Sid.79 鼻先に待望の褒美

 金を出すは断った。

 代わりに土産に期待してるからと言っておく。


「佑真君が居ないとつまんない」

「仕方ないだろ」

「お金なら出すのに」

「要らんっての」


 鴻池さんが「じゃあ、あたしも行かない」とか言い出すし。俺の居ない修学旅行なんて、フルーツの無いフルーツタルトと同じだと。それだとタルト生地だけじゃねえか。そうなると掛川さんも「あたしも行くのやめようかな」とかじゃねえよ。ちゃんと行けよ。経済的な負担が問題にならないなら。


「修学旅行の間は佑真君とデート三昧。お触りも自由だよ」

「ねえぞ」

「あ、あたしもデートしたいな」

「いや、無いから」


 この二人、欲望全開だよ。

 どうしても行かないのか、と何度も問われるが俺の意思は変わらん。この学校の連中と一緒の行動が嫌なんだから。この時とばかりに、嫌がらせされるのが目に見えてるぞ。寝てる間に財布の中身が空になってるとか、スマホを壊されたとかな。服を破かれたりパンツを捨てられたり。誰がやったかなんて分からないわけで。

 鴻池さんと掛川さんの三人だけなら、旅行に行ってもいいとは思うけどな。

 どうせ班行動になるだろうけど、俺の唯一の友人たちは、金はあるわけでシンガポール辺りだろう。そうなると俺ひとり、あぶれるのが目に見えてる。楽しいわけもない。

 他の生徒が旅行中に勉強した方がましだ。ここで一気に差を付けてやる。


 用紙には不参加として担任に渡しておいた。理由の欄には金がない、として。

 担任は沖縄すら行けないのか? なんて言ってたが本音は、このクラスの連中との集団行動が嫌なんだよ。

 貧乏過ぎて金ありませんから、として辞退すると言っておいた。


 十月になると修学旅行の前に中間考査がある。

 今回上位に食い込んでいないと、不正を疑われるだろう。俺のことを気に食わない奴には事欠かないからな。

 と言うことで気合を入れて中間対策をするわけだが、陽奈子さん曰く、こんなもの、遊んでいても上位に食い込めますよ。だそうだ。

 そりゃ陽奈子さんは優秀だからな。高校の中間考査程度、寝ながらでも解答できるだろう。

 今日も俺の家で直接指導中の陽奈子さんだ。すっかり気温も下がり、涼しい日が多くなると服の厚みが増す。巨大な張り出しも目立ち難くなるな。ある意味、太って見えると言うか。決して太ってはいないのだが。


「どうせなのでトップを目指してください」

「無理ですって」

「無理じゃありません。前回の小テストでは九位でした」


 もう少し頑張れば、俺の高校程度は団栗の背比べだから、これまでの勉強の成果を発揮すれば問題無いと。

 もっともっと自信を持っていいらしい。問題を見た瞬間、答えが頭に浮かぶはずだからだそうだ。

 それと、と切り出し「修学旅行は行かないのですか?」と。


「行かないです」

「どうしてですか? 一生の思い出になりますよ」

「クラスの連中がクソなんで」


 まだ引き摺っているのかと言うけどさ、あの連中がそう簡単に変わるわけがない。俺があのクラスで最底辺じゃないと、気の済まないバカが無数に居るんだよ。

 鴻池さんと付き合うなんて、己を弁えないクソ野郎の認識は、数か月程度じゃ覆らない。十年程経って俺が然るべき地位を得ていれば、その時初めて認めるだろうよ。

 そのくらい腐ってるぞ。


「ですが、中間考査でトップを取れば、見方も変わるかもしれませんよ」

「それでも、ですよ。あいつらに何ひとつ期待するものはありません」


 在校中はどう足掻いても無駄。バカなんだから。


「では、少しご褒美を」

「ご褒美?」

「佑真君の視線が向かう先を少々」


 待て待て。俺の視線が向かう先って、その爆乳のことか?

 それをモミモミさせてくれるのか? だったら死ぬ気で頑張るぞ。


「あの」

「お触り」

「えっと」


 微笑みながら「興味ありますよね。少しだけですけど、触ってもいいので」と言う。なんか想像しただけで股間が熱くなる。

 ついにそれに触れる時が来ると言うことか。どんな感触なのかと期待に股間を膨らませるぞ。あ、いや、期待に胸躍らせる、だな。股間は膨らむけど。


「代わりに確実にトップを取ってください」

「難題だ」

「難題ではありません。楽勝です」


 齟齬がある気がする。陽奈子さんは優秀過ぎて、何を見ても簡単だと思うだろう。俺は頭はよろしくない。だから相当な努力を要する。

 まあでも、爆乳を目の前に引っ提げられて、逃げ出すのも違うよな。ここはチャレンジすべきだ。その価値が爆乳には詰まってる。


「頑張ります」

「はい。トップを取って見返しましょうね」


 俺への指導と同時に鴻池さんも、上位に入れるよう指導するそうだ。二人揃ってワンツーフィニッシュで、愚かな生徒を見返してやればいいと。


「えっと、鴻池さんがトップで俺が二位だった場合は」

「見るだけです。お触りはありません」


 一度見てるんだけどな。でもまた見られるなら、それはそれで。じゃない。触る。揉んでやる。こうなれば己の欲望全開でも、絶対トップを取ってやる。

 三大欲求のひとつである性欲が根源足れば、力も湧き上がるというものだ。

 アホだ、俺。まあいい。励みになるものがあれば、いつも以上に力も発揮しやすいし。


 こうして鴻池さん宅と俺の家で、中間考査までみっちり勉強漬けとなる。


「佑真君。先生と何約束したの?」

「特に何も無いぞ」

「嘘ばっかり。あのおっぱい触らせてくれるとか」


 なんでバレるんだよ。陽奈子さん喋って無いだろうな。


「触るなら、あたしのを好きなだけ触ればいいのに」

「それは遠慮する」

「なんでよ。いいって言ってるんだよ。しゃぶったっていいんだよ。佑真君のもしゃぶるけど」


 そそられる提案ではあるが、いや、しゃぶるって、俺のをかよ。

 しっかり俺の欲望だけじゃなく、自分の欲望も満たそうって魂胆じゃねえか。

 ただ、そろそろあの姉も母親も、頃合いじゃないのかとか言い出してる。いい加減、抱いてあげればいいのに、と言ってるんだよ。頭おかしいだろ。大切な娘だろうに、こんな馬の骨に抱いていいよとか。


 こうして欲望渦巻く中、中間考査が始まった。


 問題を見て陽奈子さんが言った意味を理解した。

 楽勝、って言葉がこれ程、当て嵌まる事例はそうは無いだろう。この学校のテストって、こんなに簡単だったのかと。

 答案を入力し何度かチェックして送信する。


 これ程に手応えを感じたのは初めてかもしれない。

 凄いな、陽奈子さん。俺じゃない。

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