Sid.14 お嬢様からのお恵み

 期末考査も終わり夏休みまで残り一週間。

 テスト結果はタブレットで確認できる。結果に関しては誤答の場合、添削指導もされていて、しっかり学び直せるシステムではあるが。

 それにしても。

 どの程度の順位に居るのかは分からないが、全科目の平均点が八十点台とは。自慢にもならない平凡な数字だ。教員の評価としては「もっと頑張りましょう」ってことで。

 最低でも九十点台に載せないと、学力が不足していると看做されるようだ。

 ま、目指せ最難関校だからな。最低でも難関校とか抜かすし。

 私立校は実績が全て。最難関校への進学率が上がれば、それだけ優秀な学校と世間は見る。そうやって実績を作り生徒を集めないと、いずれは潰れるわけだ。

 少子化ゆえに生き残りに必死なんだろう。


 午前の授業が終わり学食に向かうと、正面から駆け寄る存在が居るわけで。昼も一緒にとか言ってたからだ。

 正面に立ち手を取ると「お昼一緒だからね」と言って、足早に学食に向かおうとする。当然だが、周囲の視線が突き刺さるが、まるっきりお構いなしだな。


「あ、テストどうだった?」

「普通」

「普通って」

「平凡」


 勉強できそうなのに、普通とか平凡の意味が分からないそうだ。俺が勉強できる?


「俺って、どう見えてるんだ?」

「あたしより勉強できそうに見えるけど」


 そうか。俺よりバカだと国公立は無理だぞ。俺には無理だから文系特進にしたんだし。一応、難関校レベルを目指すってことで。ああでもあれか、国立にしても公立にしても、最難関校を目指さなければ、それなりの頭でも入れる大学はあるのか。私立の最難関校に比べれば、楽に入れそうな大学はあるし。


 しっかり絡む指先と肩を寄せてくる変態。

 さすがに一緒に居ると、背中を殴る奴は居ないようだ。先日、鴻池さんが怒って見せたからだな。

 学食に着くと「お昼って、いつも何食べてるの?」と聞いてくる。


「うどんか、ラーメン」


 食品サンプルの入ったガラスケースの前で、俺の顔を見て少し呆れてる感じはある。


「育ち盛りなんだから、もう少しちゃんとしたものを」

「金が無いんだよ」


 少ない小遣いで遣り繰りしなければならない。昼飯代込みで月額一万円。昼飯だけで小遣いとして受け取った金は無くなる。この学校、バイト禁止だから金も稼げないし。


「小鉢一品くらいなら奢るけど」


 凄くそそられる提案だが借りができそうで嫌だ。

 断腸の思いで断った。


「遠慮しなくていいのに」

「借りができると何を要求されるか」

「要求なんてしないし、貸しとか思わないし」


 とりあえず、うどんをオーダーして受け取るが、鴻池さんは定食にプラスして、煮物を追加してる。金あるなあ。定食、五百円するんだぞ。煮物の小鉢が二百円だし。俺が頼んだうどんは三百円だ。七百円も毎回出せるのか。

 羨ましい。


 六人掛けのテーブルに三人分の空きがあり、二人組の女子に声を掛けて腰掛ける鴻池さんだ。


「佑真君も」


 女子の視線が「何こいつ、邪魔」と思ってそうで。ついでに「なんで、こんな奴が鴻池さんと付き合ってるの」って感じだよな。鴻池さんに相手を選べと言いたいんだろうな。

 男子からのヘイトだけじゃなく、女子からのヘイトも買ってるなんて。

 そんなに不釣り合い、だよな。片や貧乏人で成績が並み。片や大企業のお嬢様。

 日本に身分制度は無いはずだが、しっかりあるんだよ。法の下の平等なんて所詮は建前に過ぎない。金のある奴が偉い。権力のある奴が偉い。金も権力も無い奴は奴隷ってなもので。上流階級の存在に逆らうなんてのも、現実には不可能だし特権を得てるし。


 自己責任論なんてのが出てきて、しっかり階層が固定化されたよな。貧乏なのは努力不足、と言っておけば世の中は「その通りだ」と言う。機会均等であれば社会に問題は無い、ってのが金持ちの考え方だし。貧乏人もなぜかそれに倣う。アホだ。

 そこに搾取の構図があると気付けないのだから。

 世界でも稀に見る低賃金だろ。三十年以上も所得は上がらず、庶民は安物を買って満足してるわけだ。実質所得は物価高騰、増税の影響で下がってるってのに。


 テーブルに着き女子の突き刺さる視線を無視し、うどんに手を付けると「これも食べていいよ」と言って、鴻池さんが煮物の小鉢を差し出してくるし。


「借りを作りたくない」

「借りとか貸しじゃないってば」


 育ち盛りの男子が粗食でどうする、と言われ押し付けられた。


「あたしは食べないからね。残したら勿体無いよ」


 こんなやり取りをしていると、冷たい視線が俺に突き刺さる。同じテーブルの女子だ。恵んでやってるんだから、素直に受け取れよと思ってそうだ。クズが、なんてことも思ってるんだろうな。

 目は口ほどにって言うが、確かにそうだ。この場から逃げたい。


 昼飯が済むと席を立ち移動しようとするが、鴻池さんはまだ食い終わってない。


「あ、佑真君。待って」

「まだ食ってんのかよ」

「だって」


 金持ちってのは優雅に飯を食うんだな。貧乏人ってのは奪われる前に、口に放り込んでしまうんだよ。奴隷如きは、のんびり食ってる暇は無い。

 已む無く席に着くと「食べるの早過ぎ」だそうだ。


「もっとゆっくり食べないと、体に悪いよ」


 うどん程度、早食いするまでも無い。すぐに無くなるのだから。

 鴻池さんの食事が済むと席を立ち、ああ昼休みも残り十五分しかない。どこで過ごすも何も、移動して落ち着いた頃にチャイムが鳴る。

 校舎二階にあるラウンジに移動し、空席を探すが、無いよなあ。飯食うのが遅いんだよ。みんな空席を求めてるわけだし。


「座れないね」

「早食い理由のひとつがこれなんだよ」

「じゃあ教室で」


 教室に戻る頃には午後の授業が始まるっての。それでも教室に居る必要があるから、手を繋がれたまま教室へ移動する。

 周りの視線が痛い。揃いも揃ってヘイト剥き出しだな。実に醜い。


 文系特進の教室に入ると、教室内に居る生徒からの視線が、一斉に俺と鴻池さんに降り注ぐ。

 勿論、声を掛けてくる奴は居ない。お陰ですっかり孤立状態だし。

 ため息しか出ないぞ。


「なんかよそよそしいね」


 お前のせいだっての。少しは自覚しろ。お嬢ってのは鈍いのか?

 身分差の恋なんてフィクションだから憧れていられる。現実に身の回りで発生すれば、これこの通り、嫉妬と憎悪に塗れた感情に支配される。

 人間ってのは嫉妬する生き物だからな。それを臆面もなく出すから手に負えない。

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