Sid.54 静かなる争い勃発
午前の授業を終えて昼休み。
六人掛けテーブルに友人二人と鴻池さん。ひとつ離れたテーブルに告白してきた女子。
見てる。こっちを見てるんだよ。
隣に座る鴻池さんに視線をやってみたり、俺と目が合うと微笑んでみたり。
友人二人も気付いているようだが、口にすることなく黙々と飯食ってる。
「佑真君。はい、あーん」
は?
見ると箸で摘ままれ目の前に差し出される弁当のおかず。口に押し付けてきて「食べて」とか抜かす。
困惑するも鴻池さんを見ると「早く」と急かされる。
友人二人は目を合わせようとしない。ぼそぼそと「青春だなあ」だの「ラブラブだ」なんて言ってるし。違うぞ。勝手に食べさせようとしてるだけで。
「佑真君。あーん、だってば」
くそ。
何の拷問だよ。
已む無く口を開けると放り込まれる弁当のおかずだ。口に含み咀嚼すると米を口に運ぶ鴻池さんが居る。そして「あーん」だ。あのなあ、なんだってのこれ。
零しそうになりながらも口に含むと「あたしにも」とか言い出す。
友人二人は目も合わせず肩を震わせる始末だ。笑ってんじゃねえよ。
告白してきた女子に視線を一瞬向けると、歯ぎしりする音が聞こえてきそうだな。
箸を噛んで指先にも力が籠ってそうだ。あんまり強く噛むと箸が折れるぞ。
「佑真君。食べさせてよ」
箸を手渡され弁当箱を目の前に差し出される。だから、なんだっての。
中身が同じ弁当箱が二つ。ひとつは鴻池さんのもので、もうひとつは俺のものだ。
「この箸、俺の口に」
「早く早くぅ」
軽く開いた口。口先を尖らせ催促してるし。
箸を持つ俺の手を取り「これがいい」とか言って、おかずのリクエストまでしてる。鴻池さんを見ると満面の笑みで「食べさせて」と。仕方なく、指定されたおかずを摘まみ口元に運ぶと「美味しいな。佑真君に食べさせてもらうと」じゃねえ。
告白してきた女子を一瞥すると、箸を落とし唖然としているようだ。そりゃなあ。こんなアホなことしていれば、呆れもするだろうよ。
視線を鴻池さんに戻すと箸を奪い取られ「はい、あーん」って、またかよ。
何度か繰り返すと近寄る存在が居る。
視線を向けると告白してきた女子だ。当然だが鴻池さんも気付くし、友人二人も気付くわけで。
弁当箱を持ってテーブルに置くと、隣に勢い腰を下ろす女子が居て、少し驚く鴻池さんが居る。
「佑真君、その子、誰?」
「えっとだな」
「掛川
堂々と宣言してるし。
「嫉妬してるんだ」
「当然でしょ」
「でも渡さないから」
「常松君。鴻池さんに気持ち無いって」
俺を挟んで女子二人のバトルが。
夢。かもしれない。女子が俺を奪い合うなんて、永遠に訪れないと思っていた。しかし、今、それが目の前で繰り広げられている。いや、正確には左右でだ。
モテ期到来とか素直に喜べないけどな。右に腰掛ける鴻池さんによる「あーん」攻撃は止まず、左に腰掛ける掛川さんからも「ほら、あたしが作ったお弁当だよ。美味しいと思うの」と言って、押し付けてくるし。
「モテてんなあ」
「羨ましい」
「学年九位の威光は凄まじいな」
「俺も頑張ろう」
掛川さんが鴻池さんの弁当を見て「姑息な」とか言ってるよ。何が姑息なのか知らんが、少なくとも一時しのぎ、ではないな。卑怯な手段という意味でも違うし。
「鴻池さん」
「何?」
「もうキスしちゃった」
「あたしもしてるよ」
やめて。なんでそんなことを暴露してんのさ。
聞いて狼狽える掛川さんが居て、勝ち誇る鴻池さんが居て、呆ける友人二人が居る。更に周囲に視線を向ける勇気はない。きっと「クソ二股野郎」と思われてるだろうから。
身を乗り出し俺の顔面を覆うように、胸元を押し付け鴻池さんに「エッチするから」とか抜かす、頭のおかしい掛川さんが居る。平たいなあ。
まだ暑い時期だ。汗の臭いが少々。それ以外に制汗スプレーであろう匂いが少々。
香しいとは言い難いな。
離れて着席し直すと、今度は対抗心剥き出しの鴻池さんが、大きめのブツを顔面に押し付け、ああ、感触は掛川さんを上回る。じゃなくて「させるわけ無いでしょ」とか言ってるし。
どっちもねえぞ。
やはりまだ残暑が厳しい季節だ。滲む汗と臭い。制汗スプレー使ってんだな。その匂いも漂うし、何より顔面に押し当てられる感触。堪らんけど、楽しんではいけない。鴻池さんの思う壺だからな。
「ご馳走様」
「先に教室戻ってるから」
「仲良くやれよ」
「二股かあ。実に羨ましい」
友人二人が居た堪れなくなったようだ。席を立ち、なあ、頼むから俺を置いて行くな。せめてひとり、連れて行ってくれ。
だが、早々にトレーを持って離れる二人だった。
「いい夢見ろよ」
「悪夢になりそうだけどな」
少々引き気味ながらも笑いつつ、その場から姿を消す、お前ら、友人失格だ。
くっそ。まじで、なんで俺がこんな目に遭う。
また校内で嫌な視線を浴びせられるだろ。暴行も復活しかねないぞ。
だから体をべったり寄せて来るなっての。暑苦しいんだよ。それに何より他の生徒の目が痛い。
結局、針の筵状態の中、味のしなくなった弁当を食い終え学食をあとにする。
当然だが右側に鴻池さん、左側に掛川さんが居て、各々腕を絡めラウンジに移動中だ。
「あんたの言うように、佑真君はまだ気持ちが付いて来てない」
「だったら解放してあげてよ」
「これからだから。必ずあたしに惚れさせる」
「常松君、迷惑してると思うけど」
少し凹む鴻池さんが居て勝ったと思う掛川さんか?
こうなるとどっちも要らん。
しっかし、これ、何のラブコメだよ。
ラウンジに着くと席は埋まっているが、二人に睨まれた男子グループが「あ、どうぞどうぞ」と席を譲ってるし。
掛川さんはともかく鴻池さんの睨みは、心胆寒からしめる効果はあるな。
俺を挟んで椅子に腰掛け、しな垂れて「佑真君。気にする必要ないから」と言うと「常松君。付き纏われてるなら警察に言った方がいいよ」と対抗するし。
付き纏いなら二人とも同じだっての。
どうしたものか。
これがモテ男ならかわす手段もあるんだろう。うまく往なして場を取り繕うことも。
だが、俺には手に余るし対処が不可能だ。
経験の無いことだからな。
「佑真君、帰ったらエッチするからね」
それを聞いて焦る掛川さんが居る。
「な、なにそれ」
鼻を鳴らし「あたしの家で二人仲睦まじく、夜遅くまで毎日勉強してるの」と暴露しやがった。
「ず、ずず、ずるい!」
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