08 knock calls me


 ま、予想はしていたけどね。

 買ってしまったかもしれない。嫉妬。お菓子で逆転できなきゃ本末転倒だよもう。


「で、ティナ。何を作るんだい?」


「チーズビスケット。二十分くらいで作れるやつ。だからケイティもみんなに持っていく紅茶の準備始めていいよ」


 言い終わると同時に私とケイティはそれぞれ材料のある場所に散った。私たちでも使えるとはいえ、さすがに王城のキッチンだけあって広い。同時に何人もが料理に取り掛かれる。もしかしたら催し物があるときにはここも稼働するのかもしれない。

 オーブンを温めているあいだにタネを仕上げる。クリームチーズと糖と油を混ぜてから薄力粉。さらに混ぜる。かたちがまとまってきたら成形してシートに載せる。あとは塩を振って、オーブンで十五分くらい。薪の火力はいいよね。


「手際がいい。よく作るのかな?」


「これでもカフェの店員だったからね。専門だよ」


 どっちも自分の火の具合を見ている。手が止まることで会話の余裕が生まれた。


「引き抜き?」


「まあ、うーん……、そうなるのかな」


 外側を見ればたぶん間違っていない、と思う。内情をばらすわけにもいかないから曖昧に肯定だけしておこう。


 待機室に戻るとやっぱり視線が集まった。出入り口がひとつしかないのもその理由ではあるんだろうけど、ケイティを連れて行った比重が大きいように思うなあ。

 ほんのすこししかいっしょにいないし話してないんだけど、彼女の魅力は私にもじゅうぶんに伝わった。見た目のきりっとした綺麗さもそうだけど、器の大きさみたいなものが備わってる。おおらかさ、いっそ豪放さとでも呼ぶべきか。

 部屋の中心に置かれていたテーブルにチーズビスケットを盛った皿を置く。十数人が複数枚つまんでも問題ない。余る想定で作ってる。


「はい、気持ちばかりのおやつ。みんなどうぞ、試しに一枚食べてみて」


 警戒、とまでは言い過ぎなんだろうけど、腰をあげてまでつまみに来てくれる人はいない。私一人に注目が集まってて、そのうえ誰もしゃべってない空間だと動きにくいってのはわかるんだけどね。これだと一枚ずつ配ったほうがいいかな。

 ぴたっとした空気のなかで、ケイティだけが動くことができた。紅茶のお盆をテーブルに置くこともそうだけど、彼女はなにか独自に許されているものがある。そしてお盆から手を離して、そのままチーズビスケットに手を伸ばした。


「うん、美味しい」


 そう言ってまず私に、ついでぐるっと見渡すようにケイティは笑いかけた。

 するとおずおずとそれぞれの場所にいたみんなが動き始めた。なんだかちいさな子どもの様子に似ていた。興味はあるけどちょっと怖がっているような。大丈夫だよ、怖がる必要なんてない。

 とりあえず試しに、といった感じで第一陣がチーズビスケットを口に運んでいく。すこしだけ目が開いたり、鼻の穴が大きくなったり、わずかな変化が彼女たちの顔を彩る。ほっと一息、ひと安心。お盆の上のカップをもらって傾ける。あれ、これってもしかして。

 よくわからないけど、アイコンタクトでビスケットの評価は広がっていった。どうやらそれは上々らしい。二陣、三陣とテーブルに人が集まっていく。そうなってからやっと言葉で感想を言い始めた。とてもシンプルでうれしいものだった。

 わいわい彼女たちがやっているところで、私は大回りしてケイティのところへ向かった。


「ね、ひょっとしてこれニルギリ?」


「そうだよ」


「いいの選んでくれてありがとう。どうしてこれ選んだの?」


「チーズを使うことはすぐにわかったし、時間もすぐって言ってたから軽いものなのかなって。読みがきれいに通った、やったね」


 うちの店に欲しいくらい。戻るとき誘ってみようかな。

 感想会がひと段落ついたのか、彼女たちの矛先が今度はこっちに向いた。声の色がまるで違う。現金なところがあるのは、ちょっとくらいならいいと思う。面倒な性格よりずっといいし、わかりやすい。

 多くはチーズビスケットの作り方についての話で、あとはちょっとした個人的なことに答え続けた。とりあえず仲間には入れてもらえたかな、と思う。


「ところで、あなたどなたの御側付きなの?」


「フィンさ、ま、だけど」


 危ない。様呼びに慣れないと。

 気を取り直すと室内がざわついていた。なんかあった?


「え、あのフィン・ノイエンキルヘン様?」


「……だと思う、けど」


 周りの表情から察するに、大きな驚きとちょっとした哀れみ。そんなもの考えてもみなかったけど、もしかしてフィンさんって評判あんまりよくない? というかフルネーム初めて聞いたかも。

 真面目過ぎて余裕があまりない、っていうのが私の印象だけど。言葉にしてみるとたしかに好印象にはならなさそうかも。ちょっと探ってみようか。


「も、もしかして敬遠されるタイプの人だったりする?」


「そんな陰口みたいなの叩くわけないでしょ、とくあなたに。驚いてる原因は別よ。フィン様って御側付きを付けたことがないのよ、これまで。だからざわついてるの。正直なところ、私たちはお話しする機会もないからどんな人なのかわかってなくて。だから何考えてるかわからないのよ」


 わずかな哀れみの空気の理由はそれか。納得はいく。

 まだ名前も知らない先輩が教えてくれたことで、ここの部屋の御側付きの人たちのシステムがすこし見えてきた。仕える主人以外には接触の機会はなさそう。それと、ここではわりとあけっぴろげに情報の共有がされているっぽい。あと御側付きがいない人は珍しいようにも聞こえる。これも情報ではあるかな。


「実際、フィン様ってどんな方なのかしら?」


「あくまで私から見た印象だけど、いろいろひとりで抱え込みそう。でも真面目なのは保証できるって感じ」


 聞いてたみんなの反応はそれぞれだった。それっぽい、なんて声もあったし、意外かも、って意見もあった。私も私で付き合いってほどのものがあるわけじゃないし、大いに間違っている可能性はある。まあそのときはそのとき、ってね。

 直後、ドアが四回ノックされた。ケイティが私の耳元でそっとささやいた。


「これが呼び出しの合図だ、主人の名前が呼ばれたら連絡係の人についていく」


「なるほど。ありがとう」


 一拍置いて声が扉を突き破る。


「フィン・ノイエンキルヘン様がお呼びです!」


 私だ。とくに驚きはなかった。だって私たちの契約は連続失踪事件の犯人を捕まえることだ。情報交換はお互いにしたいし、相談もしたい。本当に誘拐だとして、そのあとにどうなるかわかっていないのなら一分でも早く助け出さないとならない。

 私は部屋のみんなに手を振ってから扉を開けた。

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