07 待機室の話


 店長との壮絶な話し合いの末、四日に一度は店で茶葉を作るという条件でフィンさんのところに行くことを認めてもらった。茶摘みは誰でもできるけど、茶葉作りで私以上となると店長しかいない。店長もそうそうずっと茶葉作りに時間を費やすわけにもいかないのだ。妥協案。フィンさんにも要求があるように、私にも動かしたくないものがある。お互いある程度はそれを呑まないといけないものだ。

 出勤先は詰所から入ってすこし奥にあるお付きの人専用の待機室で、そこには他の騎士団員のお付きの人もいるらしい。正直言ってどういった経緯やシステムがあってそんな部屋ができあがったのかは私にはわからない。知ろうという気にもならなかった。

 そんなことよりも大事なのは、連続失踪事件の犯人を捕まえること。フィンさんに任せるのが筋ではあるけど、これが意外と不透明なのが困りものだった。犯人の目星こそついているとはいっても証拠がないうえに、理由もなく引っ張ってはこれないからだ。


「どうしたもんかな」


 とくに何かに意識を集中することなく私はフィンさんに教えてもらった場所の扉を開いた。

 中にいた女性の顔が、鳥が何かに反応したようにぴっとこっちを向いて、そうして彼女たちは無遠慮な視線を投げかけた。あまり気分のいいものじゃないけど、店長にもらった同系統のものと比べればよほどマシだった。しょせんは十数人程度。物の数じゃないね。

 そんな態度にそれなりに反抗心は芽生えたけれど、別に敵対して生まれるものがあるとも思えない。だからそんな気配は匂わさない。


「本日付けで参りました、ティナ・マルレーンと申します。どうぞよろしくお願いします」


 先に口を開いたのが功を奏したか、すぐに品定めの視線はやわらいだ。こういった閉じた空間には独自の文化が生まれやすい。その場合、何がルールに抵触するかなんてわからないから、運次第では最悪の無礼者と扱われる可能性もあったりする。たとえば先輩より先に口を開くなんて何事だ、なんて具合にね。

 仕草も口調もカフェで使っているものでじゅうぶんそうだった。私は貴族階級が修めているような本式の礼儀作法は知らないけれど、ここにいる人たちも似たようなものだろう。お付きの人にまでそれを叩き込むとなれば、本当に立派な人か、あるいはよほどの見栄っ張りかどっちかだ。


「右も左もわかりませんので、いろいろと教えていただければと思います」


 そう言って軽くお辞儀をした。たぶんやり過ぎてもダメだ。ここの人たちと円滑にやっていくには、ある程度の気安さも要る。人脈とまで言うと大仰だけど、話をしてくれる相手が多いのに越したことはない。

 すると背の高い綺麗な人が一歩前に出てきた。ということはこの部屋の、お付きの人の代表、なんだろうか。言葉として妙な気もするけど。


「ようこそ、ティナ・マルレーン。私はケイティ・クレーヴス。一同歓迎するよ」


 本当に私と立場同じ人か?

 まあいいや。フィンさんには場所しか教えてもらえなかったから、ここがどういう場所なのかわかってないんだよね。


「ありがとう、ケイティさん。あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


「答える前にひとつ。さん、は取ってくれ。それとクセでなければ言葉遣いも丁寧なものでなくて構わない」


「うーん、……わかったわ。ケイティ様」


「はっはっは! こいつめ! 気に入ったよ、ティナ。さ、こっちで着替えよう」


 よし、だと思った。ティナ式人間類型区分術によればこの対応が正解。仲良くなれる人とはどんどん仲良くなっていこう。ちょっと嫉妬をもらう可能性は上がったけど気にしない方向で。

 ケイティの後に従って、入った部屋の奥まったところの扉をくぐる。ここに制服があるってことかな。みんなが着ていた黒地のワンピースに白いエプロンを重ねたメイド服。たくさんある中からサイズを選んで着る。よし、問題なし。

 さて、あらためて本題。更衣室を出ながら質問を飛ばす。


「ケイティ、ここって何をする部屋なの?」


「うん、ここは待機所の役割なんだ。私たち御側おそばきは、いつでも仕える主人の側に控えているわけじゃなくて、呼ばれたら出向いていく。主人からのお呼びがあればその連絡が係から伝えられる」


 御側付き。これが正式名称なのかな。


「……ああ、他に人を入れたくないとか、一人で作業をしたいときがあるのね」


「そう。だから人によっては日に一度もお呼びにならないこともある」


 なるほど。ある種の拘束状態ってわけね。出勤日に抜け出して勝手に捜査ってのは難しそうかな。そうなると本格的に私が手出しできるのは最後だけになっちゃう気がするけど、どうしよう。言ってもしょうがないことだけど、主導権がまったくのゼロっていうのは困る。

 いくつか突っ込んで聞きたいこともできたけど、性急に話を進める意味もない。平凡な疑問でも解消しておこうか。


「ふうん。ねえケイティ、御側付きってもっと多いものだと思ってたんだけど」


「待機室はここだけじゃない。全部集めるとけっこうな数になるよ」


「あ、そういうこと」


 お城の規模のはっきりしたところは知らないけれど、これくらいの部屋がいくつもあるのだと思うと、印象だけとはいえ壮観な感じを受けた。実際に見ないことにはそんなことは言えないってわかってはいるんだけどね。とはいえ、城内を自由に歩ける身分なんかじゃないからそのイメージは印象の世界からは抜け出せない。

 イメージって言葉が頭に浮かんだせいか、それを良くするために私はこの部屋にいるみんなに気を遣ってあげる気になっていた。女の子は甘いもの好きだしね。


「ね、キッチンって私も使っていい?」


「ああ、構わないよ。決まった時間以外に食事を所望される方もいるから」


「じゃあ三十分くらい借りようかな。あ、誰か紅茶淹れるの得意な人ほしいかも」


 できればケイティじゃない人に来てほしいかな。ここで連れて行っちゃうと本気で独占になるし。ケイティより紅茶淹れるの得意な人いてくれ、って目で室内をぐるりと見渡した。

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