10 事前


 私の読みがうまく通れば、きっとレヤック卿は城を訪ねるだろう。あまり身軽とは思えないから午後かな、まあどっちでもいいや。いま私は気合が入っている。本番が始まるどころか、役者さえ揃っていない状況なのに。道を曲がってお城が見えると、より身が引き締まった。

 おはよう、と待機室に入る。みんな口々にあいさつを返してくれた。たぶんだけど私はこの一件が終わればここには来なくなる。そういう契約だからね。だからなのかすごく気楽に接することができた。チーズビスケットのこともあったし、さらに一晩置いたから昨日よりも仲良く話せたと思う。


 コン、コン、コン、コン。ノックが四回。そしてフィンさんの名前が呼ばれた。

 私の出番にはまだ早いと思う。だから事前の打ち合わせかな。

 連絡係の人について廊下を歩く。御側付きにはまったくそぐわないほどに拳に力が入っていた。すこし歩き方が変になったと思う。人は力を入れて拳を握ったままだといつもどおりの歩き方はできないから。

 連絡係の人を軽く見送って、そうして私もドアをノックした。返事を待たずにノブをひねる。敬語や礼節といったわずらわしいものは私たちのあいだにはない。それは本物の主従のあいだにあるものであって、私たちには余計なものだ。


「おはよう、ちゃんと眠れた?」


「しばらくそんなものとは縁がない」


「じゃあ今日で解決だ。頑張ってこうよ」


 誰でも言えそうな励ましだけど、それ以外にとくに言ってあげられそうなことは思いつけなかった。


「そういえば、昨日言ってた陳情の受付の係ってどうなったの?」


「多少強引だが当番の者と代わっておいた。余計な休日申請をすることになったが」


 よくわからないけど、お城のなかの制度なのかな。余計な、ってことはそんなには望ましいものじゃなさそうだけど。まあそれだけ気合入ってるってことだと理解しておこう。大事なのは準備が整っていること。シーラは返してもらうぞ。

 壁際の椅子に座る。フィンさんはじっと待ってるように見えた。あんまり気を張っても疲れると思うんだけど、こういう待ち方しかできないんだろうことが簡単に想像ついて何も言えなくなる。気を抜けって言っても怒りはしないけど、きっとやり方がわからないからできないタイプ。


「このあとの段取り聞いてもいい?」


「そうだな、俺が呼ばれたら茶菓子と紅茶の準備をしてくれ。城を訪ねてきた時点では客としての扱いになる」


 好条件。


「それって二人分でいいよね?」


「ああ、それで構わない。そのあとの指示はとくにないんだが、むしろそっちからの要求はないか? 魔法を発動するための」


「ないかな。私の立場でその部屋にずっといるのも変だと思うし、セット持っていったらそのまま出て行くつもりだよ」


 目の前で露骨に不思議そうに表情が変わる。できればフィンさんは知らないほうがスムーズに話は進むと思う。だから教えてあげない。変に紅茶ばっかり勧めるようになっても怪しく思われるだけだろうし。魔法にかけられたっていう疑いさえ持たせないことに意味がある。とくに私みたいなのはね。

 でも結局フィンさんは何も聞かなかった。前に秘中の秘と言ったとはいえ、我慢ができるのは大したものだと思う。私だったらこういうときダメ元で聞いてみようとするけどな。

 話は済んで、フィンさんは何か事務仕事に取り掛かりはじめた。私はとくにやることも思いつかなかったから、隣の部屋の備え付けのキッチンで湯を沸かした。


 いよいよフィンさんに呼び出しが入った。

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