03 騎士団員の継続的疲労


 その必要も見つけられなかったし、私はとくに着飾らない選択をした。立ち位置を考えても自然かな。そもそも今日の私はおまけなのだ、目立つわけにはいかない。なんて殊勝なことを言ってもどのみちシーラに及ばないから言い訳じみて聞こえるね。

 男の人とのデートが嫌いっていうわけでもないんだけど、どうにも今日に関しては気が進まないのは相手を選んでないからか。あえて口汚く言えば大当たりから大ハズレまで可能性があるわけで。我慢する方向にはいかないでほしいけど、はたしてどうなることやら。

 待ち合わせ場所のうちのカフェの門の前まで行くとシーラが先に待っていた。まあかわいいこと。ちょっとだけ背が低くておっとり系。まずほとんどの場合はみんなが好感を抱くし、ハマる人はとんでもないハマり方をしそうだ。シーラが手を振ったから私も手を振る。まだ男性陣は到着していないようだった。


「やっほ。気合入れてきた感じ?」


「気合っていうか、わかんないよ。騎士団の人って言ってたし」


 ん? 騎士団? 昨日の今日はさすがに偶然か。

 すると後ろから駆ける音が聞こえてきた。


「やあ、待たせてしまってすまない。こいつを引きずり出すのに時間がかかってね」


 声をかけられたほうへ振り向くと、おそろしく爽やかな見目の男がもうひとりの男の襟の後ろをつかんで息を弾ませていた。美丈夫はと聞かれたらこの男を引き連れていきたくなるような存在だ。失礼な話、ちょっと現実感がない。美形というものにもいくつか種類があると思うけど、これはそのなかでも一等清潔なものだ。

 後ろ向きで連れてこられたほうがようやく襟を離してもらってシャツのよれた部分を直している。あの姿勢でよく駆け足についてこられたな。シーラも私もまだ後ろを向いている彼がこちらに向き直るのを待っている。あいさつはそれからだ。

 そしてその彼が身を翻したとき、私は居心地の悪い思いをした。もしかしたらだけど、彼も。


「シーラさん、今日はよろしく。そちらの彼女ははじめまして。ガレスと申します」


「あ、ああ、はい。どうも、ティナと申します」


 さすがに動揺している。柄にもなく髪をかき上げる仕草をしてしまうほどに、だ。ガレスさんが美形であることに対してではなく、昨日顔見知りになった男が目前に、それもダブルデートの約束で来ていたら誰だって驚く。私は例外になれなかった。


「そうそう、こっちはフィンといいます。目がちょっと鋭いけど情に厚い男です」


 自分のことを話題に出されていることに気が付いて、フィンと呼ばれた彼は驚愕に見開いた目をやっと元に戻した。例外になれなかった人がもうひとり。昨日に抱いた冷たい印象がそれだけで少しやわらいだ。そこでやっと彼も自己紹介をした。名前を言ってそれで終わり。

 最後にシーラが自己紹介をした。何はともあれ彼女が今日の華だった。


 ここは私たち四人全員の街だ。だからどこに行こうにも物珍しさはない。決まったような、というと失礼だけど、デートで足を運ぶロケーションはだいたいが知られたものだ。もし新鮮さを感じさせるコースを提案できたらそれは上級者だね。

 だから大事になるのは、そのありきたりな行程で楽しませたりできるかどうか、っていう部分になる。たとえば興味を持たれていない自慢話を続ける男に二回目があるとは思わないほうがいいかな。とくに人気の女性を狙うのは大変だよ。


 自然とシーラ・ガレスのペアが道を先導するかたちになって、私とフィンさんがあとをついていく。内容までは聞き取れないけど、どうやら前のふたりの話は弾んでいるらしい。

 隣を見上げると鋭く涼やかな瞳がまっすぐ前を向いていた。こちらも顔は整っているが、印象が違う。ガレスさんが眩しい系統の顔立ちなら、フィンさんは凍りつかせるタイプの顔立ちだ。緊張感を生む。


「あー、あの、昨日はどうも。まさかこうやって再会するとは」


「昨日はもう終わった話だ。大過なく帰れたのならそれで構わない」


「まあほら、そのことのお礼を言うなら今しかないでしょ。逆にね」


 私がきちんと帰れたかどうかの確認なんて取れるはずがないしね。だから改めてありがとうを言えるのが今日になるっていうのは変な理屈だけど。ま、受け取り拒否するようなタイプでもないでしょ。


「……勝手にしろ」


「ははは、にしても大変だね、昨日の今日でこれはさ」


「お前もさんざんだな、酔っ払いの次に俺の相手を任されるとは」


「じゃあお互い様ってことにしとこうよ、私たちはどうせ気楽な立場だし」


 それには同意だったようで、フィンさんは初めて納得の頷きを見せた。それまでは視線をずっと前に固定したままの会話だったから、それと呼べるフィールドに立っていないような気もしてた。でもまあ、これでひと安心。

 そして気楽であることにも嘘はなくて、私たちには仲良くなるための努力は要請されていなかった。極論だけど嫌われたって問題はない。もちろん進んで嫌われたいと思う人間はなかなかいないと思うけど。


「ね、昨日みたいにずっと見回りしてんの?」


「この街に事件がひとつしかなければそれでいいんだが、そうもいかない」


「騎士団も大変だね」


「それに関しては俺が勝手にやっているだけだ」


「自主的に見回りやってんの!?」


 嘘でしょ。いやたしかにあんな時間に騎士団員の制服なんて見たことないな、と思ってはいたけど。誰に言われたわけでもなく見回りするのもすごい、っていうか一人じゃ事件を未然に防ぐ確率が低くないか。

 フィンさんは脇見もせずにじっと前を見ている。見栄のためにくだらない嘘をつくタイプには見えない。けれどちょっと信じがたい。労力と結果がきっと釣り合わないことを頑張れるか、って聞かれたら私は無理だと言う、と思う。


「事件なんてものは起きないに越したことはない。誰も痛みを負わないことが最善と誰でもわかっているんだ」


 すごいやつだ、と素直に思った。なるほど。もうこの考えは完結してるのか。他の誰かが、たとえば私が何かを言って動かせるようなスペースはもうない。だってその通りとしか言いようがない。誰が聞いてもそうだね、と納得するしかない。けれどもすごいのはそこじゃない。実行していることがすごいのだ。

 あ、相性悪いかもしれない。立派な人間は遠巻きに見るべきものだ。だってそんなものに近づいてしまえば焼かれてしまいそうな気がするから。間違っても私は太陽に胸を張って生きていけるなんて口にできない種類の人間だ。悪いことはしてなくても自分はそんなものだという意識がある。真っ当な存在の力へのうしろめたさ。


「だね。それが一番だよ。にしてもいつ休んでんの?」


「夜に眠ればじゅうぶんだ。あとは食事の時間に休憩すればいい」


「呆れた。いいよ、今日この時間でゆっくり休もう。何も気にしなくていい。何なら話をしなくたっていいよ。全部合わせてあげる」


 ガレスさんがフィンさんを連れてきた理由がわかった気がした。

 それからの私たちのデートは静かなものだった。ふたりで連れ立って何も言わずに歩いているだけだった。途中で集合場所と時間を決めてシーラたちと別れたあとになると、近くのカフェに入ってゆっくりティータイムを過ごした。歩くことさえしなかった。私からするとフィンさんが何も言わずに従ったのが意外だった。

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