Sid.11 フェチな上に変態

 こっちが恥ずかしい。

 往来のど真ん中で囁き恍惚とする変態プレイ。


「綾乃。愛してる」


 名前込みで三度みたび言わされると、目をキラキラさせて「あたしも愛してる」じゃないっての。綾乃愛してる、だと台本と違ってくるだろ。それとも本当に悪役令嬢になるのか? イメージは近いかもしれんけど。

 手を取り指を絡めると「帰ろうか」と言って、手を引き歩き始める鴻池さんが居る。


「このしっとり具合がいいんだよ」


 変態め。

 何度手を繋いでも簡単には慣れてくれない俺。心臓の鼓動が早鐘を打つが如しだ。しかも数日前と違い、今回は好きだと言われてる。いや、愛してるなんて寝言もだ。

 そうなると緊張の度合いもさらに増すわけで。

 待望の彼女ができた、と素直に喜べない。何事も過ぎたるは及ばざるが如しだからな。身に余る光栄どころじゃない。超絶格差を前にして、平常心なんて保てるかっての。

 それでもお構いなしな鴻池さんだ。


「あのね、お願いがあるの」

「いやだ」

「もう。耳元で囁いて欲しいだけだってば」

「だから、それが嫌だっての」


 そのくらいいいじゃないかと。減るもんじゃないし、多少、過激なことを言われてもいいと。過激ってどんなことだよ。


「異常性欲者、とかか?」

「違うってば。服脱がしちゃうぞ、とか」

「言えるかっての」


 吹っ切れば言えるはずだと。まだ照れがあり過ぎるから、言葉をスムーズに紡げないのだとかで。服脱がしちゃうぞ、なんて言えるわけ無いだろ。頭おかしい。

 そりゃ男だから、服の中身は気になるけど。だからと言って、言えることと言えないことがある。


「あ、パンツ脱がすぞ、でもいいよ」

「変態」

「興味無いの?」

「ある」


 だったら言えばいい、じゃねえ。

 犯されてる感じもいい、なんて、本当に犯されたら一生トラウマだろうに。

 なんか感覚が一般とずれてる気がする。


 学校最寄り駅に着くと「明日で期末考査最後だから頑張ろうね」と言って、手を振って別れる。

 と思ったら、駆け寄ってきて「あのね、もう一回だけ」とか言って、おねだりする変態が居る。こんな衆人環視の中で囁けるかっての。時と場所を選べ。


「電話じゃ駄目なのか?」

「あれ、佑真君の声じゃないし」


 直に囁かれるから、ぞくぞくするのだとか。

 快楽に浸る変態は容赦が無いようだ。


「人目を気にするの?」

「するに決まってる」

「誰も細かいことなんて気にしないってば」


 変態は言うことが違う。人目を気にしないからこその変態なのだろう。

 だが懇願されしな垂れて、なんか柔い感触を押し付けられて、根負けして囁く羽目に。

 色香に惑わされる俺って、実に情けない。

 だって、柔い感触が襲ってくるんだぜ。抗えるわけ無いだろ。


「綾乃。次は容赦しないからな」

「期待してるね!」

「するな。これはただのセリフだ」

「もっと」


 電車来ちゃうだろ。今日はここまで、として以降は明日として、鴻池さんから離れホームに向かった。

 後ろから「明日楽しみにしてるね」じゃねえよ。ど変態め。

 学校でも一番の美人が実は変態だったとか、とんだ醜聞になるな。みんな実態を知れば幻滅するかもしれない。そうすれば告白なんて、する奴が減ると思うんだが。

 ああでもあれか、変態なら遠慮しないで抱ける、なんて邪な奴も居るか。

 危険すぎて公言できない事実もあるな。


 家に帰ると今日は母さんが居る。

 たまの休みって奴だな。


「おかえり」

「ただいま」


 学校でやる夏期講習に参加するんでしょと。給食はあるのかとか言われるが、一年次の時と同様、弁当持参になると伝えておく。

 もしくは購買で総菜パンを買うか。面倒だからパン食で済ませて欲しい、とか言ってるが。夏場だから弁当が腐りやすい。手が掛かるから小遣い渡すってことで、購買のパンを買って済ませろ、だそうだ。

 息子に対する愛情が無いな。


「保冷剤入れておけば」

「手間がね。仕事もあるし」


 自分で用意してもいいんだよ、とか言われてもなあ。

 ため息しか出ない。

 やっぱ公立校にしておけば良かったのか。私立校は何かと金が掛かる。成績優秀者ならば学費免除もあるけど、俺の成績じゃ無理だし。

 あんなの学年上位十位以内とか、条件が厳しいからな。


 翌日、駅改札前にやっぱり居るし。取り巻きは排除したらしい。邪魔だから。


「おはよ」


 そう言いながら指を絡め手を繋ぐと「今日は何を言ってもらおうかな」とか言ってるし。

 偽装からの本気って、どう考えてもおかしい。騙されて無いか、俺。

 とは言え、性癖を明かすくらいだから、ある程度の本気はあるのかもしれない。確証が得られないから、素直に喜べないし。


「あのさ、鴻池さんって」

「名前で呼んでって言ったよ」


 面倒な。


「あ、綾乃さん」

「さん要らない」

「綾乃」

「何?」


 ああ面倒だ。


「本気で俺を好きなのか?」

「まだ疑ってる」

「疑いもするっての」

「信じさせるのって、容易じゃなさそうだね」


 エッチすれば信じるかもしれないけど、そこに至るにはまだ早いと考えるらしい。

 まあ、互いに高校二年生だし、如何わしい付き合いは無理だよな。ある程度の期間は必要だろうし、ましてや相手はお嬢様だ。ど変態だけど。

 迂闊に手なんて出せるわけもない。


「でも、周りには示せるから」

「告白は無くなったのか?」

「今は期末考査中だから大人しいよ」


 それもそうか。テストで赤点なんて取ってられないし、暫くは真面目にテストを受けるしかない。

 それでもテスト明けには、なんかあるかもしれない。


 学校に着き各々の教室に向かう。別れ際に「今日、少し時間取れる?」と聞かれた。


「なんで」

「寄り道」

「どこ」

「ファストフード」


 まあいいか。


「三十分くらいか?」

「短いってば」

「一時間?」

「うん。ちょっとだけデート気分」


 デートがファストフードってのもなあ。なんか冴えないけど、まあいいや。俺も金があるわけじゃないし。ああでも、鴻池さんは金持ってそうだ。親が経営者なら金も唸るほどありそうだし。

 羨ましい。


 教室に入ると、まだまだ嫉妬の視線が突き刺さる。

 嫉妬しても状況の変化は無いんだけどなあ。まじでバカが多い。

 自分の席に腰を下ろすと、いってぇ。なんかケツに刺さった。

 立ち上がって刺さってるものを抜いてみると、画びょうかよ。子ども染みたことしやがる。

 まじでバカばっかりかよ。このクラス。


 ため息しか出ない。

 あまりにもレベルが低過ぎて。そんなんで、あの変態に好かれると思うのか。

 己の幼稚さを嘆け。

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