Sid.60 納得してはいない

 現在俺が抱え込む懸念を鴻池さんの口頭から伝えられる。

 呆れ果てる二人だ。


「何それ」

「下男って。そんな扱いできるわけ無いでしょうに」


 曲がり形にも綾乃の夫とすれば、例え婿養子で入ったとしても、そんな旧態依然とした扱いをするはずが無い。それこそあり得ないと。

 ましてや今の時点でペットとか、自分を下げるにも程があるとか。


「本当にそう思ってるの?」


 聞かれれば、そうだ、と答えるわけで。

 やっぱり呆れる二人が居る。頭抱えて「どうすれば信じるのかしら」と、嘆きの声が聞こえてくる。

 俺に入れ上げる娘のためにも、何とかしたい気持ちはあるそうだが、肝心要の俺が頑固すぎて話にならない。口頭で伝えても変わらないだろう、こればかりは俺が変わらないと、だそうだ。


「たぶん、お父さんが言っても同じでしょうね」

「頑な過ぎて、あたしらだと手に負えない」


 それと同時に人の気持ちすら理解しない、と思われているのが悲し過ぎるそうだ。


「確かに会社を経営していれば、時に非情にならないといけないけど」


 それでも他人を慮る心が無いはずが無いと。充分に考えて決断しているらしい。

 使い捨てだの駒だの壊れるまで使い倒して、壊れても知らん顔とか、どれだけ冷徹な存在と受け止められているのか。

 逆にそんな考えでは、今の時代、人が居つかず会社も上手く行かないらしい。


「無理を押し通そうとすれば、どこかで歪みが来るの」


 それが不正に繋がり結果、会社の評価を落とし倒産に至りかねない。

 そうは見えないかもしれないが、相当気を遣っているのは確かだと。


「言うだけ無駄みたいだけど」

「今は理解できなくても、いずれ社会に出れば分かると思う」


 その上で俺を迎え入れた場合に、下男扱いなど絶対にあり得ないからと、また言われた。


「何度でも言うけど婿養子だったとしても、粗末な扱いなんてしないからね」


 それが元で娘と離婚されたら目も当てられない。娘に恨まれるし、娘だっていい気はしない。むしろ親や姉のせいで招いた事態、となれば死ぬまで恨まれると。

 食事にしても同じものを出すし、残飯処理など奴隷以下の扱いじゃないかと。どうしてそう考えるのか、理解に苦しむそうだ。


 父親が帰宅するまで母親による話は続くが「夜ご飯の準備があるから、あとはお父さんと」と言って席を外した。

 姉もまた心外だとして、妹の相手くらい可愛がる度量はある、と。


「妹が心底惚れ込んでるのに、邪険にする理由なんて無いでしょ」


 わざわざ関係性を悪化させる理由は何かと、逆に問われたが。

 相応しくない相手なら弾くのでは、と言うと。


「相応しいかどうかなんて誰が判断するの? あたし? そこまで自分を過大評価して無いからね」


 これが四十代で尚も遊び歩いていれば、さすがに注意のひとつも必要だろうと。

 しかし相手はまだ十代となれば、先々どう転ぶかも分からない。今気にすることではないと言い切った。


「とにかく心を開いてよ。そうすれば仲良くできるんだから」


 四の五の言わずまずは妹を抱けと。気の済むまでやり捲って、それから結論を得ても遅くはない、って、趣旨が違う。

 その話になると鴻池さんも乗ってきて「抱いてみれば分かる」だの「気持ちも通じ合える」だの言い出す始末だ。


 父親が帰宅すると真っ先に「私から言うことは無いんだが」と言ってる。


「好きにしろと言った。言葉通りで裏も表も無い」


 娘が自分で考えればいいことだと。親が口を出して方向性を定めれば、自分で考えない存在にしかならない。指針は示しても行動は自己判断で、だそうだ。

 ただ、ひとつ言うとすれば。


「世話になることを施し、と受け取るのは勘弁して欲しい」


 好意で行っていることなのだから、素直に受け取っておけと。

 子どもは素直さが一番だそうで。受けたものに恩を感じるなら、娘に相応しいと思える存在になればいい。親が、ではなく自分が思えれば、だそうだ。

 娘の判断に誤りがあって、失敗したとしても結果は甘んじて受け入れるべし。

 いちいち口煩く言う気もないらしい。


「失敗も経験と言ったぞ」


 人で無しと思うのは勝手だが、自分は経営者として、成すべきことをやるだけの話だとも。非情になることもあれば、充分な恩賞を与えることもある。優秀であれば引き上げるし、役立たずならば切り捨てるのは当然。

 企業人として当たり前のことをしているだけだと。


「実はな、君を信用してる部分はあるんだよ」


 信用?


「楽できると考えない辺りがな」


 逆玉の輿なんて考え方もある。

 いずれ親は居なくなる。その時には遺産で遊んで暮らせる。少々文句を言われても、扱いが雑でも金が手に入るなら、耐える奴なんて幾らでも居るだろうと。

 現金を筆頭に動産と不動産などで、数百億の資産はあるとか言ってるし。俺の代で使い潰すのもありだとか。

 だが、手に入れる前に深入りせず距離を置こうとする。

 金目当てではないから信用できるそうだ。


「だから期待してる」


 優秀な家庭教師の指導もあろうが、成績が向上したのは己の努力。

 誇れと。

 容易に流されない性格も好印象だそうだ。


「今後成功体験を積み重ねて行けば、自信も漲ってくるだろうからな」


 成功体験を得るために足掻け、だそうだ。

 失敗からの学びの方が大きい。順風満帆な人生は失敗した時に、対処ができなくなるからだとか。

 たくさん失敗して、そこから学び取り成功を掴み取れと。


百折不撓ひゃくせつふとうの精神だ。それと案ずるより産むがやすし、だぞ」


 日本の経営者に共通するのが、責任を負いたくなくて決定を先延ばしにする。結果、事業のスピードが遅くなり、海外との競争に負け続ける。

 こんなことを繰り返すくらいなら、さっさと決めてしまえと。

 自身もまた念頭に置いて行動してるそうだ。


「娘と一発してみればいい。自信も付くだろうからな」


 それを聞いた鴻池さんがにんまりしてるし。

 これはヤバい奴かもしれん。この勢いで鴻池さんの部屋に入ったら、確実に至ることになりそうだ。三十六計逃げるに如かずだな。

 さっさと帰ろう。


 父親がリビングをあとにすると、姉もまた「少しは信用してよ」と言って、リビングをあとにしたようだ。

 残った俺と鴻池さん。

 目が合うと「あたしの部屋に行こうよ」と誘ってくる。


「帰りたいんだけど」

「泊まってもいいんだよ」

「帰りたい」

「駄目。お父さんもやれって言った」


 近付いてきて腕を取ると「やっとできるね」とか言い出しやがった。

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