Sid.84 現時点での目標は

 俺の太ももを足の裏で撫で回す変態が居る。もぞもぞ動くことで足の主は即座に判明するが。こんなアホなことをするのは、鴻池さん以外に居ないわけで。

 徐々に股間へと向かう足の裏が、勉強の邪魔になるんだっての。


「おい」


 鴻池さんと視線が合った瞬間、睨んでみるも惚けてやがる。


「常松君。どうしたの?」

「集中してくださいね」


 口角を上げて、ほくそ笑む鴻池さんだ。クソ。集中力が途切れるのは、こいつのせいだって。

 暫くすると再び股間目指して、足の裏が俺の太ももを蹂躙してくる。だから、やめろっての。こいつ、まじで変態だ。睨むとタブレットに視線を落とし、体が微妙に揺れる状態になってるし。その状態であれば気付くだろ。陽奈子さんだって。


「お嬢様。おいたはそのくらいで」


 ほれ見ろ、バレてるんだっての。注意されて仏頂面になってるけどな。

 昼が近くなると陽奈子さんが立ち上がり「お昼の準備をしたいのですが」と言う。


「母さんが用意。あ、そうか。三人分しか無いんだ」

「では、確認してきますので、十二時まで自習していてください」


 そう言って階下へ向かう陽奈子さんだ。


「あたしも手伝おうか?」

「いや。陽奈子さん、腕いいし」

「あたしだって」

「分かってるけど、キッチンの狭さ、知ってるだろ」


 二人で作業できるようなスペースは無い。ここは陽奈子さんに任せておけばいい。

 掛川さんも立ち上がろうとしたが、まじで狭いキッチンだからと、制止して自習を続けることに。

 じっと見つめてくる二人。なんだっての。


「なんだよ」

「先生相手だと態度が違う」

「常松君。やっぱり大きい人が」

「大きさじゃないぞ。大人だからな」


 二人と比較したら、どうしたって社会経験を積んだ分、思考や態度まで高校生程度とは違う。憧れるし所作も好きだし。あの爆乳も最高だと思うし。

 初めて見た時の印象と打って変わって、実は魅力に溢れると知ったわけで。性格悪いとか思ったりしたけどな。でも違った。


 少しして階段を上がる足音がして、ドアが開くと「佑真君。食材を少し足せば四人前になりますけど、使っても構いませんか?」と聞いてきた。

 勝手に使ってくださいってことで、お任せすることに。

 あと三十分程度で十二時になるが、掛川さんが俺を見て「あの先生、教え方上手だね」とか言ってる。


「まあ要領の良さと的確な教え方だと思う」

「あたしも教えてもらえればなあ」

「あたしはお金出さないからね」

「分かってるけど、なんか羨ましいな」


 二時間程度で幾ら掛かるのか、と聞かれてもな。前に教えてくれたけど、一時間一万だったか。仮に二時間やるなら二万円。毎週となると負担が大きいだろうなあ。

 週一で月四回八万円? 一般家庭で気軽に出せる額とは思えん。


「二時間なら二万円だったような」

「かなり無理かも。でも相談してみようかな」

「出せるってなら相談もありだろうけど」


 今は俺と鴻池さんに集中したいってことで、他からの依頼は全て受け付けてない。


「って言ってたような」

「え、そうなの?」

「特に、こ、綾乃は絶対合格ってのがあるし」

「ねえ、まだつっかえるの?」


 いつになったら普通に綾乃と言えるようになるのか、と悲しげな表情になるし。

 一生無理だ。心の中では鴻池さんと呼んでるわけで。根付かないんだよ。名前呼びがな。そのくらい壁は高いってことで。


「先生には年上でも陽奈子さん、って普通に言ってるのに」

「仕方ないだろ。言いたくないが身分に違いがあり過ぎる」

「無いってば」

「あるんだよ」


 何かひとつ、鴻池さんの家族を圧倒できた、なんてのがあれば、並び立ったと多少は思えるだろうけど。今は何も無いだろ。なんで差が無いと思えるのか、だ。

 髪の毛一本ですら及ばないんだよ。


「無いのに。成績だってあたしより上なのに」


 拗ねた。横向いてぶつぶつ。いじけたとも言えそうな。

 階段を上がる足音が聞こえ、ドアが開くと「お昼ですよ」だそうで。

 陽奈子さんが、いじける鴻池さんを見て「お嬢様はどうされたのですか?」なんて言ってるけど。

 名前呼びがしづらいと言うと「いずれ慣れますよ」だって。

 永久に無理だな。皇族の御息女をちゃん付けだの、呼び捨てできないのと同義だ。

 そのくらい格差があるのだから。

 家庭教師代が二人分年間で一千万を超えてるんだぞ。どこの家庭で負担できるってのさ。圧倒的財力と地位があってこそだ。


 それを考えると陽奈子さん、すげえな。その報酬を手にできるだけの、実績を持ってるってことだし。そこまで行けば、鴻池さんの横に並び立った、と思えそうだな。

 まあ無理だ。


 昼飯の際もなんか落ち込んだ感じで、もそもそ飯を食う鴻池さんだ。


「気にされない方がよろしいかと」

「気にするもん」

「まだ自信を持っていないのです。持てば変わりますから」

「いつ?」


 それは不明だと。

 ただ、そう遠くない未来に自信を得るだろうと。まず今回の中間考査で学年一位は確実とか。無いと思うけどなあ。


「来年には全国模試でトップに立ってもらいます」

「は?」

「は、ではありませんよ。その程度の力は付けてもらいます」

「む、無茶ですって」


 無茶でも何でもないと。自分が指導した生徒が、たかが学年一位で甘んじていては、家庭教師代と見合わないそうで。

 見合うだけの実力を身に付けさせるから、幾らでも吹っ掛けられると言ってるよ。


「勿論、お嬢様も同様、全国で十位以内に入ってもらいます」


 二人でワンツーフィニッシュを飾れ、だそうだ。それでこそ指導の甲斐もあったというものだとか。無茶が過ぎる。

 俺の脳みそなんてエテ公に毛が生えた程度だぞ。


「面接対策も講じます。首席で入学できるようにですね」


 まだ見ぬ頂に登れと言われてる。でもさあ、山の麓にも立ってないぞ。まだ登山計画を練っている程度だし。それを来年で? 無謀な取り組みだと思うけどなあ。陽奈子さんは優秀過ぎるから、うんと先を見据えるんだろうけど。

 俺はエテ公だっての。紐で吊るされたバナナを、道具を使って取れるかどうかのレベルだっての。


 実現可能性の低い夢はなあ、幾ら語られても実感できないし。

 だが、陽奈子さんを見ると冗談でも、寝言でも無いようだ。本気の目付きだし。

 俺、勉強し過ぎで死ぬかも。


「お嬢様は暫しの辛抱です」


 来年には自信に満ちた俺を見られるからと。その時には欲望の赴くままに、抱いてくれるから待っていなさい、じゃないってば。無茶苦茶だ

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