【試し読み増量版】辺境の魔法薬師 ~自由気ままな異世界ものづくり日記~1/えながゆうき
MFブックス
第一話 ゲロマズ魔法薬(1)
近年の技術革新によるVR技術の進歩は素晴らしいな。今ではまるで本当にものづくりをしているかのような体験を、家にいながらにして堪能することができるのだから。
今、俺がはまっているゲームもその一つだ。ゲームの中には戦闘職、採取職、生産職と大まかな区分があるのだが、その中でも俺がもっとも力を入れているのが生産職の一つである魔法薬師だ。
リアルさながらの道具を使って作り出す魔法薬は、組み合わせによって無限大の可能性を秘めている。今も新しいレシピが次々と考案されており、
そんなわけで、いつものようにVRゴーグルを装着してゲームを起動した。
今日は何を作ろうかな? そろそろ上級魔法薬の在庫が切れそうだから、大量に生産しておくか。
魔法薬は消耗品。いくら作ってもどんどん売れていく。初心者から上級者まで、どこにでも需要はあるのだ。
そんなことを考えていたのだが、一向にスタート画面が表示されない。それどころか、ゲームがフリーズしたかのように真っ白な画面が表示されている。
これは一体どうしたことか。緊急メンテナンス情報はなかったはずなのだが。
そのとき、目の前に一人の女性が現れた。その人はギリシャ神話に出てくる女神のように、長くて白い布を体に巻きつけている。膝の辺りまである長い銀髪に、青い瞳。
そして特徴的なのが背中にある、白くて大きな翼だった。普通なら二つで一つだと思うのだが、片翼なのだ。こんなキャラクター、ゲームの中にいたっけ?
「本日はお願いがあって、あなたに干渉させてもらいました」
「俺にお願い? 干渉って……穏やかじゃないですね」
「申し訳ありません。ですが、こうするよりほか、なかったのです。どうか許して下さい」
そう言うと、目の前の女性が頭を下げた。これほどの美人さんに頭を下げられるのはちょっと申し訳ないな。
こうして冷静でいられるのは、ⅤRの沼にどっぷりとつかってしまったからだろう。ゲームによっては、現実と区別がつかないような精巧なゾンビや、クラゲのような宇宙人と戦うものもある。現実とゲームの境界は確実になくなりつつある。
「構いませんよ。頭をあげて下さい。それで、干渉してまで俺に何のご用でしょうか?」
見た感じ、相手は神様か何かなのだろう。仮に、今起動したゲームの運営サイドがこちらに干渉していたとしたら、目の前のキャラクターには、赤くてまがまがしいオーラが表示されているはずだ。なぜなら以前に遭遇したゲームマスターがそうだったからである。
「ゲームのプレイ情報を見させていただきました。どうやらあなたは生産職がお好きな様子。特に魔法薬の生産については、他のプレイヤーの追随を許さないほど。違いますか?」
「たぶん合ってる、と思います」
他のプレイヤーの追随を許さないかどうかは分からないが、常にトップであることは間違いなかった。それに何か関係があるのかな?
「そんなあなたにお願いがあります。どうか私の創った世界に来ていただき、魔法薬を改革していただけないでしょうか?」
「はい?」
思わず素の声が出た。これはもしや、異世界転生のお誘いなのではないだろうか。VRの技術はいつの間にそこまで発展していたのか。ある意味、素晴らしいな。
「申し訳ありません、説明が足りていませんね。これからあなたが向かうことになる世界では、正しい方法で魔法薬を作ることができなくなりつつあるのです。その結果、今ではよほどのことがない限り、魔法薬を使うことはありません。このままでは、魔法薬を使う者が一人もいなくなってしまうことでしょう。それでは困るのです」
女神様の顔がグッと曇った。苦渋に満ちた顔である。きっと、相当よくない状況になっているんだろうな。だがそれも一瞬のことで、すぐに明るい笑顔をこちらへ向けた。
「あなたが引き受けてくれるのであれば、ゲームの知識と技術を持ったまま、あなたを私の世界に転生させます。ここまではよろしいですか?」
「あの、ゲームの知識と技術が役に立つのですか?」
「そうです。このゲームで作られているすべてのアイテムは、あなたがこれから行くことになる世界で再現可能です」
落ち着け、俺。興奮するのはよく分かる。いくらリアルなVRといえども、作ったアイテムは実際に触ることはできないし、現実の自分に使うこともできない。匂いはフレグランスシステムによって嗅ぐことはできるが、すべての匂いを再現するにはいたっていない。
だがしかし、それらが本当に存在する世界に行くことができたらどうだろう?
