Sid.61 お嬢様宅での晩餐

 危うく犯されるところだった。

 無理やり部屋に連れ込まれ、せっせと服を脱ぎ捨てる鴻池さんが居て、俺の衣服を剥ぎ取ろうとし、丸裸になる前に阻止できたのだ。


「いいって言ったのに」

「俺としては高校卒業まではしない」

「自信が付くって」

「そんな自信は要らん」


 卒業までは長過ぎると文句を言うが、卒業の際には逃げ出す予定だ。それとその前に陽奈子さんと、なんて考えたりもするわけで。

 俺の気持ち的には陽奈子さん一択だ。鴻池さんは無い。ああ、そう言えばもうひとり居たな。あれも無しだな。同じ学校の女子は面倒臭すぎる。


 しかしだ、目の前で仁王立ちする存在が目の毒過ぎる。

 見る気は無くとも目を逸らせず、豊かな膨らみと括れに、張り出しの大きな下半身を凝視してしまう。そうなると「やりたいんでしょ。遠慮要らないのに」と言って、迫ってくるし押し倒そうとしてくるし。

 ベッドに押し倒されそうになり、突っ張る股間を気にしつつ、猛攻を凌いだわけで。


「元気だよ」

「これは生理現象でしかない」

「でもできるよ」

「だから」


 下着姿で情けないんだよ。

 それにしても、煩悩を思いっきり刺激してくれる。目の前の御馳走を食わずに、なんて普通に考えたらあり得ないんだが。

 股間を手で覆い隠すと「出せば繋がるだけだよ」じゃねえっての。


 晩飯の時間になったらしく部屋のドアがノックされた。

 鴻池さんがドアを開けると、姉が呼び出していたのだが「お楽しみの最中だった?」とか言ってるし。


「まだ」

「そんな格好してるのに手を出してこないの?」

「ずっと抵抗してる」

「あたしも手伝おうか?」


 やめて。

 とりあえず服を着て飯を食ってから、第二ラウンド開始とすればいいとなったようだ。

 その際には姉も手伝うとか言い出してるし。抵抗できないように押さえ付けるとか、おい、女性からであっても同意なしは犯罪だ。そこに男女の区別は無いぞ。

 飯なんて要らないから帰りたい。

 だが俺の思いは虚しくダイニングへと連れられる。


「今日は一緒に食べるんだからね。あ、あとであたしも食べてね」


 ダイニングルームに案内され入ると、白い装飾壁には金線が入り同じく白い腰壁。アールデコ様式とか言う奴か。直線的な飾りが多数ある。正面は窓になっていて、アイボリー色の無地のカーテンは閉じられている。天井は折り上げでシャンデリアが輝いてるな。

 中には六人掛けの広いテーブルに白いクロス敷き。テーブルの中央には花瓶があり花が多数生けてある。

 クロスの上には各々アイボリーのランチョンマット。その上に料理がすでに並んでいた。


 テーブルの長編、窓際に父親が鎮座し、その隣に母親が居る。

 俺を見て「遠慮なく食べて行けばいい」とか言ってるし。

 向かい側の窓際には姉が居て、その隣に鴻池さんが腰掛け、更に隣に俺が腰掛けざるを得ないようだ。入り口側だな。下座って奴だ。ここから上座に至ることは無いな。

 腰を下ろすと「いただきます」の声と同時に食事が始まった。


「未遂か?」

「未遂」

「出せばいいのに」

「どこまでも遠慮するんだな」


 緊張していてカトラリーを上手く使えない。少し震えるし、カチャカチャ音が出てしまうし。


「気にしないで普段通り食べてればいいのに」


 緊張するんだよ。テーブルマナーなんて殆ど知らないんだから。

 上品に食べる母親と父親が居て、あまり気にせずバクバク食べる姉が居る。


「じゃあ、あたしが食べさせてあげる」

「要らん」


 メインディッシュを切り分けフォークで突き刺し「はい、あーん」とか言って俺の口元に運んでくるし。両親が居て姉まで居る状態だと、滅茶苦茶恥ずかしいぞ、これ。

 六つの目が俺を見てるし、しかも笑ってるし。


「微笑ましいわね」

「綾乃がそうやるから、ペットなんて思っちゃうんじゃないの?」

「恋人同士ならあると思うんだけど」

「汗掻いてるぞ、常松君」


 普段は母親が食事の支度をしているらしく、仕事で忙しい時だけ出張シェフを頼むとか。

 きちんと家事を熟すのも親の務めだとか。仕事をしている関係で万全ではないにしても。


「時々あたしもやってるけどね」


 姉もキッチンに立つことはあるとか。料理できるのか。意外だ。なんかガサツな雰囲気漂ってたし、不器用とか勝手に思ってたんだが。

 当然だが鴻池さんも頻繁にキッチンに立つ。俺の弁当を作るためもあるわけで。

 父親は三人が料理をすることで、キッチンに立ち入ることは無いらしい。

 ただ、作らせればできる、とか言ってたが負け惜しみだろ。

 俺も料理は苦手だけどな。母さんが用意するから、余計にやらないってだけだが。


 鴻池さんの「あーん」を受けて食事を済ませると、各々席を立ち片付けをする母親が居る。姉も手伝うようで、食器を纏めてキッチンへ運んでいるようだ。

 金持ちって専属シェフでも居るのかと思ってた。意外だな。


 父親と母親に「時間が許すならゆっくりしていけばいい」と言われた。

 することをしても文句言わないし、風呂も好きに使っていいとか。ついでに「明日に支障が無いならば、泊まって行ってもいい」じゃねえって。

 むしろ「さっさとやってしまえ」だの「綾乃が期待してるでしょ。応えてあげてね」とか抜かしてるし。

 なんか逆に恐縮して手が出せない。これ、親が激しく抵抗したら、隠れてでも手を出すとか。いや。俺に限っては無いな。

 やったら鴻池家の一族に仲間入りだ。それを避けたいのは今も変わらん。


 またしても鴻池さんに腕を取られ部屋に連れ込まれる。


「佑真君。まずやってみようよ」

「やらん」

「欲しいでしょ」


 欲しいのは当然だ。一度見た体は脳裏に焼き付いてる。あれを好きにできるなんて、願っても無いことだけど。だが一族の末席なんて嫌だし。

 ベッドに腰掛けて誘ってくるが、最後まで抗って見せる。絶対に流されたりしない。


 部屋の時計を見ると午後八時半になってる。

 そろそろ帰って明日に備えたい。とは言え、文化祭だから何かするわけでも無いんだが。


「立ってないで、ここに座ってよ」

「嫌だ」

「拒否しないで。悲しいから」


 またも涙目になるから已む無く隣に腰を下ろす。

 そうするとしな垂れてきて、肩に頭を乗せてくる。胸元のボタンを弄って、外そうとしてるし。


「それは無しだ」

「やっていいのに」


 急に俺の頭を掴むと唇を押し付けてきた。


「むー」

「ん」


 無理やりキスだ。

 舌が絡むし、なんか微妙にさっきの食事の味が。

 口濯いでからにして欲しい。

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