Sid.81 愛情を抱けない理由

 とりあえず今日は素直に帰らせろ、と言ってホームに向かう。歩き出すと掛川さんが躓きそうになった。腕が絡んでるのを忘れて、先へ進もうとした結果だ。


「あ、ごめん」


 体を支える際に胸に手を当てた感じだけど、全然気にしないんだな。カップの感触が伝わって来たけど。ちょっと柔さがあった。

 俺に支えられて苦笑しつつ「えっと、ぼうっとしてた」だって。俺のせいだろ。

 鴻池さんを見ると仏頂面だなあ。でもさ、俺はまだ付き合う相手を決めたわけじゃない。掛川さんにも可能性はあるし、鴻池さんには、まあ、無いかも。陽奈子さんから本気で迫られたら、たぶん断れないだろうな。間違いなく突き進む。


「佑真君」

「なんだ?」


 少し離れた場所から「明日行くからね」だそうで。来なくていいっての。

 それを聞いた掛川さんも「あたしもいいかな?」とか言ってるし。これ、断っても両方来そうだな。ひとりで勉強の目論見が崩れて行く。

 本当なら陽奈子さんに来てもらって、なんて考えもしたけど、さすがに無給で引っ張り出すのは違うし。だからひとりで、と思ったんだが。

 仕方ない。


「二人とも来ればいい」


 揃って「じゃあ行くね」だそうだ。駅まで迎えに来て欲しいと言われる。そう言えば掛川さんは来たこと無いな。午前十時に集合として伝えると、嬉々とする掛川さんと、少し苦虫を噛み潰した感じの鴻池さんだ。邪魔、とか思ってるんだろうな。

 各々ホームに向かい下り立つと、向かい側で手を振る鴻池さんが居る。恥ずかしいからやめて。


「鴻池さんって積極的って言うか」

「強引なんだよな」

「常松君、今も好きじゃないの?」

「気持ちはなあ」


 今も好きとまで言えない。なぜか分からんが恋愛感情を抱けない。一緒に居る時間も多くキスされたり、かなりヤバい状況になったり。接触も多いのに気持ちが付いてこない。見た目も体も申し分ないのに。頭の出来だって英才教育の賜物だろう、かなり優秀だとは思う。金持ちで家族に愛され。


「ああ、そうか」

「どうしたの?」

「足りないものが無い」

「どういうこと?」


 何もかも揃い過ぎてる。どこか不足していると思えるものがあると、気になりだすんだよ。掛川さんは勉強は並みレベル。容姿は普通。胸は無い。貧乏ではないにしても平民レベル。だから気にも掛けるようになれる。

 陽奈子さんも金持ちでは無いな。家庭教師で稼いでいるとは言え、職業として見れば不安定な働き方だ。容姿は普通って言うか、地味だと思った。胸だけは凄まじいが。頭脳は図抜けて優秀だけどな。


「鴻池さんは完璧過ぎるから」

「あ、そうだね」

「欠点や不足してるものがあった方が、魅力を感じるんだよ」


 俺の場合だけどな。


「あたしは?」

「言わせたいのか?」

「いいよ。遠慮なく言ってくれて」


 ぺったんこ、とは言えないよなあ。


「見た目は普通。身長低い。金持ちでもない」

「胸、平らでしょ」

「いや、見たわけじゃないし」

「見せてもいいよ」


 触ってもいいと言いながら、楽しめないと思うけど、だそうで。そんなの関係無いし、価値はそこで測るものじゃない。

 度を超すと猛烈に触りたくなるのは、陽奈子さんで立証済みだけどな。


 ひとつ手前の駅で下車する掛川さんだ。明日迎えに来てね、と言って。

 下車して手を振り見送ってる。なんか可愛いな。そんなことをふと思ってしまった。


 家に帰りひと息吐いてから自室で勉強を始める。

 夕方になると母さんが帰宅し「テストどうだった?」なんて聞いてきた。


「手応えはあった」

「じゃあ、学年一位?」

「それは不可能だろ」

「頑張ったんでしょ」


 だったら一位も可能じゃないのかと。陽奈子さんが面倒見てくれた。であれば、一位も視野に入ってるはずだとか。買い被り過ぎだ。俺の実力なんて高が知れてるっての。幾ら教える人が優秀でも、生徒が脳みそ足らんでは、上位はなんとかなっても一位は無理だ。

 でも一位ならご褒美があるんだよな。俺にもっと真面な脳みそがあれば。

 あ、そうだ。


「明日、鴻池さんと、もうひとり来るから」

「もうひとりって?」

「掛川さんって言って、女子」

「あんた二股……三股掛けてるの?」


 違う。傍から見ればそう見えるかもしれんが、誰とも交際してるわけじゃない。まだ選びきれてない状態なのだから。ましてや陽奈子さんは大人だし。

 宙ぶらりんだなあ。優柔不断なのか、俺。


「まあでも、モテてるようで安心したわ」


 春が来て忙しいだろうけど、相手の気持ちを踏み躙らないようにと。


 翌日、朝早くに目が覚めてしまう。

 どうするかと言えば、部屋の掃除でもしておこう。と言うことで掃除機を一階から持ってきて、ガーガーやっていると母さんが来て「準備してるのね」じゃねえよ。


「まめに掃除するのはいいことだから」

「家がぼろい上に部屋まで汚かったら恥ずかしいだろ」

「ぼろ屋は仕方ないでしょ」

「気にしてないから。公立高校行けなかったし」


 少しだけ気まずそうな表情をする母さんだ。


「ごめんね。充分なサポートしてあげられなくて」


 塾すら真面に通えず、自力で頑張ってたのは分かっていると。親として不甲斐なくて、しなくていい苦労をさせたことで申し訳ないって。

 別に申し訳ないとか思う必要無いんだがな。確かに金があれば塾に通って、公立高校に行けたかもしれない。でも、やっぱり俺の努力が足りてなかっただけだ。


「別にいいって。俺の努力不足なんだから」


 掃除を終えると「掃除機持って行くから」と言って、母さんが一階に持って行った。ついでに「お昼用意しておくね」だそうだ。忙しいんだから気を遣わなくても。

 その後、昼飯を用意したようで「冷蔵庫に入れておいて」と言って、仕事に出た。

 父さんは早々にどこか出掛けた。家にひとりとなるが、そろそろ迎えに行く時間だ。

 集合時刻の五分前に家を出て、駅に向かい改札前で待つこと暫し。


 揃って改札に向かってくる人影二つ。

 俺を見つけると駆け寄るのは定番なんだな。揃って改札を抜ける際に、自動改札のドアに引っ掛かってるし。二人で競ってるのかよ。


「佑真君、おはよう」

「おはよう。常松君」


 鴻池さんはひらひらした服装。スカート丈は短くなってる。

 掛川さんはシンプルな服装。スカート丈は股下十センチか。屈んだらパンツ見えるんじゃ?

 二人に抱えられるように腕を組まれ「じゃあ家に行こうよ」と歩き始める。

 相変わらず連行される犯人だ。二人の温もりが伝わってる。

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