき以外でこの光景を見るのは初めてだ。やっぱりこれ、失敗作なんじゃ……クッサ! ゲロ以下の匂いがする! 気分が悪くなってきた。

 俺の顔色が悪くなったのを確認したのだろう。ライオネルがフタを閉じた。ライオネルは平然とした顔をしている。

 これが騎士団での日常……その匂いに耐えられし騎士だけがここに残っているのか。

「ライオネル、正直に答えてくれ。おばあ様の魔法薬師としての腕は悪いのか?」

「とんでもありません! この大陸で五本の指に入るほどの実力者ですよ」

 あれで五本の指に入るの? しかも、この大陸で? ウソでしょ。

 驚く俺を見たライオネルが目をつぶり、首を左右に振りながら言葉を続けた。

「他の魔法薬師が作った回復薬はもっとひどいそうですよ。上級回復薬に関して言えば、服用してもよくて半数が生き残れるかどうか。その点、前辺境伯夫人のマーガレット様が作った上級回復薬なら、死ぬほどの苦しみを味わいますが、死ぬことはありません」

「それって、もうただの毒だよね?」

「他国からは前辺境伯夫人が作った上級回復薬を求めて、注文が殺到してるそうです」

「下手すりゃ外交問題に発展するんじゃないの? だって毒を送りつけてるんだよ?」

「たとえだれが作ったのか分からない上級回復薬だとしても、一か八かに賭けて服用する人があとを絶たないそうです。前辺境伯夫人が作っただけでもありがたや」

「おい、だれか止めろ!」

 まさかここまでひどいことになっているとは思わなかった。人々のケガや病気を治す手段が他にあればよかったのだが、どうやら中途半端に魔法薬が発達したおかげで医療があまり発達していないようだった。

 そしてなぜか、この世界には攻撃魔法はあるのに、治癒魔法が存在していなかった。

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