11 引きずり出される本音
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私が紅茶とお茶菓子を載せたお盆を持って部屋に入ると、露骨に悪趣味な人が椅子に座って床を踏みつけていた。息は荒い。興奮しているようだった。あまり良い意味ではなく人の目につく種類の人だった。組んでいる相手のフィンさんよりも先に目がいくぐらいだから相当なものだ。
私を除いて室内には五人。テーブルを挟んでフィンさんとレヤック。フィンさんの背中が見える側の壁際に書記の人がいて、その反対の壁際に兵士がふたり控えていた。
ふたりが対面しているテーブルに、それぞれ紅茶とお茶菓子を置いていく。ここに私が来るまでにどんな話があったのかはわからない。けれどあまり進んでいるようにも見えなかった。
「レヤック卿、さ、お飲みください。まずは落ち着きましょう。お話に漏れがあってもいけません」
フィンさんはそう言って紅茶に口をつけた。普段とはずいぶんと様子が違うけど、これが対外的な振舞いというやつなんだろうか。
レヤックはさっさと話を進めたいと言わんばかりに、熱い紅茶をぐいっといった。あまりおすすめの飲み方じゃない。風味も楽しめないし、下手したらヤケドしちゃうかもしれない。いまはとくに何も言わないけど。
「これで聞いてくれるな!? 騎士団でも軍でも構わん、さっさとワシのところに向かわせろ!」
「落ち着いてください、レヤック卿。何があったかからお聞かせ願えますか?」
「このっ、若造が! いいから人数を動かせと言っている!」
だいぶ興奮してるな。効きすぎじゃない?
初めは紅茶を出したら出て行くつもりだったけど、いまはそのタイミングを失っている。それもどちらかといえば奪われた感覚に近い。一気にヒートアップした人がいる状況で、関係ありませんみたいな顔でしれっと扉を開けて出て行っていいものか。御側付きの経験がほとんどないからどうしていいのかわからない。だから私はドアを挟んで書記の人がいない側の壁に貼り付くことにした。怒られたらそのとき出て行くことにしよう。
「上に報告ができないと何も動かせません。さ、ご報告を」
「……箱が、知らない箱が庭にいくつも置かれていた」
「はあ、箱、ですか」
「ドクロのマークが書かれて、それが山積みだ」
「中身は?」
「確認できるかそんなもの! ただでさえ慎重に動かないとならない時期なのに!」
テーブルを叩かんばかりの勢い。たしかにそんなものの中身を自分で確認しようなんて誰も思わない。危険物っぽいもんね。できるだけ自分とは離れたところで開けてもらいたい。ふつうの心理だね。
けれど後半でなにか面白いことを言っている。目立ちたくない事情ってことなら、ビンゴの可能性が増してくる。フィンさんの調査も無駄じゃない。
「失礼。たしかにそんなものの確認はできませんね。ところで、その時期というのはなんでしょうか?」
「商談だ商談。貴様には関係ない」
「そうですか、これはまた失礼いたしました。話を戻しますね。その箱の大きさはどれくらいのものですか?」
レヤックは落ち着かなさげに室内を見渡した。
苛立たしげで、神経質。原因はきっとふたつ。
「……一辺がこの部屋の床から天井までの長さと変わりない」
「ずいぶんと大きいですね。いくつかの意味で信じがたいですが」
店長ってホントに人間かな。
「貴様に言われるまでもない! 運んだ手段も! そんなものがもともとどこにあったのかも! ひとつとして説明がつかん!」
一定以上の成功を収めて四十や五十を超えた男に特有の、変な迫力を伴った怒声が自然現象のように響く。威圧を前にだけ向けて放つことができない。無意味に方向を散らして関係のない人を驚かせる。よく知っている。彼の中には自己しかないのだ。
私は小さくため息をついた。いまはあまり関係のないことだ。
真正面から無意味なそれを受け止めたフィンさんが質問を返した。
「箱の中身ももちろん大事ですが、我々は犯人も捕まえねばなりません。なにか恨みを買うようなことは?」
「知らんうちに買っていることはあるかもしれん」
驚いた。こいつ本心からこんなこと思ってんのかよ。人間ってふつうもっと引け目とか罪悪感とかと隣り合わせで生きてるもんじゃないの?
私とこいつの差はどこにあるんだろう。たとえば私はフィンさんと出会ったときの絡んできたおっさんから恨みを買ってると思うけど、レヤックはきっと欠片もそんなことを思わない。うまく言葉が完成しない。これをはたして邪悪と呼ぶのだろうか。
「そうですか。では犯人捜索はとりあえず後回しにして、その件については奏上だけしてしまいましょうか。調査の認可はすぐに下りるかと。ところで」
「ん?」
「別件ですこしだけ協力していただいてもよろしいでしょうか。思い当たることがなければそう言っていただいて構いませんので」
「あまり時間を取らせなければな」
太陽の位置が動いたのか、外からの光が射し込んで室内が明るくなった。ふたりが対面している机の上に光と影の境界が斜めに走っている。私からは背中しか見えないけれど、あの光量だときっとフィンさんは眩しくて大変だろう。
いちど間を置くためか、フィンさんもレヤックもほとんど同じタイミングで紅茶を口にした。お茶菓子にはどちらも手を付けていない。
自身の用件が最優先なのだろうレヤックは、不満げに喉を鳴らした。この話が終わればフィンさんに走れと命令するつもりかもしれない。それはもうあり得ないことになってしまったけれど。
「ここしばらく街で女性ばかりが行方知れずになる事件が立て続けに起きています。このことについて何かご存じのことはありますか?」
「馬鹿を言うな。知っているかだと? それはワシのものだというの、に」
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