Sid.59 家族会議に強制参加

 とりあえず現状を変えるには、俺が死ぬまで努力し続ける必要がある。

 死んだら元も子もないけど、その程度には努力が必要。父親が認めるだけの地位と名誉を手に入れること。

 そこまでやって、初めて人として扱うだろうよ。

 今はただのペットだ。鴻池さんが「この犬飼いたい」と言うから「じゃあいいよ」程度のな。

 結婚なんて、そもそも認めるわけ無いってのに。いざ持ちだしたら確実に反対されるっての。

 一族にとって有益な存在になって、初めて結婚だの考えることができる。

 俺にはそんなの無理だ。


「だから、こ、綾乃とこれ以上の深い関係は無い」


 不服そうだな。

 頬を膨らませ涙目になりながら俺を見てる。


「逃げてばっかり」

「逃げるに決まってるだろ。誰が好き好んで下男なんかになるかっての」

「下男じゃないってば。ちゃんと夫として迎え入れるんだから」

「あり得ないっての。金持ちの思考は上か下かの二択だ」


 頂点に立つか搾取されるだけの存在になるか。中間なんて存在しない。

 人扱いして欲しければ、成果を出せ、ってなものだ。成果も出せない奴は一生奴隷。単純労働で死ぬまで扱き使う。報酬だってそれに見合う額しか出さない。

 それが一族にともなれば、報酬すら支払う必要が無い。餌と寝床を与えておけば、充分だろうってなるわけだ。

 無駄と思えることに費やす金も時間も無いんだよ。


「お父さん、そんな酷いことしないよ」

「するんだよ。今はペット扱いなだけだ」

「違うもん」

「違わない」


 ペットから昇格するには成果を出せ、となるのは目に見えてる。成果が出せないなら結婚なんて許すわけ無いだろ。

 ペットから脱せないなら放り出すし、そこそこの働きをすれば下男だ。

 経営者に人の情を期待する方が間違ってる。

 阿堵物あとぶつ教っていう宗教に嵌まってるんだろうよ。教義は如何に金を効率よく稼ぎ、如何に効率よく蓄財をし、稼げない奴は犬畜生と見る、なんてな。

 阿堵物、つまり金銭だけを崇拝するんだよ。

 ああ醜い。


 結局、平行線だ。

 急に立ち上がると俺の腕を掴み「今から家に来て」とか言い出した。


「行く必要無いだろ。ひ、萱野かやのさん来ないし」

「ちゃんと話し合う」

「この前話し合ったばっかりだっての」

「全然理解してくれてない」


 ちゃんとお互いに腹を割って話をすれば、俺の考えてることは誤解と分かる、だそうだ。

 自分の父親を守銭奴と言われて、はいそうですね、と納得するわけもない。家族までも俺を下男扱いするとか、あり得ない話ばっかり。

 さすがに耐え難いし、恩義を感じる気持ちが少しでもあるなら、きちんと話を聞くべきと言ってる。恩義を持ち出したか。そうなると俺は逆らえないな。ほれみろ、奴隷じゃねえか。

 餌を与えてるのに感謝の気持ちもない、とかな。逆らうなんて不届き者だってなものだ。


「犬の躾か?」

「違うってば」


 家庭教師代を負担してもらっている。それが負い目になってるわけで。持ち出されれば逆らえない。金で人を従わせてるだろ。自分で示したと気付けないんだな。

 仕方ない。無駄と理解はしていても、納得しないなら行くしかない。


「父親、こんな時間に居るのか?」

「まだ帰って来ないけど呼び出す」

「アホか。仕事中だろ。くだらないことで呼び出すなっての」

「だって、今のままだと佑真君と距離が縮まらない」


 縮める気が無いからな。

 荷物を纏め家を出るが、その際に父親に電話してるようだ。当然だが父親は仕事で忙しい。急に家に戻って来い、と言われて戻れるわけも無いだろうに。それでも譲らない鴻池さんだ。父親が根負けするのを狙っているようだな。

 電話を途中で切られたようで、掛け直しては交渉し、数度繰り返すと「二時間後に」となったようだ。


「お父さん、二時間後に帰って来るから」

「執念だな。夜まで待てばいいのに」


 父親が帰るまでは母親と姉を交え、話をするとか言ってるよ。

 実に面倒だ。

 ところで姉って何してるんだ? 歳も知らないし、何をしてるかも知らん。


「姉って、何してるんだ?」

「大学生」

「じゃあ呼び出したら」

「一日くらいサボっても問題無い」


 哀れな。

 三つ上らしく、今は国立大学に通って経済学を学んでいるらしい。


「母親は何してるんだ?」

「あたしが中学の時までは専業主婦だった」


 今は会社を興し経営しているとか。筋金入りの経営者一族だな。人の心なんて無くすわけだ。

 じゃあ、あれか、仕事を放り出させて呼び出すのか。親も娘がこれだと大変そうだ。

 電車内で姉と母親にも電話して、家に集合するよう話をしていた。

 どうやら父親と違い母親は融通が利くようだ。お飾りのトップだったりして。姉の方は途中で切り上げてくるらしい。


 鴻池家最寄り駅で下車し徒歩で向かう。その道中、姉と遭遇した。


「綾乃。急に呼び出さないでよ」

「だって、佑真君が」

「まだ揉めてるの? ほんと、何に拘ってるんだか」


 父親が好きにしろと言ってるのだから、好きにすればいいのに、と文句言ってる。


「あたしだって綾乃が誰と付き合おうが、そんなのどうでもいいし」


 その辺のことも踏まえ家で話をすると伝えてるようだ。

 家に着くとリビングに案内され、ソファに腰掛けさせられた。

 向かい側に機嫌の悪そうな姉が居て、鴻池さんは飲み物を用意するとかで、リビングから立ち去っている。

 なあ、これ、居心地悪すぎるぞ。


「常松君だっけ。何が不満なの」

「不満って言うわけじゃ」

「じゃあ何? 綾乃のこと嫌いなの?」

「嫌いでは無いです」


 少しして鴻池さんがリビングに戻り、テーブルに飲み物が置かれると、姉が「綾乃。いい加減、諦めるのもひとつだと思うよ」だそうだ。そうだそうだ。その調子で背中を押せばいい。

 どうやら姉は面倒事は避けたいタイプなのだろう。ぐだぐだ面倒な相手なら、さっさと縁を切ってしまう。しがみ付かず次を探すと見た。


「諦めきれないから」

「執念深いなあ。あたしなら、こんな面倒臭い相手、さっさと捨てるけど」

「捨てられないし、誤解されたままだと悔しいし」

「何を誤解してるのさ。まだ経営者は云々って奴?」


 姉と妹では、ずいぶんと性格が違うんだな。サバサバした姉。執着心の強い妹。

 俺としてはどっちも要らねえ。両極端すぎる。


 十分ほどで母親も家に帰ってきたようだ。

 俺を見てため息吐いた。


「常松君の誤解を解きたいって言うけど」


 無理そうだと。諦めたか。母親と姉は似たような性格のようだ。見切りを付けるのも早そうだ。

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