Sid.78 姉と少し打ち解ける

 遅くなったということで車で送ってくれるらしい。


「免許あるんですか?」

「持ってるってば」

「お姉ちゃん、運転結構上手いんだよ」


 父親と母親に帰ることを告げると「娘に全て任せたが、少しは理解してくれたようだな」と父親が言う。母親も「これからも遠慮なく来て、ご飯も食べて行ってね」と、優し気な笑顔で言ってくる。

 これのどこが蔑んでる態度なのか、と姉に駄目押しされたけど。

 俺には本音なんて分からん。表と裏の顔を持つのが大人、とすればな。今は姉の言を受け入れた風であればいい。陽奈子さんも言ってたし。


 玄関を出てガレージに向かい、シャッターを開けると、中には予想通り高級外車が複数台。

 姉が乗るのはでかい白いレンジローバー、とか言う奴のようだ。ボンネットにネーム入ってるし。幾らするかは知らない。高そうだなあって程度で。


「じゃあ後ろに乗って」


 後席のドアを開けシートに腰を下ろすと、隣に腰を下ろす鴻池さんが居るし。

 殆ど屈まずに乗れるんだな。車高が高いからか。


「で、何で乗ってるんだ?」

「帰り、お姉ちゃんが暇になるでしょ」

「なんだそれ」

「一緒に行きたいんだってば。察してあげなよ」


 門はリモコンで自動開閉するのか。車内から操作して開くと、車を発進させ道路に出る。

 すっかり遅くなった。時刻は午後十一時前くらいか。

 住所はどこだと聞かれ、答えるとナビに入力しているようだ。方向感覚はあまりないのか、それとも行ったことがないのか。


「川の向こう側なんだ」

「まあ、都内は何かと高いんで」

「安いよね、あの近辺って」

「生活しやすいって言ってください」


 そうだね、と言ってる。

 自分の感覚だと安い、になるが住んでる人にとっては、生活しやすいは確かにそうだと。この手の感覚の違いも嫌われる原因なのかなと。少しは俺に寄った考え方しないとね、だそうだ。


「綾乃はその辺どうなの?」

「あたしは気を付けてるし」

「まあ、あんまり距離を感じないです」

「普通の高校に行ったからかな」


 お嬢様学校なんて行かせなくて正解だったか、と言ってる。

 セレブのお嬢様らしく高校も、お嬢様学校へ行かせていたら、庶民とは感覚の異なる人になっただろうと。そうなると俺が取っ付き難くなったかな、だって。

 それ以前に縁が無くなるだけだ。その方が楽だったと思うけどな。


 凡そ四十分程の乗車で自宅に着くが、道路の狭さゆえに慎重な運転を心掛けたそうだ。いやいや、車が無駄にでかいだけだと思うぞ。乗り心地は良かったが。


「帰りは前にある駐車場で切り返せば」

「そうだね。この先道、無いんだよね」

「無いです。行き止まりですから」


 車から降りて家を見てるよ。ぼろ過ぎて呆れてるんじゃなかろうか。

 鴻池さんも降りて「遅いから泊まって行きたいなあ」とか抜かすし。それは無いんだっての。

 ちゃんと家に帰れ。


「個性的な」

「はっきり言っていいんですよ」

「古民家?」

「あばら家って言うんですよ」


 苦笑しながら「そこまで酷くないでしょ」と。人が住める程度には手入れされているし、自分の家が特殊なだけだとも。みんながみんな、あんな家に住めるなんて、思って無いから安心してと。


「うちは恵まれ過ぎてるからね。友達の家に行くこともあるし」


 家の外で話をしていると玄関が開いて、母さんが出てきたようだ。


「佑真、遅か……凄い車と、そっちの人」

「こ、綾乃の姉で」

「綾乃の姉で鴻池璃乃りのと申します。遅くなりましてご迷惑お掛けいたしました」


 やっぱり恐縮して腰が直角に曲がる母さんだ。相手が金持ちってことで。

 姉から遅くなったってことで送り届けたと言ってる。対して「わざわざすみません」と言う母さんだ。男の子だから電車で帰って来ても、別に心配はしないのに、とも。

 訪問先が鴻池家だから遅くなっても構わないそうだ。


「泊まってくれば良かったのに」

「あのなあ、高校生だっての」

「細かいこと気にしなくていいのに」

「一応、申し出たのですけれど、お断りされました」


 と言って笑う姉が居て「佑真君の部屋に泊まりたい」とねだる、アホな鴻池さんが居た。母さんも「狭くて汚いところだけど」じゃねえよ。話に乗るなっての。

 そんな話をしていると父さんまで出てきて挨拶して、お茶でもなんて言い出す始末だ。時間を考えろ。

 姉に促され、名残惜しそうに車に乗り込む鴻池さんだ。

 ウィンドウを開けて「佑真君。今度は泊まって行ってね」じゃねえよ。高校生だっつってんだろ。そもそも外泊は親戚縁者宅以外は校則で禁止してる。家族旅行の際は別だけどな。まあ無視しても教員が知る由も無いけど。


 走り出す車を見送り家に入る。家族総出で見送りなんて、アホなことしてんなあ。


 数日後、修学旅行参加の可否を問う用紙が配られた。

 行き先は三か所から選択し必要な金額が明示されている。沖縄でも三泊四日で七万円掛かるのか。このクラスの連中と行っても、楽しくないからなあ。やっぱり不参加ってことにしよう。

 無駄な金を使うのも親に悪いし。


 昼休みになり友人連中が声を掛けてくる。


「常松は修学旅行先、どこにするんだ?」

「行かないぞ」

「え? なんで?」

「先立つ物が無いからな」


 そんなに困窮してるのかと言われるが、七万くらいなら出せなくは無いだろう。でもな、それは生徒同士の関係性が良好であれば、の話だ。

 嫉妬されて嫌われてるのに、そんな連中と一緒に行って何が楽しいのか。

 このクラスの連中も学校の生徒も、殆どがクソだからな。


「そうか。残念だな」

「仕方ない」

「土産は期待していいぞ」


 友人たちと離れ学食に向かうと、鴻池さんと一緒に掛川さんも居る。たぶん、修学旅行の件だろう。

 席に着くと「佑真君はどこに行く予定なの?」と聞いて来る。


「行かない」

「なんで?」

「金無い」

「出すよ」


 出す、じゃねえっての。そこまで世話になれるかって。

 だが同時に残念そうな表情をするのは掛川さんだな。


「行けないんだ」

「まあ無理だな」

「だから出すってば」

「そこまで世話になれないっての」


 遠慮要らないのに、じゃねえ。他人の旅費まで負担しても、俺からは何も返せないって。少しは理解しろ。

 施されてばかりで自信を持てるのかどうかも含めて。

 だが「行こうよ。あたしと一緒に」とか言い出す鴻池さんだ。そうなると掛川さんも「少し出すよ」とか言い出すし。無茶苦茶だ。


「オーストラリアでもいいんだよ」

「アホか」

「アホじゃないもん」

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