09 ヒントと作戦会議


 騎士団員には城内にひとり一部屋の執務室が与えられるらしい。

 もともと広くないように見える部屋が、大きな机や本の収まった棚のせいで余計に狭く感じる。けれど逆に、ひとりで考え事や事務作業をするための部屋と考えるなら落ち着くかもしれない。ちいさな頃に想像した秘密基地とはわくわく感が違うけど、用途としてはばっちりハマる。

 フィンさんは机に肘をつけて難しい顔をしていた。


「お呼びで?」


「ああ、まずは現状の共有をしておくべきだと思った」


 いまはノリのいい感じじゃないらしい。


「あ、じゃあまずは私からでいい? あのね、御側付きって単独行動は無理みたい。呼ばれて主人のところに出向くか、あとは待機のどっちかだって。違う動きをしたら変な目で見られるね、たぶん」


「わかった。こっちも明るい材料はない。レヤック卿は定期的に城へと出向いてくるが、それも次は二か月後だ。さらに言えばそこで俺が取り調べの場を設けられるとも思えない」


 私のことよりもフィンさんの情報が重くのしかかる。現時点では罪状が確認されていないから連行も無理。早くも手詰まりの感がある。場さえ整えれば問答無用で力を発揮できる私は、裏を返せばそれ以外の環境ではただの女の子なのだ。

 私の頭で考えられる手といえば、余罪でしょっぴくぐらいのものだ。だけどそれだって証拠を見つけないとならない。回り道になる可能性だってある。


「本当にどうしよっか」


「地道に粘り強くやるしかないだろう。手下であってもなんでもいいから、現行犯を捕まえるのが理想なんだがな」


「チーム組まれてたら相当キツくない? 見張りいるでしょ、絶対」


 フィンさんの顔が強張った。図星というよりもわかっていたことをあらためて意識したんだと思う。ぱっと私にも思いつくことなんだから誰にだって思いつく。それは犯人側にも同じことが言えて。保険というか、バレないようにはするよね。

 ならその体制を崩すのが先か、もしくは別口のアイデアを出すかだ。

 向こうがチーム戦術を採るのなら、対応する案自体は思いつく。要は手駒の監視をしていけばいい。確実かもしれないけれどこれは死ぬほど時間がかかる。それじゃあ意味がない。そして私にはそれ以外の案がすぐには出てこなかった。


「相手の手駒を監視って、やっぱ難しい?」


「レヤック卿の子飼いが何人かも知れないうえに、出てくる人数規模もわからない。となれば時間がかかるだろうな」


「だよね」


「さらに見張り自身もその役割を持っていることは気付かれたくないだろうな」


 悪いことをしようってんなら細心の注意を払う。きっと鉄則だと私も思う。だからこそ私の紅茶が一発逆転になるんだけど。こういうのもお膳立て、っていうのかな。自分も準備しなくちゃならないからあやしいもんだけど。

 私もフィンさんも黙り込んだ。扱っている内容が内容だ。空気は重い。


「いったん私あっちに戻るよ、いい考えが浮かびそうにないし」


「うん」


 深く思考の海に沈んでいるからなのか、返事はおざなりなものだった。けれど私は何も気にならなかった。何を求めるわけでもないからだ。

 振り返って扉のほうを向くと、ちょっと待て、と声をかけられた。


「まさか昨日の今日で来られるとは思ってなかった。助かった」


 それだけ言うとまた彼の視線は机の上へと落ちた。律儀な人。


 待機室は気だるげだった。たしかに出番を待つだけの空間なんだから仕方がない。誰もが人前での元気さというよりも、自室での振舞いに近い。たしかにいつ呼ばれるかわからないといった緊張感がずっと続いていたら、心の何かがどこかで弾けてしまうかもしれない。そう見てみるとずいぶん不思議な空間だった。

 さっき出したチーズビスケットは綺麗になくなっていた。気に入ってもらえたようで、みんな私と目が合うと少なくとも手を振ってくれた。余る前提で作っていたからちょっと意外だ。もしかしたら太りにくい体質の人が多いのかもしれない。

 ケイティが手招きをしながら声をかけてきた。


「ティナ、初めてのお勤めお疲れさま。どうだった?」


「どうってこともないよ。初日だし、ちょっとお話ししたって程度」


「ああ、仕事の軽い説明とかそういう感じか」


「そう。それにしたって自分でほとんどやりそうなタイプだけどね。お茶とか軽食ぐらいじゃないかな、せいぜい」


 わかりやすいヘンテコな嘘さえつかなきゃバレようもない。この辺は話を合わせるくらいの認識でいい。まあ、バレたところでって話ではあるんだけど。

 ケイティは眉根をすこしだけ上げて鼻から息をもらした。もしかして何か面白い話でも期待してた?


