Sid.80 過去一番の手応え

 数日間に渡る中間考査の全てを終え、心地良い疲労感に包まれる俺だ。

 まさか、ここまで問題が簡単だと思ったことは無い。簡単と感じれば答案を見直す余裕もできる。間違えて覚えていない限りは、凡そ合っていると思うわけで。

 つくづく勉強ってのは頭の良し悪しじゃないな。単なる要領の問題でしかない。

 効率よく習得していければ、何も難しいことなどないわけだ。


 学校教育って、なんなんだろう?

 こんなことが役に立つのか?


 陽奈子さんは言っていた。日本の高校は大学へ進学するための手段。そして大学は企業へ就職するための予備校でしか無いと。

 本当に必要なことを日本人はやって来たのだろうか。

 国際競争力の低下で日本は、世界でも稀に見る程に貧しい国になった。安価な労働力を求める企業は、ひたすら人を奴隷の如く扱い、見返りもろくに与えない。特に酷いのは非正規労働者だな。明日の食い扶持を稼ぐために、見下されながらも必死で働くだけで、将来の展望すら描けないのだから。

 先進国で最低レベルの賃金で働かされ、ラーメン一杯千円を高いと感じる国民。

 百円ショップが幅を利かせる。貧乏の象徴だよな、百均。


 国や地方自治体は税金を毟り取り、湯水の如く使い国民には一切還元されない。貧富の差を埋め合わせるために税負担をしてるはず。それなのに国外や企業団体へばら撒くだけ。

 補助金という名の利権で潤う企業だが、社内で溜め込み従業員には還元しないからな。

 国外なんて、政治家がいい顔したいだけで、日本人にとってメリット皆無。海外からも打ち出の小槌扱いされる始末だ。叩けば金を払うってな。尊敬も感謝もされてないぞ。腹の底でせせら笑われてるだけで。

 単に食い物にされてるだけだ。少しは強かな中国を見習えっての。


 全て終えて鴻池さんと合流し帰宅することに。

 教室を出る際に掛川さんが声を掛けてくる。


「常松君。一緒に帰れる?」

「鴻池さんが待ってる」

「少しお話したかったな」

「じゃあ一緒に」


 邪魔じゃないのかと。鴻池さんから見れば目の上のたん瘤だな。俺としては掛川さんの方が気楽だけど。


「構わないだろ」

「あ、じゃあ」


 嬉しそうに隣に立ち階段室を下ると、エントランスに鴻池さんが居て「あ」と。

 傍に行くと「お邪魔虫が居る」じゃねえって。言うや否や俺の腕を取り指を絡めてきた。掛川さんを居ないものとしたな。笑顔になると「手応えあったよ」と機嫌の良さを見せて「佑真君は?」と問うてくる。


「学年一位はどうかと思うが、それなりにできたと思う」

「一位、取る自信ないの?」

「無いな」


 掛川さんにとっては少し入り辛い話題のようだ。成績上位者同士の会話って、なんか入り辛いってのは俺も経験してるし。

 以前は俺も中位でうろうろしてたしなあ。


「あたしは、上位に食い込んだと思うよ」


 鴻池さんはそうだろうよ。俺は前回の位置を確保した程度だと思う。学年九位。

 それでもランキングを落とさなければ、不正で得たものとは看做されなくなるか。そもそも不正で九位なんて不可能なんだが。なんでこの学校、バカしか居ねえんだよ。ああ、俺もだけど。俺が入れた高校だからバカしか居ないんだ。

 頭痛いなあ。


「あ、ねえ。明日だけど」

「常松君。明日」

「勉強する」


 二人揃って誘ってきたような。だが甘い。


「少しは休まないの?」

「バカは休むと全部忘れるんだよ」


 揃ってバカじゃない、と言っているが、賢くは無い。つまりバカだ。


「デートしたいな」

「あたしもデートしたい」


 だから体はひとつしかない。一方と付き合うと一方は放置。まあ俺が腹括ってどっちか選んでいれば、一方とは縁が無くなるだけなんだが。個人的には陽奈子さん。次いで掛川さん。鴻池さんはなあ。もっと多くの男を見た方がいい。世の中にはスーパーマンみたいな奴も居るだろ。そういう奴を相手にすべきだ。少なくとも俺じゃない。


「いつも一緒にいるじゃないか」

「じゃなくて、一緒にお出掛けしたいなって」

「あたし、いつも一緒じゃないんだけど」


 面倒な。


「金無い」

「またそれ。あたしが出すってば」

「施し」

「違うって」


 施しなんて言い出したら、デートひとつできないと文句言ってる。

 施しではなく利用してる、と考え方を改めてみれば、と言ってはいるな。そうすれば情けなく感じなくなるのでは、ってのが鴻池さんの意見。

 掛川さんはお金の掛からないデート、と言っている。実に庶民的だ。公園の散歩でもいいよ、だそうだ。公園でいい、なんて言ってくれるのも生活水準が近いからだな。

 だが。


「悪いけど、今遊んだら本当に元に戻りそうだから」

「そんなこと無いと思うけどな」

「頭良くないんだよ。だから毎日の積み重ねが必要」

「そんなこと無いのに。まだ自信持てないんだ」


 成績が向上すれば、今度はそれの維持に全力を尽くすしかない。少しでも怠ければすぐに下降する程度だ。決して要領がいいわけでも、頭がいいわけでもない。むしろバカだからな。一日足りとて遊んでる暇はない。

 幼少期から金に糸目を付けず、英才教育を施された奴とは根本が違う。貧乏人が少しでも這い上がるには、金持ちの何十倍も努力が必要なんだよ。

 言っても分からんだろうけど。


 駅に着くと上下線で別れるが「そっち行っていい?」とか聞いてくるし。

 掛川さんがへばり付いてるから、気になるんだろうなあ。鴻池さんの腕が離れると、すかさず腕を絡めて寄り添ってるからな。


「帰ってからも勉強するから」

「そこまでしなくても」

「上がるのは大変だけど、下がるのはあっと言う間だからな」


 地頭のいい鴻池さんには分かるまい。

 腕を絡める掛川さんを見ると「常松君。大学、どこ受けるの?」と聞いてきた。


「国立最難関校の法学部」

「うそ。なんか凄い」

「強制的に決められたから」

「それ、大丈夫なの? 無理してない?」


 無理に決まってるが、それでも陽奈子さんが居れば、可能性はあると思う。

 そこらの予備校通いならば、絶対無理だと思うけどな。それだけ陽奈子さんの指導は上手い。教えるのが上手い人ってのは、自分自身もきちんと理解してるからだ。

 何よりマンツーマンによる徹底指導だ。理解できるまで何度でも、しつこく繰り返し教えてくれる。助かるよなあ。


「まあ何とかなる、と思う」

「佑真君。やるならあたしも一緒」

「あのなあ」

「同じ大学行くんだよ」


 掛川さんは鴻池さんが行く、と言うと当然なのかと思うようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る