Sid.75 最終目標が定まった

 翌日は通常通りの授業、ではなく文化祭の後片付けを午前中に。

 部活をしてないことで、校庭の模擬店の片付けのお手伝いだ。ゴミを捨てに行ったり、テントを畳んだりと扱き使われる羽目に。

 顎で扱き使う連中には腹立たしさも覚えるが。何しろ「このゴミ捨ててきて」とか「テント畳むから手伝え」とか「校庭の掃き掃除しとけ」だの。

 なんで上から目線なのか。どいつもこいつも、クソばっかりだな。


 鴻池さんが傍に居ないと、俺の扱いなんてこんなものだ。居る時は遠慮して迂闊なことは口にしないし、荒っぽい使い方もしないんだろう。

 居なけれりゃこの時とばかりに下に見て、ぞんざいな扱いをしてくる。

 片付けが済み、胸糞悪い連中をあとに、さっさと学食へ向かう。

 誰ひとりとして労いの言葉すらかけない。腐り過ぎてんだよ。この学校の生徒は。


 学食に行くと鴻池さんがすでに席を占拠している。

 手招きされ向かうと椅子をポンポンされ、腰を下ろすと早々に話し掛けてきた。昨日の続きのようだが、どうやら親に話したようだな。


「お母さん、凄く悲しんでた」

「なんで?」

「佑真君の誤解だから」


 どうすれば違うと理解してもらえるのか、と悩んでいたそうだ。


「お父さんは諦めてる」

「だろうな。って言うか最初からどうでもいいんだろ」

「違うんだけどな」


 最後に姉だが。


「首に縄付けてでも連れて来い、だって」

「なんでだよ」

「徹底的に話し合おうじゃないかって」


 絡むなっての。俺で憂さ晴らしでもしたいのかよ。面倒な奴だ。


「パワハラか?」

「違うってば。ちゃんと理解できるまで、何度でも話をするんだって」

「そうか、拷問でもする気なのか」

「話し合いだから」


 家族が障害になっているのであれば、そうではないと理解してもらう。

 付き合うことは認めている。性交に及ぶのも自然なこと。羽目さえ外さなければ、基本、好きにすればいい。と何度言っても理解してもらえないのは、さすがにもどかしいと。

 箱に入れて後生大事にするつもりもない。箱入り娘として育てたいなら、共学の高校なんぞに入れたりしないとも。

 共学なのだから、彼氏ができても不思議じゃない。それをいちいち文句を言って、排除していたらきりが無いと。


「今日、勉強終わったら一時間くらい」

「帰るのが遅くなるだろ」

「泊まって行っていいよ」

「泊まれるわけ無いだろ」


 部屋なら幾らでもある。一緒の部屋でも構わない。なんなら今夜繋がってしまおう、とか言い出す鴻池さんだ。


「一緒にお風呂入って洗いっことか」


 そういう関係を望んでる、と言って憚らないようだ。

 俺の股間に興味津々ってか? まあ俺もまた鴻池さんの体に興味はあるが、下手に手を出したらくびり殺されかねないだろ。まじで切り取られて犬の餌だ。

 粗末な物でも俺の大切な相棒だからな。そう易々と取られて堪るか。陽奈子さんに使えなくなる。


「無いぞ」

「誰も反対してないのに」

「そう見せてるだけろ」

「違うのに」


 昼が済むと午後の授業になる。

 学食を出て教室に向かう間も「誤解だから」としつこかった。


 午後の授業が終わると廊下に居て「じゃあ行こうね」と、腕を取り指を絡めてくるんだよな。毎回よくやる。


 家に着くと部屋に行き勉強の準備を済ませておく。

 少しすると陽奈子さんが来て「では始めましょうか」と。


「その前に、佑真君とお嬢様に再確認したいと思います」


 法学部を勧めたが、本当にそれでいいのかの確認だそうだ。途中で挫折されたりすると、教えたことが無駄になる。

 受験に失敗されても責任を痛感してしまう。だから最終確認だそうだ。

 俺としては無謀な賭けに出る感じだけどな。


「無謀じゃないんですか?」

「いいえ。確実に合格できる実力を身に付けます」

「あたしは佑真君と同じで」

「主体性が無いのは困りものですが」


 俺と一緒がいいという部分は譲れないそうだ。経営者になる気は元より無かったし、二年次になるまでは男子に用は無かった。俺を知ることで、それまでとは異なる未来図を描いてるとかで。

 是が非でも結婚する意志は固いのだとも。

 勘弁してくれ。


「分かりました。では本日より法学部対策を講じます」


 大学に行っても二人で支え合えれば、早々留年したり卒業できない、なんてことは無いはずだろうと。

 また、いずれ司法試験対策の指導をしてもいいそうだ。


「陽奈子さん、司法試験って受けたことは」

「予備試験を受けて合格してます」

「え?」


 勝手知ったるだから、そこは任せて問題無いと。

 優秀過ぎるでしょ。


「じゃあ弁護士資格とか」

「いいえ。受験しただけです」


 元々法曹関係に就く気はなく、力試しで受験しただけだそうだ。そもそも法曹資格を得るには時間が掛かり過ぎる。呑気に司法修習期間を経ていられない事情もあったとか。司法修習期間はバイトと大差ない報酬しか得られない。貧乏一家では早期に仕事をした方が良かったのもある。勿論、法科大学院なんて通っていられないから、予備試験を受けたのだそうで。

 なんか勿体無い気がする。


「家庭教師をする上での武器は多い方が良いですから」


 合格した、という実績を引っ提げているのだと。

 それが強みになるとも。合格実績が無ければ、眉唾の話にしかならない。だから試験だけは受けて合格という実績を得たと。

 大船に乗ったつもりで任せてください、だそうだ。


「大学入学程度は楽勝ですよ」


 その後のサポートが必要であれば、その時は相談に応じてくれるようだ。

 ただ、報酬は支払えないな。俺には金がない。鴻池さんなら金に糸目は付けないだろうけど。


「お嬢様とお付き合いすれば、必要な資金は提供してくれるのでは?」

「出すよ。幾らでも。だから佑真君、あたしと」


 なんか俺の将来までレールを敷かれた気分だ。鴻池さんと一緒なら、確かに金で困ることは無い。娘が必要と言えば親は出すだろう。ついでに俺の分もと言えば、まあ出すんだろうなあ。娘の頼みなら聞くだろうし。

 条件としては最高ではあるが、この家の家族との付き合いを考えると。地獄だな。


「では、お二人とも法学部と言うことで」


 どこまで行けるか分からんけど、実績のある人が教えてくれる。下手な予備校に通うより間違いないんだろうな。

 頼ってみるか。陽奈子さんだし。


 目標が定まったことで本格的な対策を講じることになった。


「少しスパルタになりますけど、耐えてくださいね」


 不敵な笑みが怖いけど、お任せするしかないな。

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