13 事後報告


「そか。あとは待ってりゃいいんだな」


「レヤックのそもそもの目的もわかってないけどそんなに日も経ってないし、たぶん大丈夫だと思う。楽観しすぎかな?」


「それでいいと思うよ。人、っつうか生物はたいてい脆いけど頑丈でもある。だから死んじゃあいねえだろ」


「ちょっと。縁起でもないこと言わないでよ」


 これをデリカシーがないと言ってもいいものか、私には判断が難しかった。すごく良く捉えれば、シーラの生存を確信していると聞き取ることもできなくはないのだ。

 客のいない気持ちよく晴れた午後、私たちはカップを手に取って紅茶を飲んだ。昼食が終わってからおやつの時間のあたりまで、だいたいこの店には客が来ない。


「相変わらず美味しいね」


「だーれに言ってる。こちとら店長だぞ」


 珍しくわかりやすく機嫌良さそうな返事があった。

 目を伏せて微かに口の端を上げている。これもめったに見られるものじゃない。きっとシーラが帰ってくる希望が大きくなったことと無関係じゃないんだろう。それにしても美味しい一杯だ。


「そうそう、レヤックのところの仕込み、ありがとう」


「気にすんな。ところでティナ、お前こんなにさっさと帰って来てよかったのか?」


「まあほら、フィンさんはすくなくとも今日は捜査で出ずっぱりだろうしね。それに私はもうお役御免というか御側付きでいる必要もないし」


「それはそうだけど、最悪でも顔を合わせて辞める意思は告げろよ」


 契約とはいえその辺の礼儀は押さえないとダメか。辞めないでくれだなんて言われるはずもないし、そこは軽く済むかなとは思うけど。先延ばしにする意味もないから明日お城に行って終わりにしよう。そうするよ、と店長に向けてうなずいた。

 そこへ入口のほうから怒声に近い大声が飛び込んできた。


「もし! ティナ殿はおられますかあ!」


 私と店長は目を丸くしてお互いの顔を見た。大きな声にも驚いたけれど、まったく予想もしていないタイミングでその声が飛んできたことに驚いたのだ。

 私の名前が呼ばれることだってないわけじゃあないけれど、それは街中で知り合いに声をかけられる程度のことだ。今回みたいに叫ばれることなんて経験がない。だから何の呼び出しなのかがわからなかった。なんだか怖い気もしたけど、でも応じないことには何もわからない。とりあえず顔を出すことにした。

 店のドアを開けて覗いてみると、鎧に身を包んだ兵士が門のところに立っている。隣には馬までいた。そんな兵士が何の用だろう。


「えーと、ティナですけど、何か御用で?」


「フィン・ノイエンキルヘン様よりご連絡です! シーラ殿は一両日中に、おそらく明日にはご帰宅が叶うとのことです!」


 号令のようにその兵士は声を張り上げた。勝ち鬨だったのかもしれない。そうだ、捜査の観点からすれば失踪していた人間が見つかったことは勝利に等しい。私だって黙ってはいられなかった。大事な友達なのだ。


「えっ、本当!? 嘘じゃない!?」


「ええ、レヤック卿の邸内にてお姿が確認されました。ケガもないようです」


 急に大声からふつうの会話にトーンを落としたことにびっくりしたけど、それよりシーラの安全が確認されたことのうれしさのほうがずっと大きかった。自然とため息がこぼれる。私は振り向いて、いつの間にかドアに背を預けていた店長に向かって親指を立てた。なんだかサインとしてぴったりハマるものには思えなかったけど、いまは伝わればそれでよかった。もしかしたら兵士の大声で聞こえてたのかもしれないけど、それでもよかった。

 私はとにかく自分の感情に整理をつけたくて、連絡のために来てくれた兵士にお礼を言った。

 彼はそれを受け取ったのかどうなのか、続きの話を始めた。


「それと明日、城に来るようにとのことです」


「え、ああ、うん。それはもともとそのつもりだったけど」


「では、私はこれで」


 さっと敬礼をして馬にまたがり、何かを言わせる間もなく兵士は行ってしまった。とりあえず事件は完結した、のだと思う。現場にいないから実感はないけど、それはわがままというものだろう。怖い思いをした被害者がいるのに、めでたしめでたしの場面に自分がいないことに文句を言えるほど私は傲慢じゃない。

 それで店長への報告も全部終わったから、私は翌日に控える最後の登城の日に備えることにした。

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