「ああいうクール系な外見で実はおっちょこちょいとかだったりしたら面白かったんだけど。ま、そもそもこれまで御側付きいないんだから当然か」


「こらこら、うちんとこの雇い主に変な願望を乗せない」


 ごめんごめん、とケイティは舌を出した。この部屋での基本的な時間つぶしはこういった雑談なのだ。周囲を見ても隣同士でくすくす笑ったり、とくに何も意識していないような表情で話をしている。もしも何か相談事を投げたら、みんなが相談に乗ってくれたりするんだろうか。

 空いてた椅子に腰をかけて現況をあらためて整理する。最優先は容疑者をこの城に連れてくること。そうすれば白か黒かがわかる。そしていま最も疑わしい相手、レヤック卿はあまり城には来てくれない。もうひとつ悪い条件を足すなら、フィンさんと向かい合って話をするとも思えないことだ。でもまあこれは考える順番としては後にしたほうがいい。つまり考えるべきは出て来そうにない相手を城に呼び出すこと。

 自分の頭で考え付かないなら他の人を頼るべきで、私はケイティに相談することにした。ただ露骨にやると私が予期してない何かが起こる可能性もある。出来は別にして可能な限りうまくやろう。


「ところでケイティ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「なんだい?」


「私ものすごい市井の人間でさ、お城なんて偉い人が来るだけの場所なんだろうな、って距離感あって。人もそうだけど、どんな用事で来るものなの?」


「勤めの人を除くと外交とか商売の申請、陳情とか」


「陳情? はじめて聞いた。どういう意味?」


「規模の大きいお願い、って言ったらいいのかな。公園作ってくれとか、害獣が出たから処分してくれ、みたいな」


 個人だと対応しきれない問題の解決を頼む、くらいの意味なのかな。たしかに家を建てようってなったら大工に頼むし、王様をそういう仕事をしてる人って見てもいいのかもしれない。

 ぴこん、と私の頭の中で何かが跳ねた。

 ちょっと待って。逆に言えば陳情がしたいならお城に来ないといけないって意味で捉えてもいいかもしれないぞ。あと一歩、たぶん本当にあと一歩で。

 私は悩むのを無意味だと見て、部屋全体に話題を振ってみた。


「ねえ、みんなだったらさ、陳情するならどんなの?」


「公共系の魔法の点検ー。火とか水とか止まったら厳しいし」


「わたしは道の整備がいいな。でこぼこってけっこう危なくない?」


「その辺で新しい宗教の教説となえてんのどうにかしてほしい」


 口々にぽこぽこ出てくるあたり、大小含めて満足のいってない部分があるらしい。でも行動に起こしていないってことはどっちなんだろう。単に面倒なのか、それとも取り合ってくれそうにないからか。

 話題はすぐに私の手を離れてあちこちで話が広がっていく。


「やられたってわけじゃないけどさ、物を盗られたりしたら陳情するかも」


「いやそれは通報じゃない?」


 そんな会話が、耳に入った。

 もしかして、が頭に浮かぶ。ができたなら。ジグソーパズルがぱちぱちと音を立てる。あとは、手続きの順番。確認はフィンさんに取ればいい。だんだんできそうな気がしてきた。思いつきだから穴はあると思う。だけど。

 外から見た私は相当に怪しかったんだと思う。両肘が両ひざにくっついて、それで口元を手で覆って自分の世界に閉じこもって考え込みはじめたんだもの。心配したくなるよね、そりゃ。隣に座ってたケイティももちろんそう。


「ティナ、ちょっと、どうしたんだい? 気分でも悪くなった?」


「違う、ごめん。単なる考えごと」


「それ単なる、のレベルで済んでる? 大丈夫?」


「問題ない問題ない。あ、でも最悪は私が捕まるかも」


「何言ってるの!?」


「ウソウソ。そんなことしないって」


 これフィンさんから呼ばれないと話ができないのキツいな。でも雇われの立場から出向くのもおかしい。難しい問題だけど、ここは待つしかない。無理に押しかけようものならそれで捕まりかねないし。

 落ち着く必要があるぞ、と頭の中で何度かつぶやく。深呼吸をして、そうしてからもう一度考えろ。アイデアは生まれた。それが有用なものかを確かめるためにフィンさんに会っておきたい。でも城内では難しそうだ。今日中にまた呼ばれることがあれば話は別だけど、その可能性は低そうに思える。それなら、……城外?



 結局あれから呼び出しはなく、勤務時間を終えての帰路。太陽の最後の残滓が地平線のふちにしがみついてるみたいに光っている。そんななかを私はひとつのありそうな可能性へ向けて歩いていた。

 全員がずっと、ということはないんだけど、あれだけの女性が集まった待機所だと常に誰かがしゃべっていてエネルギーの消費がすごかった。朝から夕方まであそこにいると、喉も渇くしお腹も空く。お昼の時間を踏まえても。だから私は夕食のためにお店を探さないとならなくて。そして私はそこでピンと来たのだ。


「どーも」


 つい先日にフィンさんに助けてもらったお店。マスターにいつもの感じのあいさつをして、カウンターの奥のほうの席に腰を下ろす。またいつもみたいにおすすめを注文して、適当に店内を見渡す。まあまあ楽しそうにやっている。今日は身内の輪から外れて絡んできそうなやつは今日はいない。

 しばらくして出された温かい料理に手を付ける。期待通りに味がしっかりしていて満足。


「こいつと同じものを」


 私がぎょっとするのも意に介さずに、隣に座って注文を入れる。無駄がないというよりも、本来なら存在する言葉にされない必要な過程をすっ飛ばした感じだった。とはいえ文句があるわけじゃない。むしろ会って話をするためにこの店に来たのだ。なにせこの店の料理は味わったらもう一度来たくなる店だから。

 フィンさんは水をしっかり飲んでひとつ息をついた。


「予想が当たってよかった」


「それ私も。来なくてもしばらく待つ気ではいたんだよ」


「……何かあったってことか?」


「聞きたいことがあってね。あのさ――」

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