Sid.90 留学に必要なこと

 丸まっていた背中を真っ直ぐに伸ばす。

 印象が違って見える原因はそれだった。と言うことは、普段どれだけ背中を丸めていたのか。姿勢の悪さが陰キャを彷彿とさせ、取っ付き難さまで演出していたようだ。更には自信の無さが垣間見えることに。結果、キショイ奴と見られていたのだろう。

 そんな俺が鴻池さんと付き合った、ってことで「なんであんな奴と」に繋がる。

 堂々としていれば文句の言いようもないわけで。


 鴻池さんと掛川さんには言っておいた。


「留学する予定だから」

「留学費用大丈夫なの?」

「佑真君、いつから留学するの?」


 鴻池さんは金銭面での心配をする。すかさず「お父さんに言って費用出してもらうよ。あたしも一緒に行く条件だけど」となる。彼氏の費用負担を彼女の親に、なんて情けないことなど本来できるわけがない。陽奈子さんは利用しろと言ったが、やっぱりそれは違うし費用負担をするのか。当たり前だが金持ちと言えど、そこまでするはずがない。

 掛川さんには来年の一月末から三か月と言っておいた。

 一緒に、なんて思ったりしたそうだが、自分の成績では選考テストを通らない。費用負担も無理があるからと、少し残念そうだったな。


 鴻池さんは俺が行くなら一緒にと言ってる。

 学年一位と二位だから選考テストは通るだろう。金銭面でも鴻池さんならば何の問題も無いし、現地の住居費や滞在に掛かる費用なんて、余裕で出せるだろう。

 何なら安アパートやホームステイでもなく、ホテルに滞在もできそうだな。実に羨ましい。

 で、やっぱり言い出す。


「一緒の部屋に泊まれば、負担が無くても済むよ」

「三か月間も親が許すのか?」

「大丈夫だってば。それにホテルの方が安心だし、勉強に専念できるし」


 アパートを借りて住むとなると家事労働なども発生する。防犯面では自分たちで対処するしかない。治安の良いと言われる場所でも、夜間外出なんて自殺行為でしかないそうだ。

 勉学だけに打ち込むのであれば、ホテルに滞在した方がいいと。


「煩わしいことはホテルにお任せできるからね」


 一理あるにはある。

 だが勉強に専念は違うような気もする。鴻池さんと一緒に住んでいれば、当然だが行為に及ぶのは間違いないわけで。我慢できるわけがない。目の前に魅力的な姿態の持ち主が居て、夜な夜な誘惑されたら排除不可能だ。

 毎日爛れた性生活なんて、何しに行ってるのかって話だしな。


「それにね、お父さんの会社の支社があって、そこのスタッフも頼れるから」


 身元引受人を務めてくれる人も居る。イギリスでは未成年者の滞在は難しい。だからこそ、鴻池さんと一緒の方がいいと。

 単独で行っても門前払いを食らいかねないよ、だそうだ。

 そうか。鴻池さんの会社だと海外にも支社があるんだよな。面倒な手続きに煩わされるなら、確かに一緒の方が楽かもしれない。

 大学生になっていれば、ひとりでどうにでもなるだろうけど、未成年ってので引っ掛かるんだろうな。


「でもね、一般的には寮とかホームステイだからね」


 寮であれば安全性は高い。他の学生との交流もしやすく、これぞ海外留学と言えるそうで。ただし人種差別はあるそうだ。

 ホームステイは滞在先によりけり。場合によってはハイリスクなことも。

 多くは安全な家庭を紹介してもらえる。だから通常問題無いとは言ってる。


 揺らぐ。

 ひとりで、なんて思っていたがハードルは高い。鴻池さんの伝手を頼り、一緒であれば何かあった際に対処しやすいのも確か。

 でも、他人を頼って留学しても、自分の成長に繋がるのか?

 ただ、鴻池さん曰く「未成年だからね、どっちみち頼らないと」だそうだ。

 それもそうか。自分で責任負えないんだもんな。結局、誰かの世話になるしか無いわけで。成人したら自力で行動すればいいだけのことか。


 鴻池さんには一応、両親と相談しておいてと言っておく。

 快く引き受けるどころか、やたらと期待していそうな。


「新婚初夜はね」

「違うぞ」

「婚前旅行」

「それも違う」


 アホだ。勉強しに行くんだよ。


 担任に留学すると告げ申し込み書を記載し、後日、留学希望者の選考テストが行われる。担任曰く、テストなんて不要だが、形式上必要だからと言われた。学年一位であれば免除もできるとかで。ただ、他の生徒との公平性って奴だな。

 あとは志望動機や行って何を学ぶのか、その辺があやふやだと観光旅行になりかねない。

 テストの成績上位者と面談した上で、留学する生徒を選ぶそうだ。


「十一月には結果が出るからな。そうなると留学までの期間が短い」


 事前に準備できるところはしておけと。

 パスポートが必要か。海外なんて行ったこと無いんだよな。

 鴻池さんは年に二回は海外に行ってるらしい。金あるもんなあ。俺よりは慣れてるから現地では任せてね、と言っていたな。

 今年の夏は? と聞いたら俺に感けていて行けなかったと。今は俺と一緒なら行きたいけど、家族でぞろぞろは嫌だとか。なんだそれ。


 後日、嬉々とした表情で朝の挨拶をする鴻池さんが居る。

 俺と掛川さんの手繋ぎも「今は許しちゃうよ」だそうで。ご機嫌な理由は「行ってこい、だって」と言われたそうだ。


「現地の社員に話を通しておくって」


 両親ともに留学自体は大賛成の立場だ。俺と一緒のホテルも許可したらしい。費用も一緒なら出すそうで。気前いいな。幾らするんだよ。そもそも寮生活じゃなかったのか?

 留学先で童貞卒業するのか。相手は鴻池さん。どうせ羽目を外すんだろうし。陽奈子さんが良かったな。


 そして修学旅行になり二年生の殆どが、沖縄や海外へと旅立って行く。

 不参加の生徒は数人程度だそうで。

 俺は不参加ってことで、修学旅行の期間中は自宅学習に励む。陽奈子さんが来て指導してくれるそうだ。

 なんか嬉しいぞ。


 だがな。


「佑真君、お金なら出したのに」

「留学で世話になって、修学旅行もなんてあり得ない」

「気にしなくていいのに」


 俺のためなら何でもするよ、と言って憚らない。愛が重いなあ。

 父親に頭を下げるのなんて、楽なものだとか言ってるし。父親もまた娘に甘過ぎるようだな。

 掛川さんも残念がってたな。


「一緒に行きたかったな」

「金無いし」

「鴻池さん出すって言ってたのに」

「そこまで世話になる気はないな」


 まあ、本音はクラスの連中と行動したくない、なんだけどな。修学旅行程度なら、うちの親でも負担できる。留学費用を考えてくれたくらいだからな。

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