Sid.76 お嬢の姉と話し合い
鴻池さん宅での勉強を終えると、姉との対話が待っているわけで。
陽奈子さんと一緒に帰りたいのだが、授業終了間際に姉が来て帰れなくなった。
「帰りが遅くなり過ぎるんですが」
「車で送るから」
「そういう問題じゃなくて、俺、高校生ですよ?」
「そんな何時間も取らせないから」
あまり遅くなるようなら泊まればいい、なんて抜かすが、それこそ冗談じゃない。明日も学校はあるし、着たきり雀状態で学校へ行けってか?
強引なのは他人を顧みない金持ちならではだ。自分の都合だけが最優先なんだよな。だから嫌いだと理解しないし、できない。
陽奈子さんが帰る際に俺にこっそり耳打ちして行った。
「すぐに帰るには嘘でもいいので、同意しておけば良いのです」
大人同様、表と裏の顔を使い分ける。表面上であれ円滑な人付き合いをする上での基本だとか。表で愛想を振りまき裏で舌を出していればいい。同意したからと言って家族ぐるみで付き合うわけでも無い。
「嫌いなものを好きにはなれません。ですから装うだけで充分です」
人なんて多くがそうやって生きている。露骨に出せるのは子ども。大人になれば嫌でも表に出さないようにする。それが処世術だそうで。面倒臭いな、大人ってのは。
愚痴を吐き出したくなったら、陽奈子さんに言ってくれと。全て聞いてあげると言われた。誰にも口外しないから安心して吐き出して、とも。
とは言え、本来であれば愚痴は零さないに限る。ただ、今の年齢で腹に溜め込むのも良くないからと。
「では、また次回」
そう言うと部屋をあとにする陽奈子さんだった。
鴻池さんの部屋に三人。姉、妹、そして俺。
椅子に腰掛けるが、隣には寄り添うように鴻池さんが居る。姉は俺の正面に腰掛けた。
まず、姉が切り出す。
「あたしも含め父も母も嫌いなんだって?」
頷くとため息を吐く。
「蔑んでるとか見下してるとか、挙句ゴミ? 聞いてて悲しくなる」
どうして妹の彼氏をゴミと認識しなければならないのか。と憤慨する姉が居る。
世の中には確かに社会のゴミとしか思えない、程度の低い存在もある。でも、少なくとも俺の場合は、学校の成績もよく真面目に勉強し、妹に手も出さない。
評価しこそすれゴミ扱いなんてあり得ないと。
「学生としてすべきことはしてるでしょ。妹に指一本触れないとか、どうかと思うけど」
犯罪行為や遊んでばかりであれば交際を認めない。妹を物扱いしてやれりゃいい、程度なら即座に別れさせる。
しかし実際には、もどかしいほどに奥手。
「母はね、君を好きだと言ってるの。あ、好きってのは恋愛感情じゃないからね」
人として好きだと。
妹と仲良くやってくれると嬉しいし、家族にも同様に接してくれると嬉しいそうで。
「でも、物凄く避けてる。どうして?」
自分たちの存在が鴻池さんとの交際の足枷になっている、そうであれば改善したいと考えるのも当然では無いかだって。
同時に嫌われる原因を知り対策を講じたいそうだ。
無理だっての。価値観の相違は埋め難い。
「言って。洗いざらい」
まず言い分の全てを聞く。その上で改めるべき部分は改める。当然だけど、俺の認識がおかしい部分は俺が改めると。
「妹が初めて家に連れてきたのが君」
小学校高学年辺りから男嫌いなのか、と思うほどに色恋沙汰の話が無かった。聞くと男子に対する文句ばかりで、死ねばいいのにと言い出す始末。
何があってそうなったか、なんてのは容易に想像ができたそうだ。
「で? 理由は?」
素直に全部吐き出すなんてあり得ないよな。どうしてもと言う部分だけ。
その前に。
「お姉さんは俺を嫌いですよね? 一度も好意的な目で見られた記憶がありません」
初めて顔を合わせた際の、何だこれ的な視線は忘れない。粗末な奴が好きな相手と呆れ気味だったと記憶している。もっと真面な奴は幾らでも居るだろうに、よりによってなんでこれなのか、と。
言うと項垂れて「確かに最初は見た目で判断したけど」と、そこは認めたようだ。
「でもね、妹から話を聞いて、見た目で判断したのが間違いだって気付いたから」
姉の自分より頭のできがいい。家庭教師の先生も優れていると言っていた。
「ただ卑屈。そういう人って女子は嫌うからね」
自己愛が強過ぎても気持ち悪い。逆に自己否定が過ぎても気持ち悪い。
適度に自分を愛し実績に応じた自信を持つ。それであれば嫌われる要素は無い。
妹が卑屈過ぎる俺に惚れる理由はさっぱりだとか。それでも、将来性は高いのかと思うらしい。
きっと姉には分からない、何かに惹かれたのだろうとも。
「学年九位なんでしょ? 充分自信持っていいと思うけど」
妹から聞いたとして「写真も得意なんだって?」と。
もっと誇れと言う。他人と比較しても仕方ないが、それでも人より優れたものがあるならば、卑屈になる理由は無いはずだそうだ。
その後、俺が抱く不満を挙げ連ねさせられた。
「気付けなかった」
自分の都合ばかりが最優先の部分は、確かに思い上がりだったと反省してるようだ。日を改めて対話の場を設けても良かったわけで。ただ妹のことを思い、何とかしたかったことから焦りが生じたと、弁明していた。
「これだけは言っておきたいの」
蔑むことは無く、ひとりの人として認めていると。
それは家族全員同じで、父親は言うのが面倒臭くなっているが、認めているからこそ好きにさせている。それだけは理解して欲しいそうだ。
「何で嫌われれてるなんて思い込んだのかな」
大学に入ったら俺の家で同棲もあり。卒業して無事に職を得れば、結婚でも何でもすればいいってのは、家族の総意だとも言っている。
障害なんて何ひとつ無いのに、勝手に壁を作って拒絶されているのが今。
そんなもの取っ払ってしまえ、だそうだ。
「経営者もね、知れば悪だなんだって言いきれなくなるから」
株式会社は何かと大変なのだと。大学で経営学や経済学を学ぶと、見えてくるものもあるそうだ。
「株主って分かるよね?」
「まあ、何となく」
「株主に何種類もあるのは?」
「よく分かりません」
株主と言っても凡そ十に分類される。大株主や筆頭株主、個人株主や機関投資家なんてのは、聞いたことがあるだろうと。
それらは保有株数により経営に口を出す権利を持つ。中でも短期の業績を重視する連中が、経営をして行く上で厄介なのだとか。
「短期で利益を上げることが目的の連中が面倒なの」
投資ではなく投機目的の連中だ。
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