俺の作った最高品質の魔法薬はどんな味がするのだろうか。失敗したときに発生する、あの色とりどりの煙の匂いは? 魔法薬を飲むと、本当にあっという間に傷が治るのか?
そして何よりも、俺が作った物をだれかが喜んでくれるのだろうか。喜んでくれるのなら、その笑顔を間近で見てみたい。
「あなたが創った世界に行ったら、この世界の俺はどうなるのですか? 死んだことになるのですか?」
「いいえ、その心配はいりません。あなたの存在についての取り扱いですが、私の世界で亡くなると、今の状態に戻ることになります」
「つまりそれは、その世界で死んだら元通りになるということですか?」
「その通りです。記憶も元通り。こうして私と接触したことも覚えていません」
それなら別に引き受けてもいいかな? 俺には何のリスクもなさそうだ。でも向こうでの記憶もなくなっちゃうのか。それはちょっと残念だな。でも、二回分の人生を楽しめると思えば悪くない。
「ゲームの知識と技術を使って、だれもが正しい方法で魔法薬を作れるようにすればいいんですよね? そういう条件であるならば引き受けますよ」
神様はホッと息を吐いた。どうやらよほど切羽詰まっているみたいだな。そんなにひどい状況なのかな? ちょっと心配になってきたぞ。
「ありがとうございます。あなたの活躍によって、悪の魔の手から世界が救われると信じていますよ」
「あ、ちょっと!」
次の瞬間、目の前が真っ白になった。まぶしくて目を開けていられない。
あの神様、最後に爆弾発言をしなかったか? 世界を救うとかなんとか……。
突如、浮遊感が体を襲った。まるでだれかに持ち上げられたかのようである。それも、上下に揺れている。これはたぶん、赤子を上げ下げしている感覚……。
転生するとは言っていたが、やはりと言うか、まさかと言うか、赤子からスタートしたようである。
目はよく見えないし、何を言っているかも分からない。こんなに不安なことがあるだろうか。そんな不安から解放されるべく、やることは一つ。産声をあげることである。
とりあえず〝オギャー〟と泣いておいた。周囲からは明らかに先ほどよりも大きな歓声が聞こえてきた。
これで赤子の最初の役割を終えることができたかな? あとは……スクスク成長するために、ママのおっぱいを吸う。ちょっと恥ずかしいが、生きるためにはやるしかない。
こうして俺は異世界へと転生し、新しいスタートを切ったのであった。
時は流れ、俺は七歳になった。これまでは騒ぎが起こらないように大人しく過ごしていたけど、そろそろ本格的に動き始めても〝神童〟と呼ばれることはないだろう。いくら優秀なお兄様がいるとはいえ、一歩間違えれば、お家騒動まっしぐらだからな。
三歳のときに行われた初めての魔法の授業ではちょっとやりすぎてしまったが、どうにか先生の目はごまかせたはずだ。楽しみにしすぎたゆえの過ちである。まさか魔法の知識と技術まで持ち越せているとは思わなかった。これだと魔法は慎重に使わなければいけないな。
そうなるともちろん、戦闘の知識と技術も人並み以上にあることになる。こっちも気をつけないとね。
この七年の間にいくつか分かったことがある。俺の名前はユリウス。父親譲りのこげ茶色の髪と、母親譲りのこげ茶色の目をした、なかなかの美男子だ。
生まれた家はハイネ辺境伯。スペンサー王国の北を守る、軍事的な役割を持つ大きな家門だ。どこか中世から近世ヨーロッパの国々を連想させる文明を有している。
そんな俺には、俺と同じく美形な兄が二人と、天使のような妹が一人いる。そしてお父様に代替わりしたものの、別館にはおじい様とおばあ様が一緒に住んでいた。
そしてそのおばあ様が、なんと魔法薬師なのだ。これは運がいいと言うべきか、それとも神様によって、最初からそうなるように仕組まれていたと言った方がいいのか。とにかく、これから魔法薬を改革するためには都合がよかった。
俺はこの世界の魔法薬の現状を知るため、小さいころから何度かおばあ様の魔法薬作りを見たことがある。そのときの光景は衝撃的すぎて、今でもハッキリと覚えている。
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