Sid.53 一難去ってまた一難
やっちまった。
キスとは言え下賤の存在がお嬢様と。時代が時代なら殺されてただろうなあ。
父親は身分差なんて無いとか言っていたが、確実にあるぞ。越え難い壁ってのも見えないだけであるんだよ。何もかも手に入れているから、気付けないだけだろうよ。
それでも建前上であれ身分差なんて無いし、誰にも等しく人権はある、と言っておかないとな。貧民から袋叩きに遭うからだ。
その程度には気を遣うだろうよ。
寝そべっていても仕方ないから体を起こすと、しな垂れてくる鴻池……綾乃だ。
名前呼びに拘っていたが、まあ、名字で呼ぶよりは身近な感じにはなるな。
「佑真君」
こっちを向き「これからはもっと親密になろうね」とか言ってる。
無理だな。
いや、キスしちゃったんだよ。お嬢様と。最早逃れられないのか。
本格的に交際に至るようになると、鴻池家の家族とも向き合う必要あるんだろうなあ。来る度に畏まって平伏して、絶対に対等の立場にはなれない。
逆らうことも許されず日々家柄と言うストレスと向き合い続ける。何があっても口答えもせず笑顔で元気よく返事をし、常にご機嫌伺いをし続けて。
胃に穴開くな。
ああ、これって婿養子みたいなものか。
鴻池さんは、そこんところ分かってんのかねえ。
どれだけのプレッシャーになるのかって。
やっぱり生まれながらに上流階級の存在に、下賤のことなんて分かるわけ無いよな。
鴻池家の普通は一般の普通とは掛け離れていると。
常識も違うし習慣ひとつとっても違う。上流階級の当たり前は下賤にとって、当たり前じゃないってことすら知らないんだよ。
まあ、鴻池さんに罪はない。気付こうとしない、知ろうともしない父親の問題だ。
無いとは思うが、もし将来結婚するとなった場合に、しょっぱい親族を招く我が家と、煌びやかな世界の住人が一堂に会する。
恥ずかしいなんてもんじゃない。貴族で溢れる中に貧民が招かれるんだから。
上流階級のマナーなんて知らないし、嘲笑されるだけなんだろうなあ。
貧民を見て「まあ、情けない」だの「下賤の者がよく射止めたな」とか「なんだか臭いわねえ」とか「貧民如きが分不相応な」なんて言われるんだぜ。肩身の狭さは尋常じゃないだろう。
親族は式場の隅っこで小さく纏まり、新郎の俺はと言えば、新婦の隣でやっぱり小さくなる。蔑む視線に耐え続ける必要があるわけだ。本気で祝福する金持ちなんて居ねえだろ。ゴミの分際で、とか思うんだろうよ。
うわっ。
身震いしてきた。絶対に結婚なんて無いな。
「どうしたの? 寒い?」
「いや」
「ねえ。佑真君がもしね、その気になったら、いつでもいいからね」
永久に無いぞ。
一線を越えることは何としても阻止する。俺から手を出すのを待つなら好都合。このまま高校卒業まで手を出さずに過ごし、各々別の大学へ進めば関係は自然消滅だ。
付き合い切れるかっての。こんな上流階級の家族となんて。
暫し寛ぎきれないが、鴻池さんの体温を感じる時間を過ごし、家に帰ることにした。
「もう帰るの?」
「あのな、十時回ってる」
「泊まって」
「不純異性交遊だっての」
お互い未成年で高校生だ。そこは節度を持って線引きをすべき部分だろ、と言うと「そんなの気にするんだ」じゃねえよ。
建前上は節度を持ち出したが本音は逃れたいだけ。
この家の家族と同族になる気は無いのだから。寒気がするっての。
部屋をあとにし玄関先で見送られる。
名残惜しそうなのはいつものことだが、今日はキスまでしたこともあり、引き止めたいってのが見て取れるんだよな。
性欲旺盛そうだし、どうせならとか思ってそうだし。
だが断る。
「じゃあな。また」
「佑真君」
体を寄せ顔を近付け、だから、そこでキスを迫るのかよ。一度やったら際限無さそうだな。
それでも抱き着いて来ておねだりされ、止む無く唇を重ね合わせることに。
うっとりしてそうだ。頬を赤く染め上げ嬉しそうだし。
「佑真君。次は手を出してね」
絶対出さない。
背中越しに「抱け」という圧を感じつつ、鴻池家をあとにした。
家に帰りスマホを見ると鴻池さんからのDMが入ってる。
おい、九時以降はスマホ禁止じゃなかったのか? まあうちに、そんな決まりは無いけど、とりあえず中身を見ると「キスっていいね」だの「キスで燃えちゃった」だの「キスで熱くなれるんだからエッチならもっとだよね」じゃねえっての。
更には「無言じゃなくて囁いてくれると嬉しいな」とか、最早変態を極めてきてるようだ。
最後に「溢れてきちゃった」って、読んだこっちが赤面する内容だっての。
返信するか迷ったがスルーしたら煩いし「九時以降使用禁止だろ。まあいいけど、エロい内容は禁止だ」としておいた。
すぐに返信が来て「勉強が捗ってるから十一時まで延長できたんだよ」だそうだ。実績を示せば締め付けが緩くなるらしい。それと「エッチじゃないよ。自然なことだから」と、確かにそうかもしれんが、世間はそうは見ないんだよ。誰が見るわけでも無いけど、SNSなんてセキュリティがザルなんだから、プライベートであっても、どこかで漏れる可能性もあるっての。
個人間のやり取りなんて、第三者が容易にアクセスできる程度なんだから。
翌日、駅の改札前で合流すると、引っ付き方が激しくなった。腕の絡みから胸を押し付け、体を預けるような形で歩いてるんだよ。
実に歩き辛い。股間が突っ張りそうだ。
しかも俺の顔を見るなり「キスしたいな」とか抜かすし。衆人環視の中でかつ同じ高校の生徒が無数に居る状態。キスなんてできるわけもない。
少しは周りの目も意識してくれ。
教室のある階で各々の教室に向かう際、正面に立ち俺の手を取り「少しの時間だけど長い時間。離れ離れになるけど、お昼は一緒だからね」って、なんだそれ。
キスしたことで本人的には、一気に関係性が深まったと思ったんだろう。気のせいだ。俺としては以前と変わらないからな。感情面で。
名残惜しまれながら手を離し教室へ入る。周囲の目も呆れ気味だったが、さすがに割り込む無粋な奴は居ないようだった。
教室に入れば入ったで、例のあれが傍に駆け寄ってくる。
友人二人を押し退けて正面に立って、目をキラキラさせてるし。
「あの、常松君。返事って」
「まだ」
「ま、待ってるから」
「ちゃんと考えたいから」
期待に応えられないかもしれない。鴻池さんは手放す気皆無。
こんなことで悩む日が来るとは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます