Sid.15 堪忍袋の緒は切れた

 夏休み前に一度だけ部活がある。

 鴻池さんと手を繋いで部室に向かうわけだが、この状態のまま入室すれば、白い目で見られるのは自明の理。

 手を振り解こうとしたら「手ぐらい繋いでてもいいでしょ」と言って、振り解くことを拒絶された。

 結局、別棟へ移動し部室のドアを開けると、奇異な視線と嫉妬塗れの視線がな。

 だが、鴻池さんが来たこと自体は大歓迎のようで、男子も女子も場所を空けて「鴻池さん、ここどうぞ」だってさ。こいつら、なんか腹立つ。


 空けた場所には腰掛けるはずも無い。ひとり分だからな。俺と並んで腰掛けるのが鴻池さんだ。分断されて喜ぶわけ無いだろ。

 どいつもこいつも、俺と鴻池さんが付き合うことを認めたくないんだな。男子に至っては許すまじ常松、とか思ってるんだろう。ここで口にすると鴻池さんの心象悪化を招く。だから誰も口にはしない。あとで盛大に愚痴るんだろうよ。


 活動を始めるって言うか、夏休み中の活動方針を決めるようだ。

 それと鴻池さんを見て「今後参加してくれるんだよね?」と聞いてる。それに対して「佑真君と一緒に出るから」と言うと、歯軋りしてる奴が居るし。

 それでも、話しを進める必要はあるわけで。


「あ、えっと。鴻池さんが来てくれたんで、配役を決め直したいんだけど」


 部長の言葉に全員頷いてる。

 少しでも多く人を集めるために、悪役令嬢の声は全員一致で鴻池さんを推す。

 見た目だけじゃなく声も可愛いのは確かだ。これ程までに完璧な女子は早々居ないだろう。ただし、性癖には難が大ありだけどな。

 人は完璧よりひとつくらい、欠点があった方が魅力を増すのだろう。

 欠点も含めて完璧ってか? ますます、俺には相応しくない。俺の場合はひとつだけ良い点があって、他は欠点しかないわけだ。声に惚れたってことだから、声だけ。


「台本は書き直したから、新しいのを渡すけど大丈夫かな?」


 聞かれて俺を見て「悪役令嬢って、あれだよね。変な話し方の」とか言ってる。

 ですの、ですわ。の人だと言うと「お嬢様のイメージって、みんなこうなの?」と聞かれたから、そうだと言っておく。分かりやすいテンプレってのも必要だからと。

 テンプレお嬢なら誰でも即座に理解が及ぶ。現実のお嬢様なんて知り得ない人が大半。だからテンプレが必要になると説明すると、妙に感心してたけど。


「じゃあ受けてもいい」

「やった。これで観客増を見込めるな」


 喜んでる。部員全員が。俺としては、どうでも良くなったけどな。だって、配役が雑魚敵とモブだからね。ぎゃー、とか、ぐわっ、とか死に際の声だけ。勇者だの敵ボス役は部長だったり、他の生徒がやることになってるし。女子部員も魔法使い役とか、お姫様役だ。

 当初、令嬢の側付き剣士役を宛がわれていたけど取り消されたし。

 嫉妬からの配役変更って。


 白けた。

 帰ろう。


 まだ終わらない状態だけど席を立つと「まだ終わってないぞ」と部長に言われるが。他の部員の視線も集まってるようだ。

 鴻池さんも俺を見て「どこ行くの?」と聞いてる。


「雑魚とモブなんて打ち合わせの必要無いですよね。居ても居なくても一緒だと思いますが?」


 ムスっとしてるけど、まじでこの学校の生徒って、上級生含めバカしか居ねえ。


「帰るの?」

「死に際の声だけなら参加してても時間の無駄だし」

「あたしも帰ろうかな」

「主役が帰ったら駄目でしょ」


 鴻池さんが部長に向かって「佑真君の元々の配役って何だったんですか?」と聞かれ、視線を逸らす感じで「側付き剣士」と言うと。


「何で変更したんですか?」

「えっと、実力的に」

「じゃあ、他の生徒は実力があるんですね?」

「え、まあ、それは」


 歯切れの悪い受け答えに「分かりました。あたしも帰ります。部活って楽しくやるものだと思うので」と言って、俺の手を引き「ここにもバカしか居ねえ」と捨てセリフを吐いて、部室から出ようとしてる。

 さすがに狼狽えたのか部長が「あ、あのさ、常松の役は元に戻してもいいんだけど」とか言い出すし。

 俺の手を握る鴻池さんの手に力が篭もってる。


「佑真君と付き合ってることが悔しいなら、自分を引き上げる努力をしたらどうなんです? 落として排除して、あたしが喜ぶと思ったんですか?」


 そのあとも延々、雰囲気悪いし頭まで悪いんじゃ、こんな部なんて無くなった方がいいとまで言い出すし。


「あたしが部長として声優部を立ち上げた方がいいですね」


 すぐに人なんて集まるだろうと。そうなれば、こっちが潰れるのは目に見えてると。現声優部の面子は排除するから、と言ってる。同じ名称の部なんて二つも要らないし、自分が中心になれば、もっといい雰囲気の部になるはずだからと。

 堪忍袋の緒が切れたのだろうか。俺も切れたけど。

 

 部員の表情を見るとばつが悪そうな。


「佑真君とあたしの退部届は明日出しますから」


 俺もかよ。まあいいけど。どうせこんな雰囲気でやってても楽しくないし。

 なんか知らんけど、部長が大慌てで「あ、いやあの、それ困る」とか言ってるし。


「困るようなことをしたのは、ここに居る部長含めた部員ですけど?」

「あ、う。そうなんだ、よな」

「じゃあ引き留めるなんて不可能と知ってください」


 他の部員からぼそぼそ声が漏れてる。


「常松を嫌ってるわけじゃないし」

「部長が勝手に変更しただけで、了承して無いのに」

「そうですよ、部長が勝手に変更しただけで」

「なんか、ごめん。常松とか鴻池さんの気持ち考えてなかった」


 結局、部員全員が俺と鴻池さんに頭を下げてる。

 こんなことで声優部が無くなるのは嫌だし、不愉快にさせたことは謝罪すると。

 部長はなあ。悔しそうだけど「申し訳ない。楽しく活動ってのはその通りだし」と、声を振り絞るように謝ってるんだよな? 今ひとつ、謝罪の気持ちが無いように見えるけど。


「部長は降格処分であたしが部長やります」

「え」

「謝罪って、どういうものか理解してませんよね?」


 嫉妬で腐った性根は正せない。だとすれば部長がその地位に居ると、何度でも雰囲気が悪くなる。どうせ来年には卒業するのだから、さっさと引退しろと引導渡そうとしてるよ。

 鴻池さんに責められて、すっかりしょげてるな。

 しかし、責められた部長が取った行動には驚いた。


「土下座って」


 上級生のプライドも何も無いな。

 部長の座は鴻池さんに渡すそうだ。だから残って欲しいと懇願してた。

 他の部員も驚いたようだ。

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