Sid.16 身分差は存在する

 とりあえず声優部の件は収まった。

 新部長に鴻池さん。元部長は降格となり平部員になったけど。独断専行で俺を虐めた罰だそうだ。他の部員に同級生の男子が居るが、そいつ以外はさすがに、やり過ぎじゃないかと思っていたらしい。

 嫉妬に狂っていた同級生の部員には、鴻池さんから直々に説教を。

 凄かった。言葉責めが。マゾじゃないと耐えられないだろう。まさに悪役令嬢そのものだったし。

 涙流して、ごめんなさいしてたな。


 それを見ていた他の部員は、急に俺に対して気遣うようになった。

 とばっちりは御免ってことだろう。


 でもなあ、普通に考えたら幾ら美貌を持つと言っても、ここまで人が従うものだろうかと思うわけで。

 ただ、それも、日本を代表する経営者の娘ってことで。背後に見える代紋の効力は極めて高い。いや、別に八九三では無いが、その威光がな。

 つまりはバックが強過ぎることで、平伏するしか無いってことだろう。

 別に権威を笠に着てるわけじゃない。それでも睨まれたら人生詰む可能性を考慮したんだと思う。

 やっぱり、日本には身分制度があるよな。


 部活を終えて帰宅途中に鴻池さんが「他にもあるでしょ」と言い出した。


「何が?」

「相談したんでしょ。結果は?」

「まだだけど」

「どうせ何もしてないと思うよ」


 鴻池さんに関して問題が発生すれば、即座に学校も対応するだろうと。しかし、俺くらいだと学校は一切動かないと見ているようだ。

 それって寄付金の額だよな。鴻池さん曰く、相当な額の寄付をしているらしい。娘に何かあったら全力で守れ、ってことだろう。まあ、何かってのは虐めだろうけど。

 聞くと認めてるし。


「別に融通利かせろ、なんて言って無いからね」


 成績の嵩上げや教員による忖度ではなく、虐めを筆頭に犯罪行為があった場合は、当該生徒を即座に退学させるってことで。

 公立では難しいことも、私立だからこそ可能になることもある。


「何かあったら、すぐ相談してって言われてるから」


 俺と鴻池さんじゃ、学校の対応に雲泥の差があるな。


「だからね、利用できるものは利用するの」


 相談しても音沙汰無しなら鴻池さんが捻じ込む、と言ってる。


「あたしが言えば動かざるを得なくなるよ」

「いい」

「なんで?」

「借りがひとつできてる。返せないし」


 借りじゃない、とか言ってるけどさ、女子に何とかしてもらってるわけで。

 自力での解決じゃない。それだと甘えに繋がるだけ。そして何より俺が鴻池さんを利用することになる。まさに虎の威を借る狐だ。もし鴻池さんによる解決となれば、周囲も俺に対して気さくに接することも無くなるだろう。ますます友だちが居なくなる。

 不興を買えば報復が別の所から来るんだからな。


「ってこと」

「そう思うんだ」

「事実だ」


 じゃあ手助けしない、だそうで。

 余計なことをすれば俺の立場が悪くなるだけ。部活の件は起きてしまった以上、已む無しだけど、これ以上の介入は避けるべきだし。


「でも、何も無いって怠慢だよね」

「学校なんてそんなもんだと思う」

「学費払ってるのに」

「寄付金の額でランク付けしてるだけだろ」


 トップは勿論、鴻池さん。学校は全力で守る責務を負う。対して俺はと言えば、寄付なんてしてるのかどうか。学校が守る理由なんて無いだろうね。学費以外に旨味が無いんだから。そこは平等だけどな。それ以外の部分がでかい。

 逆に不祥事を起こせば即退学だろうなあ。

 身分制度ってのは資本主義に都合がいいな。金のある奴が絶大な権力を握れるんだから。

 犯罪だって金次第でやらかす連中は後を絶たないし。金積めば人だって殺すし。

 それもこれも金が全てだからだ。金が無けりゃ資本主義社会で生きていけない。


 駅で別れ際に「耐え難くなったら言ってね」と。

 我慢して耐えて不登校になったり、自殺にまで追い込まれるようなら、さすがに看過できないからだそうだ。

 その時は鴻池家の力を使ってでも、元凶を徹底的に排除するそうだ。

 怖いな。


 数日後。

 終業式を迎え、いよいよ夏休みだ。

 帰宅するのだが、やっぱり本格的な暑さになっても、指が絡み腕を絡めべったり張り付いてる。実に暑苦しい。

 俺を見ると、また持ち出してきた。


「相談の結果出た?」

「無い」

「やっぱり何もしないんだね」


 期待はしてなかったし、とりあえずカウンセリングルームがある、と体裁を整えておけばいい程度なんだよ。

 勉学以外の余計なことをするな、ってことなんだから。

 揉めたり虐めがあっても、学校は関与しないってこと。所詮は金だ。寄付金を払わない存在なんて、居ても居なくても一緒だからな。

 その辺は金云々関係無い公立も同じだろうけど。虐めは発生しない前提。発生すれば揉み消すだけ。事なかれ主義が蔓延してるのは、何も学校だけに限らないだろうけど。

 耐えられなければ来なけりゃいいんだよ。その程度だ。


「夏期講習だけど参加するの?」

「塾だの予備校には通う余裕が無いから」

「デートは?」

「無い」


 週に二回くらいいいじゃないか、と文句言ってるよ。

 毎日とか言ってなかったか?


「毎日はあれだけど、週に二回とか三回くらい」

「そんな暇は無い」

「あるでしょ。毎日朝から晩まで勉強するの?」

「その予定だ」


 俺なんてバカだから死ぬ気で勉強しないと、難関校なんて行けるわけがない。

 怠けてる時間なんて本来は一切無いからな。


「じゃあ、あたしの部屋で勉強しようよ」

「不可能だ」

「何が不可能なの」


 行けるわけ無いだろ。俺みたいな底辺が超セレブの家にとか、行った瞬間、叩き出されるっての。

 身の程を弁えない愚か者が敷居を跨げると思ってるのか、と言われる。

 ついでに「誰の許しを得て娘と付き合ってるのか」と言われ「すぐに別れろ。でなければ、二度と日の目を浴びられると思うなよ」とか言われるだろうよ。親にしてみれば、俺なんてのは花を食い荒らすコガネムシだ。害虫でしかないのだから、駆除されるだけで。

 決して益虫では無いな。せめてハナムグリに生まれたかった。


「ってことだな」


 物凄く機嫌が悪くなったようだ。

 頬を目いっぱい膨らませ、口を尖らせて「そんなわけ無いでしょ!」と怒ってる。


「あたしの親を何だと思ってるの?」

「ハイパーセレブ」

「普通だってば」


 こんなの平行線だ。相互の認識が合致するなど永遠に無い。

 家では蝶よ花よと愛でられてるだろう。大切な娘なのだから。薄らこ汚いクソバエなんて駆除するに決まってる。

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