Sid.55 金持ちの利用価値

 週に三回程度は自宅で一緒に勉強していると、胸を張り自慢げに語る鴻池さんだが。

 焦りを感じた掛川さんが俺の腕を取り「べ、勉強ならあたしに教えて」とか言い出す。あのなあ。俺が教えられるほど優秀なわけ無いだろ。優秀過ぎる家庭教師が居てこそなのだから。

 その辺の事情を言うと面倒そうだし。何しろ鴻池さんにとってのライバル。陽奈子さんだからな。

 ただ、陽奈子さんを見たら掛川さんは脱落するかも。あの爆乳と優秀さは逆立ちしても太刀打ちできまい。あ、爆乳って逆立ちしたらどうなるんだろ。じゃない。鴻池さんすら危機感を持つくらいだ。そこらの女子なんぞ箸にも棒にも掛からんぞ。


「俺に教えられるわけ無いだろ」

「でも、学年九位でしょ」

「それはだな、教えてくれる存在あってのことだ」

「え、まさか鴻池さん?」


 違う。

 面倒だけど言った方が早いか。


「東大卒の家庭教師に来てもらってる」

「東大……凄いの?」

「オックスフォード留学経験もあるらしい」


 言葉も無いようだが何やら閃いたか。


「あ、じゃあ、あたしも一緒に」

「許可するわけ無いでしょ」


 そりゃそうだ。俺の場合は鴻池さんが惚れ込んでる、ってことで費用まで負担してくれているが、邪魔な存在の費用負担なんぞ、幾ら金があってもするわけがない。

 優秀過ぎるから掛かる費用は大きく、うちなんかで負担できるレベルじゃないし。


「お金、の問題?」

「あたしの家でやってるんだから、あんたなんか招くわけ無いでしょ」

「じゃ、じゃあ、常松君があたしの家に」

「家庭教師代はどうするんだよ」


 相場の倍以上は掛かると言うと「そんなの無理」と意気消沈したようだ。

 俺の家だって不可能だ。予備校の費用だって負担しきれないんだからな。

 やっぱり教育格差ってのはあるな。金に糸目を付けず教育に注ぎ込めるのが金持ち。貧乏人は費用を捻出するのさえ厳しい。何でも自力で熟す必要のある貧乏人と、金に飽かせて優秀な人材を招ける金持ち。どう考えても歴然とした差が出る。


 金持ちの家に生まれた存在は、金で苦労すること知らない。

 だから他人に配慮できない、痛みを知ろうともしない傲岸不遜な人間ができあがる。そんな家庭に生まれた奴が「努力」なんて、偉そうに口にすると殺意を覚えるぞ。何もかもお膳立てされ、甘やかされて育ってる程度の分際で。きっちりレールを敷いてもらい先々安泰な奴なんて、他人の苦労を知ることも無いだろう。だから嫌いなんだよ、金持ちは。人として最低の奴らだ。

 まあ、鴻池さんは傲慢さが無い、奇跡的な存在かもしれんけど。

 いや、俺に惚れてるからであって、これが他の男子だと傲慢さが出てるんだろう。


 そんな俺も大概だよな。

 利用できる存在だから利用する。利用価値は高い。先々どうせ別れるんだから、今の内に利用するだけしておけばいい。

 金持ちの利用価値なんてその程度だ。

 ああ、そうやって開き直れば、周囲が少々騒々しくても我慢できるか。


 体の関係は持たないぞ。

 そこは卑しい金持ちと違う。札束で頬を叩き従わせるクソ連中とは違う。きっちり線引きしておかないと。


 凹む掛川さんだけど、釣り合いがそれなりに取れそうなのって、こっちなんだよな。

 ささやかで慎ましい生活しかできずとも、それが庶民であって、その中で小さな幸せを噛み締める。本来それで充分なんだよ。

 上を求めればきりがない。分相応ってのは、高望みをしないことでもあるわけで。


 昼休みが終わり教室に戻るが、鴻池さんの表情が曇ってる感じだ。


「ねえ、絆されてないよね」


 どうやら俺も表情に出ていたようだ。少しだけ明るさを取り戻す掛川さんが居る。


「あたしにも希望、あるのかな」

「無いからね」

「でも、常松君、あたしを見てた」

「同情でしょ」


 鴻池さんだが、懸念を抱いた状態で自分の教室に向かうようだ。俺と掛川さんは同じ教室だからな。

 嫉妬もありそうだけど、それ以上に俺の気持ちの行方が気になるんだろう。

 金持ちは嫌いだと公言してるし。


 掛川さんと一緒に教室に入るが、さすがに腕を組んだりはしないようだ。鴻池さんと違い人目は気にするのかもしれん。学食では憚らずだったけどな。あれは鴻池さんが居たからと思うことに。


 その後、数日間は特に変化も無く、どっちとも進展も無い状態が続いた。

 昼休憩時には少々のバトルはあったが。女子二人による奪い合いとか、アホで中身の無いラブコメレベルじゃねえか。

 俺の青春って、その程度なんだな。やっぱり陽奈子さんがいい。


 そして文化祭が迫る。

 文化祭前日は授業も午前中のみとなり、午後は準備に費やされるわけだが。


「常松君は部活、声優部だよね」

「やめた」

「え、やめちゃったの?」


 今は何をしているのか聞かれ、何もしていないと言うと。


「じゃあ、歌留多部に入らない?」

「かるた?」

「全国大会に出たこともあるから、それなりに実績もあるんだ」


 あれか、読み上げられた札を弾き飛ばす奴。

 その認識でいいのか知らんが興味は無いなあ。むしろゲーム部の方が多少は。とは言えゲーム部もなあ。人間関係ドロドロしてそうだし、ライバル意識高過ぎて上手けりゃ神で、下手だと平気で人権無いとか言うし。言葉遣いも荒そうだし、性格思いっきり歪んでるよな。勝てば官軍、負ければ賊軍を地で行ってるし。対戦相手へのリスペクトなんて微塵も無いだろ。

 eスポーツ、なんてイメージ良くしようとしてるけど、やってる連中に爽やかさなんて皆無だ。

 口汚く罵って叩き潰すことにのみ意義を見出してる。

 とても俺には無理だな。


「興味無いんだよな」

「そうなんだ。でもやってみると、面白いって嵌まる人居るよ」


 少しでも時間を共有したいんだろうな。今は鴻池さんに相当差をつけられている、そう思うだろうし。

 唯一の救いは俺に鴻池さんへの気持ちが無いこと。

 だから、こうして距離を縮めようとしてくる。


「あ、ねえ。見学だけでもどうかな」

「見学ねえ」

「なんか本当に興味無さそうだね」


 無い。

 そもそも競技ってのがな。争うの嫌いだし。

 その点で声優部に鴻池さんが出てくるまで、諍いも無く平和だったんだが。来て以降、一気に雰囲気が悪くなったし。排除されたし。なんか思い返すだけで腹立つ。


「無理にとは言わないけど、一度見学に来てくれると嬉しいな」

「考えておく」


 各々生徒が準備のために分散すると、用事の無い俺は帰宅することに。

 エントランスに行くとやっぱ居る。

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