Sid.18 お嬢様の価値とは

 さっさと会計を済ませ弁当を手にしてる鴻池さんが居る。


「食べてくれないと無駄になるからね」


 自分は弁当持参してるから、これを食べるのは無理だと言ってる。つまりだ、強制的に俺に食わせるには、これ以外の手段がない、そう踏んだんだろう。

 遠慮して断られるから、先んじて手を打ってるわけで。

 無茶苦茶だ。金のある奴は何を考えてるか分からん。

 已む無く弁当を手にして学校に戻り、鴻池さんは一旦教室に行くと弁当を手にして、学食に一緒に行くことに。


 空いてそうなテーブルは、と見回すが、相変わらず視線が痛いな。

 嫉妬ってのは根深い。


「ここにしようか」


 女子生徒が三人居る六人掛けのテーブルだ。

 空いてる場所に陣取ると「男子混ざるけどいいよね?」と言って、俺を招き座らせる鴻池さんだ。

 女子の目がな。邪魔と思ってるのがありありだっての。

 俺って、女子から嫌われてんなあ。


 弁当を食っていると、先に食べ終えた女子連中が席を立つが、何やら聞いてるようだ。


「鴻池さんって、なんでそいつと」

「そいつ、じゃないよ。佑真君だよ」

「あ、えっと。なんで?」

「好きになったから。おかしい?」


 ああ、そうなの、って感じで離れる女子連中だ。どうにも女子の評判はよろしく無いな。俺が何をしたのか知らんが。嫌われるようなこともした覚えはない。むしろ接点が殆ど無いくらいで。

 なのに嫌われるって、女子ってクソだな。

 目の前に居る鴻池さんは貴重な存在かもしれん。悪食ってことで。

 まあ、世の中は広いわけで。妙な性癖を持ってるし、拾い食いする奴も居るんだろう。不潔なものに手を出すと腹下すぞ。


「なんか気に入らない」

「何が?」

「なんで佑真君の良さが分からないかなあ」

「良さなんてあるのか?」


 ある、と言い切ってる。


「声もそうだし、手の感触もいい。あとは心を開いてくれれば、きっと相性もいい」


 さいですか。


「身分差なんて無いけど、そんなの持ち出さなければ、もっといいんだけどな」


 どう足掻いても埋め難いものがある。

 住む世界が違うとも言う。俺なんてミジンコだぞ。水生昆虫に捕食され、メダカにも捕食されるだけの存在。そしてメダカや水生昆虫を捕食する上位者。さらに大型の捕食者が鴻池さんだ。

 食物連鎖の頂点に居るんだからな。ミジンコが鷲や鷹になれるわけもない。


「ごちそうさん」

「明日のお昼ご飯だけど」

「今日みたいなことは」

「持って来るね」


 はい?


「ひとり分も二人分も一緒だから」


 つまりは二人分の弁当を持参すると。


「食べ盛りで育ち盛り。なのに炭水化物ばっかり」


 体に悪いし成長にも良くないとかで、次からは用意してくると言う。

 自分で作ってるのか、と聞いてみれば「お嬢様とか言われて、何もできないって嫌だから」だそうだ。

 鴻池さんの手作り弁当ってことか。これ、他の生徒が知ったら、さらに嫉妬が激しくなるよな。後ろから刺されるかもしれん。


「それ、口外しないように」

「なんで?」

「刺されるぞ。俺が」

「なんで?」


 なんで、じゃねえっての。自分の存在価値を正しく理解してないな。

 そこらの女子なんて足元にも及ばない程に、その存在価値は高いんだよ。なんで自覚できないのか。


「そこらの女子が無精卵一個分だとすれば、鴻池さんは親鶏の価値」

「何それ」

「価値を生み続けるってことだよ」


 一回こっきりで消費されるだけの女子とは違う。多数の価値を生み出す女子だから、高付加価値を備えているわけで。

 卵一個をもらって満足するのか、親鶏をもらって卵を得るのか。

 それだけの違いがあると説明すると。


「佑真君って、時々変な例えを出すよね」

「変でも何でも、価値があるってことだから」

「でも、それを言うなら佑真君もだよ」

「あるわけ無いだろ。俺なんてのは鳥の糞だ」


 鳥の糞も俺の言い分なら、植物の養分になるから価値はあるとか言ってる。

 いや、ほんの少量だったら意味無いだろ。それこそ卵一個分に満たないし。


「まあいい。価値があると理解しろ」

「佑真君にとっての価値がいいなあ」


 他の誰でも無い、俺にとって価値があると嬉しい、とか言ってるし。なんだそれ。


「他の人はどうでもいいの。佑真君にだけ価値が分かってもらえれば」


 こんなの鴻池さんじゃなければ、素直に喜べるかもしれんが。

 相手が相手だけに喜べない。俺にとっては重荷にしかならん。しかも背負いきれないし、途中で挫けるのが関の山だ。自分の価値を正しく理解できてないな。

 相応しい相手ってのは、どこぞの御曹司であって俺じゃない。

 背負いきれるだけの力量と才覚の持ち主。俺には一切無いものだな。


 昼休みが終わり午後の講習を受け、それも終わるとすでに時刻は午後三時だ。

 こんな時間まで勉強漬けとは。

 午前に三科目、午後に二科目。これを週に四回。遊んでる暇なんて無いな。

 予習復習をしっかりしておかないと、次の講習で躓くことになるし。


 教室をあとにするが、廊下に出ると「常松。カウンセリングルームに」と教員に言われた。

 今ごろかよ。もう忘れてたっての。

 それにしても夏休み中にカウンセラーだか、なんだかが来たのか?

 暇だなあ。どうせ片手間でやってるだけだろうに。


 カウンセリングルームに向かう前に、鴻池さんにと思ったら、しっかり前から向かってくる。


「あのさ、呼ばれた」

「呼ばれたって、誰に?」

「たぶんカウンセラー」

「今ごろ?」


 俺と同じ感想を抱いたようだな。

 じゃあ終わるまでラウンジで待ってるね、ってことでカウンセリングルームに向かう。

 ラウンジとカウンセリングルームは一階にあるから、終わり次第迎えに行くと言っておいた。


 さて、その部屋の前に来たが。

 ドアをノックし「どうぞ」の声と同時にドアを開け、中に入ると馴染みのない顔が居る。

 これがカウンセラーか?

 テーブルがひとつ。椅子が向かい合わせにひとつずつ。そのひとつに腰掛ける中年のおばさん。


「座って」

「はい」


 指示に従い椅子に腰かけると「虐めの件だけど」と切り出してくる。


「名指しだったから、直接当事者に聞いてみたけど」


 認めるわけがない。聞いてどうにかなるわけないっての。


「やってないし、知らないって」

「そう言うのも当然ですね」

「それで、君からも聞いておくことに」


 どういう状況で何をされたのか、書き込んだ内容を繰り返す。アホクサ。

 目撃者は居ないのかとかも聞かれたが、そんなの分かるわけがない。


「あの」

「何かな」

「もういいです」


 無駄。

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