Sid.87 家庭教師は選べない

 昼休みが終わり教室に戻るが、友人以外とは一切目を合わせない。どうせ僻んでるなら、こっちはシカトしていればいい。口も利かず仏頂面を引っ提げていれば、文句を言う奴も居ないだろう。

 掛川さんは別だけどな。傍に居てくれることで少し弾除けになってるような。

 べったり張り付くからだ。つい先日までは無かったんだが、今回から猛アピールするつもりか?


 午後の授業でも俺が国公立特進クラスを上回った、として教員が生徒に発破掛けるし。他人を見下してる暇があるなら、本気で己と向き合えとも。

 俺をだしに生徒に発破とか、教員もまたご都合主義だな。夏前は歯牙にも掛けない存在だったんだが。どうでもいい生徒のひとり。今はトップってことで、今後は目を掛けるとか言う教員も居た。

 調子のいいことだ。


 ただ、これはこれで利点となる。

 俺に対して虐めが発生すれば、虐めた生徒は問答無用で排除される。成績最優秀者が肩身の狭い思いをしないように、教員が全力で守ってくれるわけだな。

 ちょっかい掛けるバカが居ないのは幸いだ。


 午後の授業も終わると掛川さんと、エントランスに向かい帰宅する。

 友人には一応声だけ掛けておくが、それ以外の奴らは完全無視。


「部活は?」

「今日は無いよ。あ、入部してくれるの?」

「しない」

「来ればいいのに」


 でもあれかな、と口にすると。


「成績維持しないと駄目なんだよね」

「まあ、そうだな」

「でもあの先生だから、落ちること無いよね」

「ちゃんとやっていればな」


 陽奈子さんだから気合も入るわけで。いろいろ凄い。爆乳も凄い。

 一緒に居たら俺をどこまでも引き上げてくれそうな。これは鴻池さんや掛川さんではできないだろうな。

 そうなると付き合う相手は、やっぱり陽奈子さん一択か。

 隣に居る掛川さんには悪いけど。


 エントランスに行くと待ち構える鴻池さんが居る。

 すぐに近寄ってきて笑顔で何やら口にするし。


「佑真君。あたしのこと、名前で呼べるよね」

「無理」

「なんでよ。学年トップなんだよ。あたしより優秀」


 それで何を遠慮する必要があるのかと、頬を膨らませ怒って見せてる。

 鴻池さんにも悪いけど、俺には陽奈子さんで決まりだよなあ。あ、でもあれか、陽奈子さん、年齢で遠慮し捲りそうだし。関係無いんだがなあ。たかが八つ程度。

 これが二十歳も離れたら、さすがに無理があるけど。自分の親に程近くなるし。

 俺の親だって口を揃えてやめろと言うだろう。でも八つ程度の差なら大した問題じゃない。


「何考えてるの?」


 鴻池さんが気になったようだ。無言で歩いているからだな。


「今後は成績の維持が大変だなって」

「大丈夫でしょ。佑真君優秀だから」

「優秀じゃない。全部陽奈子さんのお陰だ」

「でも努力した結果だよ」


 紛れもなく己の力だと。誰が何を言おうが、達成したのは自分自身。点を取れたのは陽奈子さんではなく俺。本来の優秀さがあってこそだと。

 懸命によいしょするけど、陽奈子さんの支え無しで来れなかったのも事実。

 そこを履き違えたら駄目なんだよ。


 駅の改札を抜け「佑真君、お祝いしたいから来て」と言われたが、それは後日と言って別れる。文句言っていたが、祝うようなことじゃないだろ。大学合格ならともかく。バカ校のトップ程度で浮かれていられるかっての。

 掛川さんは方向が同じだから途中まで。


「常松君。あのね、あたしも佑真君って呼んでいい?」


 呼び方なんか好きにすりゃいい。俺は陽奈子さん以外は名前呼びできないけどな。気持ちが無いんだから。


「いいぞ」

「じゃあ、佑真君」


 嬉しそうだな。少し照れながらも口にして、笑顔を見せる掛川さんだ。なんか可愛らしい。ひとつひとつの仕草が可愛いんだな。鴻池さんは可愛らしいって、あんまり感じないけど。

 小さいってのもあるのかもしれん。身長低いから、動きが小動物みたいな。

 先に下車して手を振って見送る掛川さん。ちょっと気持ちが動いたかも。


 電車内で嬉しそうに「佑真君」と口にしていたからなあ。距離を縮めたがっていたし。これで一歩前進って思ったんだろうな。

 俺も少しだけ、いいと思ったし。俺には見た目が派手な鴻池さんより、掛川さんや陽奈子さんの方がいい。何より気持ちが楽だからな。


 家に帰るとスマホに着信があり、出ると「今から行きますね」と陽奈子さんからだった。

 待っているとインターホンが鳴り、玄関を開けると「結果を聞きに来ました」だそうで。

 部屋に上がってもらうのだが、今日はワンピース姿で上にカーディガンを羽織ってる。胸元も良く揺れる感じで、つい視線が固定されてしまうんだが。

 ベッドに腰掛けてもらい、隣に座るよう促され腰を下ろすと。


「一位でしたか?」

「あ、まあ」

「当然の結果ですね」

「そうなんですか?」


 俺の通う高校程度でトップになれないと、全国模試でトップなんて、夢のまた夢だとかで。


「前置きはこのくらいにして、ご褒美をあげたいと思います」


 えっと、それって。

 思わず喉が鳴ってしまう。

 陽奈子さんと目が合うと「緊張しなくていいのですよ」と言ってカーディガンを脱いでるし。まじで爆乳触れるの?


「佑真君。私は勉強を教えることしかできません」


 何の話?


「好意を抱かれているのも承知しています。ですが」


 やはり付き合うのは同級生にしなさいと。信頼して任せてくれるのはありがたい、でも、陽奈子さんと付き合っても、いずれ限界が来ると言う。


「より高みを目指すのであれば、相手は慎重に選ぶべきです」


 学校で教えてくれる内容や、受験のための技術は教えられる。しかし、自分には実務経験が無い。それでは社会に出ても役立たないからだと。

 支えられなくなるのが目に見えている。しかし、同級生はいずれ社会に出る。別に同級生に限らずとも、今後大学に進学した際、更に優秀な存在とも出会えるだろうと。

 社会に出れば職場にも居る。


「ですから私とは一度だけ性交を済ませ、それで終わりにした方が良いです」


 十八になったら遠慮なく抱いていい。でも付き合うのは別の人にしろと。

 なんでそんなことを言うのか。年齢? いや、実務経験とか言っていた。


「無いと支えられないんですか?」

「机上の空論と実務では差があり過ぎますから」


 大学を出ても企業研修は必要。理論ではなく実践。そこには大きな違いがある。

 学校で学べる内容は所詮ひとつだけ。誰某の経済論だの法律論だの。

 そんなものは実践では役立たないそうだ。

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