Sid.50 癇癪起こすお嬢様

 鴻池さんの部屋に移動し、勉強の準備をしているとドアがノックされ、陽奈子さんが入室してきた。

 俺を見て軽く微笑むと鴻池さんに視線を移す。


「お嬢様のプログラムは少し変更しますね」

「あ、はい」

「学年十位以内などと言わず、一位か二位まで学力を押し上げる必要があるので」


 俺の方はこれまで通りで充分、トップに立てるはずだと。

 俺がトップだと鴻池さんは二位になるんだが。まあ、どっちが一位でも二位でもいいけど。俺が一位になるなんて、さすがに無いだろうしなあ。

 テーブルを前に椅子に腰掛け、タブレットを取り出し何やら作業してる。


「飲むもの持って来るね」


 そう言って鴻池さんが席を外すと、陽奈子さんが俺を見て「何かあったんですか?」と。こっちも勘が鋭い。

 実は、と切り出すと。


「モテるのですね」

「何かの間違いかと」

「私が惚れたのにですか?」


 大人の女を落としたのだから、少しは自信を持っていいそうだ。むしろ自信が無さ過ぎるのが困りものだそうで。

 学年九位になってるのに、なぜ堂々とできないのか。自己肯定感の低さは尋常じゃないと感じるそうだ。


「ですから、一位を目指しましょう」


 まぐれや不正で一位なんてなれない。しっかり実力を得てこそだと。

 学年一位になれたら抱き放題も約束しますよ、とか言ってるし。陽奈子さんもまた、体を使ってくるんだよなあ。俺の周りは女性の体が大バーゲン中だ。俺に対してだからな。大安売りされてるぞ。世の男どもは何をしているのやら。

 でも陽奈子さんの体は、本気で欲しいと思ったりも。


 部屋のドアが開いて鴻池さんが、トレーに飲み物を載せて入ってきた。


「何話してたの?」

「俺の成績を学年一位にするって」

「じゃあ、あたしは二位だね」


 自虐が過ぎるから自信を持つのに、一位を目指すのはいいことだとか言ってるし。

 学年一位なら父親も口を挟むことは無いはず、と言ってるよ。そうなれば好きなだけ抱き合えるとか欲望全開だな。

 今の時点でも問題は無いはずだから、帰って来たら聞くけど、だそうで。

 椅子に腰掛け三人でテーブルを囲み、授業が始まるのだが、そっと顔を近付けてくる陽奈子さんが居る。

 ぼそっと耳元で「お嬢様とするのですか?」と。

 首を横に振ると「童貞卒業は私でもお嬢様でも、佑真君がお好きな方で」とか言ってるし。


「先生と佑真君、なんか仲が良くなってません?」


 勘付いたのか。

 俺の顔を見て頬が膨らんできたようだ。


「佑真君」

「な、なんだよ」

「浮気者」

「違うぞ」


 クラスの女子に手を出し家庭教師と仲良くなって、それなのに自分には手を出してこない。妙な屁理屈ばかり捏ねて、自分からは触れて来ようともしない。触り放題、入れ放題も可能なのに、じゃねえよ。

 こんなに明確な差別は他に類を見ないとか、何を意味不明なことを抜かしてる。


「あたしが好きなの知ってるのに」

「まあ、何となく分かるけど」

「何となくじゃないでしょ! 本気なんだからね」


 鴻池さんの嫉妬が爆発しそうだ。

 宥めようとして陽奈子さんが「恋の話は勉強が終わってからにしましょう」なんて言うと「泥棒猫の癖に」とか言い出すし。

 陽奈子さんも敵認定したのかよ。教えを乞う立場だろうに。とは言え、家庭教師と生徒が懇ろなんて、醜聞以外の何もでも無いのは確かだ。


 鴻池さんが俺を睨んでる。


「あたし、佑真君のためなら家族だって捨てるのに」


 怖いって。家族捨てたら貧乏生活一直線だろ。


「体だって好きにできるのに」


 もっと大切にしろっての。俺如きにくれていい体じゃないだろ。


「ずっと昼も夜も佑真君のことばっかり。寝てても佑真君の夢見るくらいなのに」


 全く愛してもらえてないと、ついには癇癪起こしてるし、挙句、涙まで溢れ出して手に負えん。

 陽奈子さんと目が合うと「そこ! 見つめるの禁止」とか言って、割り込んでくる状態に。


「あの、お嬢様。佑真君とは肉体関係ではありませんよ」

「ゆ、佑真君? いつの間に……」


 しまった、と思うも後の祭りだ。


「陽奈子さん」

「ひ、ひな、って、なんであたしは名字でカテキョが名前呼びなの!」


 火に油を注いでしまった。

 暴れて部屋を飛び出す鴻池さんが居て、あとを追う俺と陽奈子さんだ。


「いや。待ってって」

「わーん! あたしだけのけ者」

「違うっての」

「全部お父さんが悪いんだ!」


 まあそれはある。

 ドタドタと床を踏み鳴らしリビングに向かいドアを開け放つと、丁度帰宅した直後の父親が居たようで。急に入ってきた俺たちを見て驚いてる。


「な、なんだ?」

「お父さん!」

「あ、なんだ?」

「お父さんのせいだ」


 何が何だか分からんって顔してるな。怒りの矛先が父親に向いたようで、食って掛かる鴻池さんが居て、訳も分からず狼狽える父親の姿がある。

 父親の襟首を掴み「お父さん! 佑真君のこと認めてないの!」と問い詰めてる。


「な、なんのことだ?」

「だから、佑真君が事務次官にならないと認めないの?」

「事務次官? なんでだ」

「佑真君がお父さんは、そのくらいの人じゃないと絶対認めないって」


 俺に視線を寄越す父親だが「君は一体、娘に何を言ってるんだ」と。

 まずは落ち着けと、娘をなだめる父親だが、騒ぎから母親と姉もリビングに来て、全員雁首揃ったところで話をすることに。

 鴻池さんが落ち着くのを待ち、荒い息をしながらも涙を拭い、ソファにドカッと腰を下ろし落ち着いた頃合いを見計らう。


「それで、事務次官とか何の話だ?」


 父親に問われ鴻池さんが「佑真君がお父さんは事務次官以上じゃないと、人として認めないって」とか言ってるし。まあ確かにそうだろうよ。俺なんてザコに入れ込んでる状態が、好ましいわけも無いだろうし。

 ついでに「お父さんが相手を探すから、いずれ別れさせるって」とも言ってる。

 母親を見るとため息吐いてるし。姉もまたため息吐いてる。

 深いため息を吐く父親だが俺を睨むと。


「誰がいつ、そんな役職じゃなきゃ駄目と言った?」


 父親としては、相手の身分は娘が困窮しない程度で充分だと。貧困に喘ぐようだとさすがに文句も出るが、互いに納得して行けるなら口を挟む気は無いとも。


「常松君。私は好きにしろと言ったはずだが? 羽目を外せば注意もするが、娘が選んだ相手を排除してまで、男を宛がうことはしない」


 どうしてそのように思うのか、理解に苦しむとも言ってる。

 そこまで人でなしでは無いし、大切な娘ではあっても意思は尊重するとも。

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