Sid.13 お嬢様の提案は無し

 面倒になり、とりあえずカウンセラーに相談中、と言っておいた。事実だし。

 カウンセラーなんて居ても、何ら解決しないだろうけどな。生徒が白を切り通せば追及も無くなる。あのバカどもが口を割るはずも無いし。そうなりゃお手上げ。

 野放しにされるのがオチだ。

 仮に弁護士を挟んでも結果は同じだ。今度は親がしゃしゃり出てきて、うちの子がそんなことするわけがない、と言い切って犯人扱いするなってな。

 子がバカなら、その親は輪を掛けてバカなんだからな。救いようがない。

 バカの連鎖は止まらない。子々孫々受け継がれるわけだ。


「ねえ」

「なんだ」

「楽しくない」


 それもそうだ。俺が不機嫌だから余計に楽しくない。

 この気分を一掃するには、偽装恋人の関係を解消すればいいだけだ。あ、そう言えば本気だとか言ってたんだっけ。そうは思って無いけどな。

 名前も知らなかった相手に本気になるのかっての。口から出任せばっかりだ。


「今日は寄り道しないで、まっすぐ帰る」

「つまんない」


 手を取り指を絡めた先をじっと見つめてる。


「楽しくデート気分と思ったのに」


 顔を上げると「教えて、誰が虐めてるのか」と言い出す。放っておけっての。言えば言ったで俺に対しての報復がある。あの手の手合いってのは、絶対に反省なんてしないんだから。そもそも嫉妬から来てる。感情から湧き上がるものを、飲み下すには幼過ぎるんだよ。バカだし。知能低いし。


 駅に向かって歩くが、相変わらず手は絡んだまま。

 これが揉めごとの原因なんだけどな。少しは理解してくれ。


「あ、ねえ。部活だけど」


 夏休み中に活動はあるのか、と聞かれるが。

 夏期講習がメインで部活は殆どない。週に一回程度と伝えると「少ないね」だそうだ。この学校、勉強だけやってりゃいいんだよ。部活なんて勉強の邪魔になる、くらいの考え方だし。そのせいで文化祭も盛り上がりに欠ける。

 秋になると放課後も講習があるらしい。最難関校や難関校を目指せってことだ。

 代わりに塾だの予備校に通わずとも、現役で合格できる実力を身に付けさせるとか。


「この学校って勉強ばっかりだね」

「青春を謳歌したいなら公立だろ」

「そうみたい。なんか失敗したかな」


 お嬢様なんだから偏差値に関係なく、女子高にでも行けば良かったんじゃないのか。そうすれば群れてくる野郎どもに、煩わされることも無かっただろうに。

 私立の共学なんて入ってもな。俺もだけど。

 つくづく公立校にしておけば良かった、なんて後の祭りだ。

 そもそもは公立の第一志望を落ちたのが原因か。すべり止めだったわけで。


「この学校ってさ、公立落ちた奴多いらしい」

「そうなの?」

「だから偏差値の割にはレベルが低いんだよ」


 それをカバーするために、丸一日、夜まで延々勉強漬けにする。そうやって無理やりやらせて進学率を高める。それでも大した成果は出てないみたいだけどな。

 元より地頭の悪い奴が来てるんだから、無理もあろうというものだ。俺も含めて。


 学校最寄り駅に着くと「デートしたかったな」とか言ってるし。

 指を絡め撫でて擦って、何してんだか。


「あ、ねえ、なんで文系特進?」

「理系だと無理が来るから」

「そう、なんだ」


 鴻池さんは国公立文系特進。まあ勉強はそれなりにできるんだろう。優れた美貌を持ち、頭脳もそれなりに明晰。ただ変態。

 せめて同じクラスだったら良かったのに、とか言われてもな。

 各々ホームに向かうが、名残惜しそうな顔されてもなあ。本来ならファストフードで、楽しく会話していたなんて思ってるんだろう。


 ホームに下りると向かい側で手を振ってるし。いちいち目立つなあ。

 電車が来て乗り込み家に帰るが、やっぱり家には誰も居ない。


 自室に篭もり勉強でもするか、と思ったらスマホにDM。


『夏期講習って強制じゃないでしょ。週に三回くらいデートしようよ』


 多いっての。

 デート代だってバカにならないし。そもそも偽装関係で何が楽しいのやら。

 あ、本気とか寝言抜かしてたんだっけ。あと、声に惚れたのであって、俺という人間に惚れたわけじゃないよな。声を聞きたいだけなんだから。

 だったら録音した音声聞いてればいいと思う。いちいち会わなくても、それで充分だろうに。

 電話は合成音声だけど、生で録った音声なら問題無いと思う。


 返信には週に一回、としておいたが、即座に返信が届き「どうして? 毎日でもいいくらいなのに」って、アホか。

 週三が毎日とかあり得ないんだっての。

 俺も勉強しないとヤバいから、デートは週一で、としたが納得しないようだ。


『図書館でもデートできる。勉強とデート兼ねて』


 図書館だと会話できないぞ、と返すと「あ、じゃあそっち行く」とか抜かすし。来るなっての。俺だって一応男子だ。性的なことに興味はあるし、気が散って勉強どころじゃなくなる。

 無理、と伝えると「じゃあうちに来てよ」じゃねえっての。虎穴にわざわざ飛び込むバカは居ない。虎子を得る気は無いんだし。俺と言う人間に関心があるわけじゃないんだし。声だけだし。あ、一応あれか手の感触もか。

 絶対行かない、と返すと電話が掛かってきた。


『遊びに来るくらいいいでしょ!』

「いやだ」

『別に取って食われたりしないってば』

「駿河湾に沈められる」


 そんなわけあるか、と言ってるが、日本を代表する経営者の娘に相応しいわけがない。速攻で排除されるのがオチだ。娘の経歴に汚点となる存在を許すかっての。

 どうせ親が吟味に吟味を重ねて、相手を用意するだろうし。どこぞの大企業の御曹司辺りと結婚しろと言われるんだから。住む世界が違うと認識するべきだな。

 取るに足らない小僧なんて、家の敷居を跨げるなってなものだ。


『なんか酷い言い分』

「金持ちなんて所詮そんなものだ。特権階級意識が肥大化してるからな」

『違うのに。なんでそんな言い方するの』

「金を稼ぐってことは、多くを踏みつけ足蹴にしてこそだ」


 大企業なんて経営者以外は奴隷じゃねえか。

 端金で扱き使って挙句使い捨て。代わりは幾らでも居るし、補充も毎年できる。大企業ってことで、わざわざ死地に赴く学生は多いだろうし。

 行けば人間扱いなんてされない。搾取してなんぼ。


「それが大企業だろ」


 電話の向こう側で「違うのに」と小さく呟いているようだ。


『偏見が過ぎるよ』

「偏見じゃない。事実だ。言っても立場の違いがあるから、平行線だと思うけどな」


 近く誤解は解くそうだ。

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