Sid.57 お嬢様と二人きり

 玄関先で靴を脱ぎ、きちんと揃える辺りは、躾が行き届いているようだ。

 伊達にお嬢様をしてないな。靴を脱ぎ捨てる俺とは雲泥の差がある。


 狭い階段を先に上がり自室へと案内するが、階段が狭く急なために壁に手を当てながら、ゆっくり上がってくる。

 築五十年だからな。いい加減、古くなり過ぎて至る所が軋むし、土壁が剥がれ落ちてくるし。俺が公立高校に行っていれば、家の建て替え、なんて話もあったが。

 私立に進学したことで十年後に先送りした。新たにローンを組むとか。返せんのかよ、と聞くと「佑真を当てにしてるぞ」と言われたな。


「狭いし急な階段だから怖いだろ」

「あ、うん。でも大丈夫だから」


 階段を上がりきり、部屋の前に立ちドアを開ける。

 後ろから覗き込もうとする鴻池さんだが、今部屋に入れるから焦るなっての。ただ、ひたすら狭いからな。鴻池さんの家と比較したら、俺の部屋なんてトイレと同サイズだろ。

 部屋に入り招き入れると、室内を見回して「綺麗にしてるんだね」だそうだ。陽奈子さんが来るから、部屋の片付けはするようにした。親以外に立ち入らないなら、部屋なんて片付ける気も無かったけどな。

 結果オーライって奴だ。


「適当に座って」

「あ、うん」


 室内にはベッドと学習机、椅子、本棚に和箪笥がある。ベッドの傍に卓袱台ちゃぶだいひとつ。

 卓袱台の前に腰を下ろし「あ、飲み物買って来たんだ」とか言って、バックパックから、ペットボトルホルダーに入れたドリンクを取り出し、卓袱台に置いてるし。


「どっちがいい?」

「どっちって、ラベル見えないぞ」

「勘で」


 楽しんでやがる。

 緑のキャップはきっとお茶系だろう。ならば白い方で。

 手に取って中身を確認すると、お茶じゃねえか。騙された。


「そっちお茶だけど」

「今知った。そっちは?」

「オレンジジュース」


 緑のキャップでオレンジジュースとは。まあいい。飲めるなら。


「こっちがいい?」

「茶でいい」

「そう? じゃあ、キスしたらオレンジの味がするよ」

「こっちは茶じゃねえか」


 混ざったら不味そうだ。

 じゃなくて、キスするのは既定路線なのか。駅でしたがってたしなあ。まさかその先までとか考えてたり。いや、さすがにそれは無いか。

 それにしてもロングスカートのせいで、楽しみが少ないなあ。ミニスカートなら太もも露に、なんてのもあっただろうに。そこはお嬢だから露出は控えるのか。

 シャツもフリフリのブラウスだし。ガードが固い印象を受ける。そうは思っても実際には緩そうだけどな。俺に対しては。


 いや、妙なことを考えるな。手を出したら鴻池家の一族になりかねない。絶対イヤだ、あんな胸糞悪い連中の末席なんて。末席だからな。一番下ってことだし。下僕レベルだろ。扱い悪そうだよな、一族に加えられても。


「勉強、する?」

「する。まっすぐ帰宅したのもそれが目的だし」

「じゃあまずはお勉強だね」


 嬉しそうにタブレットを取り出し「何からやる?」とか言ってるよ。

 弱いところとして数学から始めることに。

 暫くタブレットを使い勉強していたが、視線が押し入れに向かうことが多いようだ。

 冬物の布団と衣服と本棚に入らない参考書、あとは幼い頃に遊んだ玩具しか入って無いぞ。エロいものは今どき押し入れには無い。全てタブレットとスマホの中だ。

 ネットで拾えるからな。


「気になるのか?」

「あ、別に」

「期待するようなものは無いぞ」

「だよね」


 俺のタブレットを見て「そこに入ってる」とか言ってるし。バレてるなら絶対見せるわけにはいかない。エロい画像が数百枚と、ダウンロード済みの動画が数点。

 健全な男子足るもの、その程度は保有してるだろ。

 密かな楽しみのためだからな。


「もう要らないと思うんだよね」

「何が?」

「エロい奴」

「なんで?」


 自分が居るんだから、エロいことは全て自分で済ませろ、とか言い出す始末だ。

 脱げと言えば脱ぐし、股を開けと言えば開くとか言って、足を持ち上げて「ほら、捲って中を確認していいんだよ」じゃねえって。

 やっぱり距離を縮めるべく、体を使って誘惑してくるじゃねえか。


「佑真君、興味あるでしょ」


 無いとは言えない。陽奈子さんと一発、なんて考えたくらいだし。

 でもな、鴻池さんと関係を持つのは無しだ。一族の下男になる気は無いし、顎で扱き使われ肩身の狭い思いもしたくない。

 あの父親じゃ、確実に足蹴にされるだけだ。常に下に見てるだろうからな。

 母親もいざ迎え入れるとなれば、下男扱いが関の山だ。あれをしろ、これをしろ、と家に居る間中、いいように使い倒され口答えの一切は許されない。姉にしても手頃な下男とか思って、都合よく扱き使うだろうからな。風呂掃除にトイレ掃除に料理洗濯、あの広い家の掃除だの、家事の一切合切を押し付けるぞ。少しでも汚れがあると、指先でなぞって「埃があるんだけど、きちんと掃除したの?」なんて言われて。

 ストレスで頭が間違いなく禿げあがる。


 ああいやだいやだ。


「無いからな」

「なんで? いいって言ってるのに」

「あのなあ」


 そこはあれだ、建前として健全な付き合いをする、なんて言ってみたが。


「中学生でもする人はしてる。高校生なら問題無いでしょ」

「問題大ありだ」

「なんで? 学校でもしてる人、居るよ」


 他人は他人だ。誰それがやってるから、自分もとはならない。

 キスまでで留め置かないと際限が無くなる。


「最低限、一流大学に合格してからだ」

「ストイックって言うより、警戒してるよね」

「当然だ」

「酷いことするとか思ってる」


 家の誰も下僕扱いなんてするはず無い、と言ってるけどな。結婚したら婿養子は確定事項だろ。婿なんてのは使い倒してなんぼだ。肩身の狭い思いしかできないし、飯なんて残飯処理係だろ。真面な飯を食いたければ、それだけの実績を示せと言われて。

 今は客人扱いだから、家人と同じ食事ができてもな。

 差別意識が強いのが金持ちって奴だし。人を見下して優越感に浸るのも金持ちの特徴だ。

 慈悲深い真っ当な人間なんて居るわけがない。


「佑真君」

「なんだ?」

「じゃあキスして」


 ねだるなっての。

 傍に寄ってきて体を寄せてくるし。どうしてもキスしたいのか。いや、本音ではエロいことだろうけど。それは絶対に阻止しないとならない。


「勉強終わったらな」

「あたし、もの凄く悲しかったんだよ」


 家に着いた瞬間、涙が溢れて止まらなかったと。でも、メッセージが来て嬉しくなったそうだ。

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