Sid.49 同級生と初の出来事

 屋上で躊躇するなら今すぐ家に連れて行けと。そこで証明すると言い出した。

 奪えと。好きにしろと。何をされても文句を言わないし、やりたいように扱ってみて欲しいと。抵抗する意思は無いし、抱いてもらえれば理解してもらえるとも。

 泣きながらそう訴えるが。

 いやいや、さすがに、そんな鬼畜な所業はあり得ん。


「あのだな」

「信じてくれるなら、何をされてもいいから」


 無いんだっての。

 俺が幾らバカでも、そこまでして確認しなきゃいけない程、相手の気持ちを理解しないわけじゃない。


「疑ってごめん」


 眉尻が下がって悲しげな表情をしてるな。

 これが演技だったらアカデミー主演女優賞ものだ。さすがに演技ってことは無いだろうし、本当に好き放題されたらなんて、リスクを抱えるわけだし。

 それでもいい、ってことなら本気なんだろう。

 手を差し出し彼女の手を握り立たせると、しな垂れ掛かってきて背中に手を回してる。顔を胸元に埋め「本気だから。でも信じられないなら、好きにしていい」とまたも言ってる。


 抱き着かれてるわけだ。

 誰かに目撃されたら浮気者、と言って罵られること間違いなし。


 顔を上げると唇近付けてきたし。

 これはあれだ、キスを所望してる奴だ。鴻池さんも似たようなことをしてきたし。

 違いは鴻池さんと俺の身長差は大してない。この娘と俺では身長差が明確にある。彼女は背が低い。だから背伸びをして唇を近付けてくるわけで。

 柔らかそうで健康そうな色味の唇が迫る。嫌いな相手や、単に奪いたいだけの相手なら、キスだって絶対にしないだろう。

 つまりは本気。


 体を預けてきて、後ろによろけると、唇に柔らかい感触が触れた。


「あ」

「好き」


 ぎゅっと押し付けられ、そっと離れる唇。

 キスしたんだよな。触れる程度ではあるが。舌が絡むような濃厚な奴では無いけど、俺のファーストキスを奪われたわけで。

 鴻池さんが望んでいてもしなかった。それなのにこの娘とはしてしまった。

 そして手を取られると、だから何してくれてんの!


「あ、ちょ、ちょっと」


 問答無用で俺の手が彼女の胸に宛がわれてる。なんか知らんが、ブラの感触だろう。少し硬いんだよ。生がいいなあ。

 じゃねえ。

 まじで好きにしろってか。だがな、ここは学校だ。バレたら不純異性交友で退学処分を食らう。

 何とか手を払い退けて「ここ、学校だから」と言うと「じゃあ、家に連れて行って」と抜かすし。

 完全に火が付いてる状態なんだろう。宥め賺し落ち着いてもらう。


「返事は少し待って欲しい」


 頷いて体が離れると「期待していいのかな」とか言ってるよ。

 まあ俺に鴻池さんへの気持ちが無いことは知れた。そうなると希望の火は灯るわけで。

 ましてやキスもした。胸も軽く触れるまでに至ってる。確実に自分がリードしてると思うだろう。

 なんか流された。


 俺が先に屋上をあとにし、彼女はあとから帰るようだ。

 エントランスで待ち惚けを食らっていた鴻池さんが居て「遅い」とか抜かしてるし。


「なんか変」


 まさか気付いたのか。


「何かあったんでしょ」

「えっとだな」

「友だちさんから聞いたよ」

「え」


 女子に誘われたでしょと。


「別にそれ自体はいいんだけど、佑真君にはあたしが居る」


 他の女子には絶対に渡さないとか言ってる。腕を取り指を絡め体を寄せてくるし。


「ねえ」

「な、なんだ?」

「何きょどってるの」

「あ、いや」


 告白されたのかと。なんか女子の匂いが漂ってるから、何かあったのではと疑ってるし。

 隠しても仕方ない。


「クラスの女子に告白されて」

「されて?」

「えっとだな」

「キスされた?」


 なんでバレてるんだよ。いや、これは探りを入れてるんだろう。やったかどうか、なんてのは推測でしかなく、揺さぶりを掛けているわけで。

 まあ言ってもいいとは思う。鴻池さんに期待させるのも違うし。俺としてはあの娘の方が付き合う上で気楽だし。こっちはヘビー過ぎるし、俺がいずれ潰れるだけで。


「実は、された」


 ぎゅっと腕に力が篭もり、絡む指先にも力が篭もってるし。痛いっての。

 そして俺を見て口を尖らせてるし。


「あたしにはしてくれない」

「当然だ」

「何が当然なの」


 身分差の恋は成就しないんだよ。悲恋になるのがオチだ。どうしてもと言うならば、あのクソオヤジを何とかしろっての。絶対俺なんて認めないぞ。

 俺の身分が事務次官級か、最低限中堅企業の社長とか、何かしら無ければ認めるなんてあり得ないだろ。


「あのな、埋め難い格差が存在してるんだよ」

「そんなの関係無いでしょ」

「あるんだよ。鴻池さんの父親が、それを認めると本気で思ってるのか?」

「認めるも何も、自由にしていいって言ってる」


 アホか。そんな言葉を真に受けるなっての。

 本気で恋愛に及べば確実に反対してくる。少しは家柄を考えろとね。社会の底辺と社会のトップに君臨する鴻池家。みすぼらしい男にくれてやれるわけがない。

 恥だとしか思わないだろ。

 全てはステータスだ。金、地位、名誉名声、学歴、人脈。何もかも手にした男こそが相応しい相手。


「俺に何がある」

「これからでしょ。まだ高校生だよ」

「今の時点で何も無い奴が、先々何か成し遂げるとでも?」

「学年九位になれた」


 こんなのは序の口だろうと。自分に自信さえ付けば、確実に頭角を表すだろうと抜かす。

 あるわけ無いだろ。俺の両親を見れば理解するっての。アホなんだから。

 そうか、見てないんだっけ。

 かと言って連れ帰る気は無いし、会わせる気も無いし。

 面倒な。

 どうせ無駄なことなんだから、諦めてくれないかな。


「だったら、お父さんに言う」

「何を」

「あたしと佑真君がセックスするから、それでもいいよねって」

「アホか」


 ずるずる引き摺り鴻池さんの家に向かうが、正直、今日は自宅に帰りたい気分だ。

 キスした相手のことを思うとな。あっちも本気だと思うし、何より身分差が無いのがいい。見た目も派手じゃないし、豊かな胸も無い。それでも俺には相応しい相手、かもしれない。もっと下でもいいのかもしれないけど。

 上を望んじゃいけないのが俺だ。下だけ見て、その中からましな存在を探す。

 俺程度はそれが分相応だろ。


 結局、勉強する名目もあることから、鴻池さんの家に来てるが。

 玄関ドアを勢い開け放ち「お父さん帰ってる?」とか言って、リビングに入っていくが。


「まだ帰ってないみたい」

「忙しいだろ」

「そうだけど、でも大事な話なのに」

「言う必要の無い話だっての」

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