Sid.74 お嬢の家族は嫌い
気を遣っているし交際も認めている。金のことは言いたくないが、家庭教師代も負担している。裕福だからこそ、その程度のことはしたいから。
決して蔑んだり下に見ているわけでもない。それなのに嫌われている。
「佑真君にあたしの家族って、どう見えてるの?」
「尊大」
「違うってば」
表と裏だ。
鴻池さんの前で本心を明かすとは思わん。入れ込み方が尋常じゃないからな。ここで俺のことを悪く言えば、鴻池さんがショックを受けるだろう。その程度には家族なのだから気を遣うだろう。でもな、俺を見る時の目付きは、思いっきり下に見てるぞ。ゴミを見るかの如きだ。
「違うのに」
家で俺に関して話題になることもあるとか。
「もっと自己評価を上げた方がいい、って言ってる」
そのためにも何か自信に繋がるものを、ひとつでも持つといいとか。
狭い社会ではあっても、学校で認められることもひとつ。学生なのだから勉強で頑張れば、普通は自信も得られるはずなのにと。
「やっぱりお母さんと話を」
「やだっての」
「なんで? 話したがってるよ」
「見下して楽しみたいのか。悪趣味だな」
絶対に違うと。そんな風に思われていることが悲し過ぎるそうだ。
「姉もあれだろ、救いようのないゴミを拾ってとか」
「お姉ちゃんは気が短いところあるから、うじうじしてると面倒臭くなるだけだよ」
堂々としていれば姉も素直に受け入れる、なんて言ってるけどな。あれがか?
あれこそ親の功を自分の功として誇る、救い難いアホだろ。自分で何か手に入れたのかって話だ。態度に出てるんだよ。確か大学生だよな。最難関校でもトップレベルの成績を誇るならともかく。
姉と妹でこうも違うものなのかって。
「一番いけ好かないな」
「お姉ちゃん、誤解受けやすいけど、凄く優しい人だから」
「あれでか?」
「だから、もう一度だけ誤解を解きたいから」
寝ていた陽奈子さんだけど起きたようだ。
「寝過ぎてしまいました」
「疲れ取れましたか?」
「少し楽になりました。勉強の続きをしましょう」
話は聞いてないのか、それとも聞いていて触れないのか。込み入ったことに首は突っ込まないかもしれん。
「あ、佑真君の手」
「えっとそれは」
「分かってますよ。私が無意識に引っ張ったのですよね」
どうせだから直に揉めばよかったのに、って後悔するからやめて。
寝ている隙に触り捲るのもあり、とか言ってるし。無理だけどな。隣に鴻池さんが居るし。そんなことすれば火の付いた鴻池さんに襲われる。
話しは切り上げ自室に移動し勉強をすることに。
何度か休憩を挟みながら勉強を終えると、既に時刻は夕方も六時近くなっていた。
そろそろ母さんが帰ってくる頃だ。
「それでは今日はこれで終わりにします」
「あ、じゃあ送ります」
「佑真君。話し合い」
「無い。勉強しに行くけど話はしない」
冗談じゃない。あんな連中、顔も見たくも無いんだよ。
鴻池さんが落ち込んでる様子を見ても、陽奈子さんはスルーしてるようだ。深入りしないってことか。まあ雇われてる身だし、余計なことを言って契約切られてもな。
生活も掛かってるから、そこは弁えるって奴だろう。
玄関に向かい靴を履いていると、母さんが帰宅したようだ。ドアが開き各々と目が合う。
「えっと、家庭教師と、そっちの人は?」
「鴻池家のお嬢様」
「あ、え。あ、そうだったの」
「鴻池綾乃です。ご挨拶が遅れましたことお詫びします」
そんな挨拶は要らんぞ。恐縮し捲る母さんが居て「こちらこそ、お世話になりっ放しでご挨拶も無くて」と、腰が九十度に折れ曲がってるし。
鴻池さんを見て「美人」と呟いてるし。まあ見た目はな。完璧とも言えそうだ。
「もう帰るの?」
「もうって、六時だぞ」
「あ、そうね。お嬢様だから」
「あたしは泊まっていけます」
驚く母さんだが、たぶん恐怖を感じると思うぞ。お嬢様がお泊まりなんて、とんでもない話だからな。
「あ、いえいえ。何かあっても責任を負えないので」
「責任なんて不要です。佑真君と一緒がいいんです」
俺を見て「ずいぶん惚れられてるのね」だそうだ。そして陽奈子さんを見て「こっちもなのね」と気付いてるようだ。
「あんた、モテるのね」
「別に」
「こんな素敵な人二人も居て、どっちが本命なの?」
陽奈子さんに決まってる。爆乳に埋もれたいんだよ。じゃなくて、なんか落ち着けるって言うか、癒されるって感覚があるからな。
鴻池さんは重い。家族を嫌い過ぎて関わりたくない。
「送って来るから」
「まあ、いずれ決めるんだろうけど」
「送ってくる」
先に玄関を出ると鴻池さんと陽奈子さんもあとに続く。
深々と頭を下げる陽奈子さんに釣られて、母さんも再び腰が九十度に折れ曲がってるし。ついでに鴻池さんも会釈すると、地面にひれ伏しそうな勢いだな。
まあ大企業経営者のお嬢様だし、普通は縁のない雲上人だから、どうしたって恐縮するよな。
駅に向かって歩き始めると両側から腕が絡んでくる。
連行される逮捕された犯人の如く、両側から腕を絡められて歩き辛いなあ。陽奈子さんの胸が当たるんだよな。出っ張り過ぎてるから。今日は他にも刺激を受けてるから夢に出てきそうだ。
駅に着くと二人を見送り家に戻る。
名残惜しむ鴻池さんは、改札を抜けるのに時間が掛かるようだ。先に陽奈子さんが改札を通り「では、明日はお嬢様の部屋で」と言ってホームに向かう。意外とあっさり。
残った鴻池さんは「泊まっていきたい」とか抜かすし。
それは無いんだよ。股間を切り取られて犬の餌にされるっての。
「今日は素直に帰った方がいい」
今日だけじゃなく今後も。泊まるなんてあり得ないからな。
「佑真君」
「なんだ?」
「あたしの家族だけど、佑真君が思ってるのと違うから」
またそれか。
俺の印象は変わらない。変えようがない。
「本当に違うから」
「分かったっての」
早く帰った方がいい。遅くなる。
何度も振り向きながら改札を抜け、ホームに向かう際も振り返る。情けない程に寂しそうな表情を見せるけど、鴻池さんはともかく、家族とは仲良くなんてできないな。見下し方が尋常じゃないんだから。
気付けないのも仕方ない。娘に裏の顔なんて見せないだろ。
姿が見えなくなるまで見送り、駅をあとにし家に帰る。
家に帰ってリビングに顔を出すと「もの凄く美人」とかいう母さんだ。
「なんか凄い人に好かれたのね」
好かれるにしても、もっと普通の女子が良かったと思う。
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