Sid.89 変化を感じたようだ
猶予は一年半。成績がどうこうではなく、俺自身の成長が無ければ陽奈子さんとは終わり。繋ぎ止めておきたければ、大人になれってことだ。そりゃそうだよな。相手は俺より八歳も年上だ。子どもの遊びになんて付き合っていられるわけも無い。
外見が老け込もうと胸が、まあ垂れ下がっても関係無いんだが、陽奈子さんの問題じゃないってことで。
鴻池さんを利用しろ、か。
代わりに愛情と言われてもなあ。無いんだよな。でも尽くしてくれているのは確かだ。気持ちに応えてあげれば物事を有利に進められる。
ついに陽奈子さんともキスをした。数か月の間に三人だ。三股と言わそうだけど、元々陽奈子さんが本命だったわけで。
あれ?
もしかして優柔不断な奴、と思われてるのか。
でも、そのことは陽奈子さんも承知の上だと思うんだが。い、いやいや。そうじゃない。ふらふらしてる奴なんか、本気だと思うわけも無いだろ。
まずそこからか。
けどなあ。鴻池さんを利用しろってことは、体の関係もあり得るわけだ。
いいのか?
駅まで送り届け改札前で別れる際、人目があるにも関わらずキスされた。
唇が離れると微笑みながら「まずは合格まで頑張りましょうね」と言ってホームへと向かった。
去って行く陽奈子さんの背中を見送り、姿が見えなくなって家に帰る。
こんなこと、思うもんじゃないんだが、尻も凄い。揺れ具合の大きさが。目が回りそうだ。前を見ても後ろを見ても目が回るって、凄いな陽奈子さん。
俺って陽奈子さんの体に惚れたわけじゃないよな?
テストの結果はどうだった、と帰宅した両親に聞かれたが。
「学年一位」
暫し絶句状態だった。
親の出来を考えれば結果は上々、なんてもんじゃないだろうな。低レベルな私立校ではあれど一位は一位だ。陽奈子さんは全国トップを目指せ、だったけどな。
大学に入るだけであれば全国トップなんて不要。なぜ目指せと言うのかと言えば、俺に自信を持たせるためだと分かる。
「お前が一位とは」
「先生が優秀なのね」
陽奈子さんが優秀な先生であることは疑う余地もない。
家庭教師としては最高峰だろうな。当の本人は合格させることしかできない、なんて言ってたけど。
あ、そうだ。
「あのさ、来年の話だけど」
海外留学してもいいか、と聞いてみる。一応、鴻池さんを頼らずできるなら、それに越したことは無いわけで。
渋いツラしてんなあ。貧乏なのは分かっているけど、揃って働いていて尚且つ貧乏って、収入どんだけ低いんだよって話になるぞ。
生活を改善させられない程度の低賃金で、働く意義があるのか、なんてのも。
「海外ってどこだ?」
「イギリス」
「幾ら掛かるんだ?」
「最低でも月額五十万」
余裕を持ってとなれば七十万。何不自由なくとなれば九十万くらいか。
撃沈してるなあ。
「何か月行くつもりだ?」
「三か月くらいは」
父さんは頭抱えてる。母さんは「行かせてあげたいけど」と、前向きな姿勢を見せるが、先立つものを考えると無理があるのか。
「来年って学校は大丈夫なのか?」
「留学期間も算入されるから卒業は問題ない」
「いつ頃だ?」
「来年の一月下旬から三か月」
父さんと母さんが顔を見合わせてるな。たぶん、大学の費用まで考えると無理がある、そう思ってそうだ。
大学は貸与型奨学金で行けばいいだけの話だけどな。先の見えない学生の時点で多額の借金を背負う、となれば躊躇するのも分かるが。
「来年、だよな?」
「そうだけど」
「少し考えてみる」
「無理はしなくていいけど、選考テストがあるから、できれば早めに」
無理はしたくないが、希望は叶えてやりたい、だそうだ。
貧乏ゆえに親ガチャ失敗とか思ったりもしたが、本気度に応じて対応しようとしてくれるのか。凄くいい親だと思う。
父さん曰く、学年一位まで上り詰めたからこそ、学ぶ意欲があるならば、とことん背中を押したいのだそうだ。
泣けてきそうだ。生まれて初めて親に感謝できそうだな。
翌日、電車に乗りひと駅目で掛川さんと合流した。
俺の乗る時間と居る場所を覚えたようだ。なかなかに混雑する車内で俺を見つけ、笑顔で人込みを掻き分け傍に来る。
「おはよう。佑真君」
「ああ、おはよう」
混雑がゆえに触れそうな距離。これが陽奈子さんであれば、爆乳で圧迫されてるところだろう。残念なことに掛川さんだと、無理やり押し付けないと当たらない。
隙間風が吹いてるぞ。別にいいんだけど。
「あ、ねえ。あたしの成績悪いと」
来年は別のクラスになってしまう。
そうならないよう精一杯頑張るんだ、と息巻いてるな。可愛いじゃないか。
実に愛い奴め。苦しゅうない、ちこう寄れ。気持ちよくさせてやるぞ。じゃないっての。妙な妄想が脳内を過るな。
掛川さんを見ると上目遣いで「今日の佑真君、なんか少し違う感じがする」とか言ってる。何が違って見えるのか。髪型は変化なし。下手に弄ると校則違反になるからだ。男子にも厳しい頭髪制限があるぞ。
「違わないぞ」
「ううん。少し凛々しくなった感じ」
「バカだぞ」
「違うよ。学年一位だよ。もっと誇っていいのに」
何か心境に変化があったのかと。
なるほど。陽奈子さんの言葉で、いろいろ考え留学も視野に入れたことで、少し見え方が違うってことか。そんなすぐに変化なんて出るとは思わんけど。
でも、印象が異なって見えるってことは、少しは前を向けたってことか。
学校最寄り駅で下車して手を繋いでくる掛川さんだ。体が小さいだけに手も小さいな。笑顔で「今日もお弁当持ってきたんだ」とか「好きになってもらえるように尽くすね」とか言ってる。尽くさなくていいんだけどなあ。
でも、鴻池さんよりは身近に感じられる存在だ。
改札の前に鴻池さんが居て、繋がる手を見ると即座に割り込み「佑真君。浮気性だ」とか言ってるし。そんなの分かり切ってるだろ。陽奈子さんに入れ上げて、少し掛川さんに絆されてるのだから。
しかしだ、鴻池さんは尽くしてくれるのに、どうしても気持ちが付いてこない。
男子の多くが求めて手にできない存在。最高峰と呼ぶに相応しい家柄だもんなあ。
「そう言えば、佑真君、少し変わった」
「何が?」
「吹っ切れた?」
「だから何が?」
どうやら鴻池さんも変化したと思うようだ。そんなに変わるものなのか?
「あれかなあ、学年一位で自信を持てた」
「それはないな」
「でも、昨日と雰囲気が違う」
「あたしも、思ったよ」
俺には分らんが。
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