Sid.12 食い下がるお嬢様

 痛むケツをさすりながら椅子に腰掛け、周囲を軽く見回すが、こっちに視線を向ける奴が居ることで、おおよそ犯人の目星は付いた。

 担任にチクっても握り潰されるから、カウンセリングルームで相談しておこう。自力で解決を図ろうとすると、問題行動を起こしたと受け取られる。そうなると悪いのは俺じゃなくても悪いことになる。理不尽だ。

 所詮、教員なんてのは成績優秀者しか見ない。クラスの上位十人くらいは目を掛ける。それ以下は自力で這い上がれ、ってのがこの学校の方針だし。そのための補助はあっても自分次第。基本理念が自己管理だしな。

 落ち零れる奴の面倒を見るわけもない。生徒なんて金づるでしかないのだから。


 テストが終わり帰り支度をし、教室を出て先にカウンセリングルームに行く。

 不愉快な気分から、すっかり忘れていたと気付いたのは、エントランスホールに行ってから。


 とりあえず報告としてカウンセラーに相談、と思ったが期末考査中は無人だった。役に立たない。週に二回しか来ないってのもあるし。

 仕方ない。相談内容は学校が運営するサイトに書き込む。そのうち気付けば内容を読んで、何らかの対応を取るだろう。放置されることが大半だとは思うけどな。

 グループのリーダーと、取り巻きの生徒の名を挙げて、書き込んでおいた。聞き取り調査ののちに処分が下ることを願う。仮に聞き取り調査があっても、どうせ言い逃れに終始するだろうけど。やってないって言い張るのが目に見えてるし、知らぬ存ぜぬ、関与して無いと言って逃げる。そんな奴らが社会に出ると、平然と不正を働くだけなんだがなあ。


 カウンセリングルームを出てエントランスホールに向かう。

 ひとり佇む女子が居る。

 ああ、忘れてた。今日のテスト後にファストフードとか言ってたんだ。

 近くに行くと、涙目で膨れっ面を晒してるし。


「ごめん」

「遅れるならDM入れてよ」


 元はと言えば、こいつが原因なんだけどな。嘘かほんとか知らんけど、俺に惚れたとか言って見せ付けることで、俺に強烈なヘイトが集まった。

 少しは責任感じろっての。


「悪かったよ。今度から対処する」

「言い訳、しないの?」

「しない」

「凄く不機嫌そう」


 でもしない。不愉快ではあっても、それを言って解消されるわけじゃない。校内でイチャイチャしてたら、解消されるわけも無いし。

 弾除けは弾除けの仕事を熟すだけだ。

 ああ、なんか、本気で惚れられてるとは思えないな。やっぱ違うと思う。


「少し遅くなったけど時間大丈夫?」

「一時間程度だろ? 問題無い」

「じゃあ行こうか」


 そう言って俺の手を取り指を絡めて歩き出す。

 学校を出ると店に向かう間に、こっちを見て「ねえ、何かあったの?」と聞いてくるが。


「別に」

「さっきから不機嫌」


 言いたいことは言って欲しいそうだ。


「クラスでなんかあった?」

「無い」

「嘘」

「無いっての」


 もしあるなら鴻池さんが直接言うそうだ。俺が言うより揉めずに済むはずだからと。むしろしっかり説教してあげる、とか言ってるし。

 自分と付き合うことで、不利益があるなら排除したいそうだ。

 いろいろ絡まれたり、暴行を加えられたりしてるけどな。


「我慢しなくていいんだよ」

「してない」

「なんか素直じゃない」

「充分素直だ」


 握られる指先に力が篭もると「頑固だ」とか言ってるし。


「原因はあたしでしょ。だったら、あたしが解消するべき問題」

「どうでもいい」

「なんで、そんなに投げやりなの」


 不機嫌な顔して、こんなの楽しくない、だそうだ。そりゃそうだ。

 俺も楽しくないし、今後も続くと思うと憂鬱だし。その憂鬱ってのは、鴻池さんの弾除けに関してと、同級生による嫌がらせの二つが原因だ。

 ため息しか出ん。


「ため息。なんで言ってくれないの」

「必要性を感じない」

「あたし、好きだって言ったよ。問題があるなら共有してよ」

「無い」


 急に立ち止まると指を振り解き、前に回り仁王立ちになってる。


「こんなの嫌なの!」


 怒ってるし。俺に怒りをぶつけるなら、そもそも付き合うとか言わなきゃいい。

 

「自分に原因があるなら、佑真君に迷惑が及ばないようにしたい」


 だから言えと。クラスに殴り込みに行って、愚かな行為に及ばないようにするとか。


「守るって言ったじゃん。嘘じゃないんだよ」


 少し声のトーンが落ちて、肩を落とした感じになってる。


「全然、心を開いてくれない。好きな気持ちに嘘なんて無いのに」


 疑ったままで信じてもいない。

 勝手に舞い上がって、自分がバカみたいだと。とは言え、自分もまた舞い上がる男子を足蹴にしてきた。その報いなのかなあとか弱気になってるし。

 俺の手を取り「信じてよ」と俯きながら、弱々しく訴える鴻池さんが居る。


 暫し手を取られたまま立ち尽くしていたが、顔を上げると「エッチしてもいいよ」とか言い出す。

 こんな状態じゃ埒が明かないし、信用されないなら抱けばいい、ってのが結論のようだ。


「今まで誰にも触れさせてないから。初めてが佑真君」


 それなら信じてもらえると考えたようだけど、そんなリスクしか無いことをできるわけがない。仮に親に知られたら、どうするんだよ。俺みたいな奴が手を出した、なんてことになったら、今以上に手に負えない事態になるだろ。

 こいつの親は日本を代表する経営者。その娘だからな。そこらの軽薄な女子とはレベルが違う。

 コンクリに詰められて相模湾に沈められるっての。

 面倒な。


「安売りするな」

「安売り?」

「俺に体をなんて、大安売りの大バーゲンだ」

「なんで」


 理解しろよ。自分の価値を。引く手数多の大人気商品。しかも一点もの。

 それをどこの馬の骨か知らん奴が、抱きましたなんて言ってみろ。まじで殺されれるっての。

 翌日には晒し首になってるぞ。


「親の理解も無しにできるかっての」

「許可なら取るけど」


 バカなのか。


「俺が相手でどうして許可が出ると思う?」

「好きな相手なんだから、親が口出すことじゃないでしょ」

「それでも、俺もお前も親の庇護下に居る」


 口出しするなと言うなら、ひとり立ちしてからの話だ、と言うと「確かにそうだけど」と、一旦冷静になったようだ。

 学費から生活に至る全てを親に頼っていて、親が口出すななんて言えるわけもない。一人前の口を叩くなら、相応の立場になってからだろうに。


「違うの。そうじゃなくて、問題があれば」


 自分に解決できることはあるはず、と言って譲らん。

 堂々巡りだな。

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