Sid.88 ガキには用が無い

 年齢以外の部分で付き合えない、と言われた。

 気にしていたのは年齢では無くキャリアそのもの。家庭教師の経験はあれど、企業での職務経験は無く、法曹関係でも同じくキャリアは無い。

 受験特化であって今後俺が就職した際、何の役にも立てないと言う。

 高校生程度では分からないことだ。


「じゃあ、俺とは付き合えない」

「そうですね。残念ですが、私では佑真君を支えきれません」


 今後、法曹界へ進んだとしても、何ひとつ相談に乗ることはできない。

 教科書通りのことしか言えず、年上としてのアドバンテージは皆無。そんな人と一緒になっても負担にこそなれ、役立つことは無いとも言っている。

 でも、それって違う気がする。


「専業主婦だってあるじゃないですか」


 バイトとして家庭教師を続け、家計を支える手段もある。別に法や企業関連の相談をする必要もない。

 どの家庭でも専門家が居るわけでも無い。社会に出ずに結婚する人も居るだろう。


「問題無いと思いますけど」

「佑真君は私の支えを必要としていますよね」


 ああ、そういうことか。陽奈子さんに甘えてるのを見透かされてる。

 自分の足で立たない奴と本気で付き合うのか。好意を持っていても甘えられると厄介。その人の人生の責任は負えない。俺が自分の足で立たないといけないのか。

 やっぱバカだよな、俺って。

 でも、言わんとすることは理解した。ならば。


「陽奈子さん、何年掛かるか分かりませんが、ずっと待っててもらえますか?」


 軽いため息を吐き微笑みを見せてる。


「高校卒業まで凡そ一年半。大学を出て法曹になるまで最短でも二年ですよ」


 トータル七年半待てと言うのかと。

 その頃には三十二か三歳。三十過ぎたら結婚相手なんて選べない。その時に俺の気持ちが無くなっていたら、陽奈子さんは人生を棒に振ることになりかねない。

 その責任を負えるのかと。


「人の気持ちは移ろうものです」


 今は熱い想いを抱いていても、将来も継続できるとは限らない。ましてや自分の方が先に老け込んでいく。

 皴が寄り肌の張りも無くなり胸も腹も垂れるだろうと。


「元々お嬢様のような美人でもありません」


 劣化具合の酷さに耐えられるのかと。


「待てと言われても、私にも人生がありますから」


 ぐうの音も出ない。言われる通り、気持ちを維持できるかなんて、それこそ分からないわけで。でも、今は陽奈子さんを好きだと思う。だから待っていて欲しいと思ったが。

 これってあれか、俺とはお断りって奴か。

 まだ高校生。未成年者。先々どう転ぶかなんて分かるわけも無い。

 子どもが本気になっても、大人から見たら夢見てるようなものか。現実を見据えるだけの経験が無い。今だけの浮ついた気持ちと受け取られても仕方ないわけだ。

 でも、じゃあ、この気持ちはどうしたらいい。


「佑真君。私はあなたに好かれたことを誇りに思います」

「え」

「優秀なあなたですから、きっと将来の展望は明るいでしょう」


 だからこそ、自分のような存在ではなく、より良きパートナーを求めた方がいい、と。

 その選択肢のひとつに鴻池さんが居るそうだ。


「彼女もまた一過性の気持ちかもしれませんが、佑真君次第で繋ぎ止めることも可能だと思いますよ」


 鴻池さんを生涯のパートナーとして選択すれば、巨大で強力な後ろ盾を得られる。

 弁護士にでもなれば顧問弁護士の道も開けるだろう。安定した収入と安泰な地位も得られる。

 これだけの好条件を逃す理由は本来無いはずだと。


「平凡でも良いのであれば掛川さんでも良いわけです」


 多少の苦労はあるだろうが、それは誰しも経験することだから。

 それでも慎ましやかな生活をしていれば、それなりの人生にはなるだろうと。

 陽奈子さんを見ると俺の手を取り「佑真君。選択肢を狭めないでください。可能性にチャレンジしてくださいね」と言って、いや、あの。

 胸に手を押し当てられてる。


「ご褒美でしたね。服が邪魔でしょうから脱ぎましょう」


 一旦手が離れると服を脱ぐ陽奈子さんが居る。

 期待していたご褒美だけど、でも、こんなんでいいのか。


「陽奈子さん」

「なんですか?」

「やっぱり無しで」

「はい?」


 ご褒美は合格まで取っておいて欲しいと言ってみた。

 少し驚いた感じだけど、俺の気持ちを整理し合格まで続くならば、その時は陽奈子さんと一夜を過ごしたい。

 現時点では暴走気味の小僧でしかない。一年半後、もう少し考え方が大人になれば、陽奈子さんに対する見方も変わる可能性はある。


「だから、それまでは」


 優しく微笑み、そっと手を取り体を引き寄せられる。


「では、私の気持ちとして」


 唇を重ねてきた。

 鴻池さんと同じように舌が絡む濃厚な奴。

 暫しの時間、激しい鼓動を感じながら、また陽奈子さんの感触を感じ口が離れる。


「少し待ちますね。佑真君はその間に自信を得てください」


 頼る気持ちを持たず自立していれば、その時は考えますよ、と言ってくれた。

 大人として見るということらしい。今はただの甘えたガキ。そんな相手のことを待てるわけも無い。


「残りの期間、たくさんのことを経験してください」


 視野が広がることは考えの幅も広がる。

 学校内でしか経験できずとも、人と関わることは大切だとも。修学旅行然り、海外留学然り。特に留学はしておけと。費用面で無理があるならば、鴻池さんを利用してしまえばいいと。一緒に行こうと誘えば、間違いなく費用を出すはずだとも。

 利用って、なんか悪いと思うけど。


「好かれている間は利用してしまえばいいのです」


 金は唸るほどある。金なんて使ってこそ。

 今はプライドなんて持っても仕方ない。すぐ身近に使える存在が居るのだから、そっちに甘えさせてもらえばいいと。


「佑真君、今が絶好のチャンスなのですよ」


 そして、鴻池さんに悪いと思うのであれば、精一杯気持ちに応えてあげれば良いのだそうで。

 相手も今は熱を上げている状態。俺からのアクションがあれば、心底喜んでくれるはず。無理難題も親に掛け合って叶えてくれるだろう。


「凄いカードを手にしているのに、使わないなんて勿体ないです」


 他の男子生徒に比べたら、圧倒的に恵まれた状態に居る。

 忌避せず受け入れてしまえば、将来像も描きやすくなる。金で進路を諦めるなどと言った、つまらないこともない。

 だから利用して、代わりに愛情を注げと言ってる。


「美人で気立ても良くて優しくしてくれるのでしょう?」


 せっかく射止めたのだから使えと。

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