Sid.91 時は少しだけ流れ
季節は少し進み冬。
学校では冬期講習もあるようだが、陽奈子さんの指導の方が確実。ってことで断っておく。放課後の講習も不要としている。
多くの生徒は校内で講習を受けるけど、俺と綾乃はさっさと帰る。
「羨ましいな」
「何が?」
「佑真君」
こればかりはな。無報酬で家に来て指導してくれてる。好かれたからであって、綾乃との縁が切っ掛けでもあるわけで。
ああ、そう言えば、二人ともやっと名前呼びができるようになった。
心陽に対しては少し気持ちが揺らいでたし。
綾乃には恩を着せられ過ぎてるからだ。綾乃は恩を着せたとは微塵も思ってない。俺だから尽くすのだと、胸をぶるぶる云わせて言ってた。
陽奈子さんに対抗して揺らそうとするんだもんなあ。
期末考査でまたも学年一位。しかも過去最高得点らしい。教員の俺を見る目が明らかに変わった。贔屓されることも多くなり、他の生徒とは一線を画す状態だし。
当然だが綾乃も二番に付けてるわけで。大量の寄付金プラス学年二位だし、教員の忖度は凄まじいのひと言。お姫様の如く祭り上げてるし。
でも、それで増長しないのがな、綾乃のいいところなのだと分かった。育ちの良さゆえか。
クラス内でも校内でも、以前のような嫉妬の目は無い。虐めも発生しないし、誰もが遠巻きに眺める理想のカップル状態のようで。
掛川さんも絡んでるけど、仕方ないよなあと言った空気に。
三者面談では丁寧に親を迎え入れ、普段の生活態度も良好だの、成績は図抜けて優秀だから学校の誇りだとか。よいしょが凄まじかったな。
進路ガイダンスの際には担任から「正直な話、常松がここまでになるなんて、想像もできなかった」と感嘆していたようだ。
何が俺を変えたのか少し気になっていたようで。
「優秀な家庭教師と鴻池さんのお陰です」
「家庭教師ねえ。まあ優秀なのも居るだろうけど」
綾乃に関しては納得していたようだ。いろいろ問題もあったが、結局、他の生徒も認めざるを得なくなったわけで。見返すことに成功した。
「留学も決まったし、更に勉学に励んでくれよ」
「はい。そのつもりです」
「一月早々に全国模試があるが、まあ志望校は問題無いだろう」
家に帰ると父さんも母さんも、留学費用が浮くことが気になるようで。
「本当に世話になっていいのか?」
「本人はいいって言ってるし、向こうの親にも確認したけど」
「一度ご挨拶に伺った方がいいのかねえ」
「礼儀として行った方がいいのかもな」
とは言え、綾乃の両親はひと言も口にしない。俺と綾乃の仲が深まったってことで、なんか知らんが妙に馴れ馴れしいし。
「どうだ? 綾乃を試したか?」
じゃねえよ。まだ手を出す時期じゃない。
「佑真君。綾乃がね、待ってるみたいなの」
だから、なんで綾乃の親は俺とさせたがるんだ? 普通は結婚まで待てって言うと思うんだが。せめて大学に入ってからとか。今やる理由は無いだろうに。
でもな、綾乃の迫り方も激しくなってきて。部屋に行くと抱き着くは、キスしてくるわ、股間に手を這わせてくるわで。
俺の手を取って胸に宛がって「好きにしていいんだよ」じゃねえ。勉強しに来ているのであって、乳繰り合いに来てるわけじゃない。
姉もまた綾乃との進展具合が気になるようだ。
「まだなの?」
「まだです」
「すればいいのに。待ってるよ」
綾乃が駄目なら自分でもいいけど、なんて意味不明なことを抜かす。前に俺には魅力が無いと言っていたじゃないか。それを言うと。
「変わった」
以前の情けない俺なら、抱かれるなんて反吐が出ただろうが、今はしっかり前を向いてる。いろいろ決断したことで、少し大人になれたみたいだと。
「だからね、まあいいかなって」
「まあいいかなで手なんて出せるわけないです」
「身持ちの固さは相変わらずだね」
そこも気に入ってるそうだ。だからこそ、きっと綾乃を大切にしてくれると思うらしい。
言われて手を出す程度に軽薄であれば、そんな人間は信用に値しないそうだ。
綾乃の両親も分かってると。
「あ、でもあれだね、留学先でするんでしょ?」
俺はする気がない。でも綾乃はやる気満々だからなあ。
どうかわすか考えておかないと。
「妊娠だけは避けてね」
「しませんよ」
「なんで? すればいいでしょ。同意してるんだし求めてるし」
あかんな。姉もアホだ。そんな軽いノリで抱けるかっての。
鴻池家だと話が脱線気味になる。かと言って俺の部屋だと、綾乃の暴走具合に拍車が掛かる。
「佑真君。キスだけじゃつまんない」
「充分だ」
「もっと先に進もうよ」
「まだ未成年だ」
しかし俺の手は生の綾乃を掴まされたわけで。服の上からは何度か。ついに生ものを掴んでしまった。陽奈子さんのでさえ、まだだと言うのに。暴れる股間を宥めるのは至難の業だったな。
あまりの感触の良さに漏れそうになったし。
歓喜に打ち震える綾乃に抗うのも限界か。
昼間、親が家に居ないから歯止めが効かないんだな。
心陽は学校の講習があるし。二人きりってのは良くない。第三者の監視が必要だ。
陽奈子さんが居る時は自制しているようで、何よりだが。
手を出そうとすれば注意されるわけで。
「お嬢様、目の前の課題に集中してください」
手を出すのは終わってからだと。
いや、終わってからも遠慮して欲しい。陽奈子さんはそれでいいのか? すでに俺に対する気持ちは無いのか。なんか残念過ぎる。
まあ、分かってはいるが。俺に相応しい相手は綾乃であって、自分では無いと一線引いてるんだよな。
だが、俺は今も綾乃が相応しいとは思ってない。気持ちが強過ぎるから、それに応えてるに過ぎないわけで。
しっかり壁がそびえ立つ。
壁を乗り越えた先の光景は、見たくないな。越えなくていいや。
クリスマスを迎えると俺の家に三人が集まってる。
プレゼントは私、なんて戯言を抜かす綾乃。
「佑真君、見て見て」
綾乃の手にある錠剤。
「OCだよ」
「何それ」
「ああ、経口避妊薬ですね」
「え、そんなのあるの?」
これを飲めば妊娠確率は、コンマ三パーセントだと言って、やろうと喚く。
処方してもらったのだとかで、避妊具より効果はあるんだよ、と力説しているし。
そう言う問題じゃないんだがな。
「じゃあ二年後」
「佑真君! それじゃ遅いんだってば」
「なんで焦る」
「だって、したいじゃん」
アホ過ぎて言葉もない。
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