Sid.9 選択をミスってる
バカばかりじゃなかった。中には真面な対応をする生徒も居る。
あまりにもクラスの連中がバカなだけで。それと廊下で後ろから攻撃する奴ら。手に負えない程のバカだな。退学した方がいい。
学校に向かう最中「びっくりしたよ。だって、鴻池さんに彼ができたって言うから」と、女子のひとりが口にすると、他からも同様の意見が漏れ出てる。
「どんだけ理想高いの、なんて思ってたけど」
「そうだよね。なんか安心したって言うか」
「でも、自分から告白しに行くなんて」
「無いと思ってたし、そこもびっくりだよね」
さて、話題は俺に移ったようだ。
「告白されたんでしょ。どう思った?」
「鴻池さん美人でしょ。嬉しかった?」
「俺だったら飛び上がって喜ぶけどなあ」
「付き合ってるんだから、念願叶ったとか」
なんて言うか、騙してるんだよな。人の好さゆえに疑わないのだろうけど、実際には付き合って無くて偽装してるだけ。
鴻池さんが俺に惚れるわけ無いし。そこくらいは疑ってもいいと思うけど。
むしろ俺から積極的に迫った、なんてのが一般的な解釈、だと思うんだがなあ。
鴻池さんを見ると笑顔だし。なんで笑顔になれるのか、女子ってのは天性の女優ってか。
それにしても大勢居てもお構いなしだ。指を絡めての手繋ぎだからな。
偽装するにしても、やるなら徹底的にってことか。そこまでして疑念を抱かせる余地を無くすってことだろう。
その相手がよりによって俺。そこだけは選択ミスだ。
一緒に寄り添うように並んで歩くが、身長差が殆ど無いんだよな。
ほんの少しだけ俺の方が目線が高い。低くなくて良かったと言えばいいのか。でも、ヒールの高い靴履かれたら、鴻池さんの方が高くなる。
もう少し身長欲しかったなあ。もう今更伸びそうにないし。
学校に着くと取り巻きが居ることで、今日はバカが大人しいようだ。
毎日、こんな調子でガードしてもらえればなあ。そうすれば暫し夢のような時間を過ごせる。
見た目は文句なし。性格もイメージよりは真面だった。
本気で惚れてもらうための努力か。何をすればいいのかなんて、雲を掴むようなものだけどな。
偽装でも奇跡と言えるってのに、これ以上を望むなんて、罰当たりもいいところだろう。
期末考査が終わり絡もうとする連中から逃れ、廊下に出ると接近してくる気配があるわけで。
後ろから攻撃か。卑怯だと思わないのがなあ。バカは消え去れ。としか言いようがない。振り向くと立ち止まり「くそっ」とか言ってるし。
エントランスに居る鴻池さんと合流し、また一緒に帰るのだが。
今日は誰も取り巻きが居ない。チャンスか。
「あのさ」
「何?」
「やっぱ解消した方が」
笑顔だったが表情が曇った。
「なんで」
「やっぱり釣り合いってあるだろ」
「無いよそんなの」
「あるって」
犯罪者や素行の悪い奴ならば避けた方がいい。弱い相手に暴力を振るう奴も避けた方がいい。他人を一切気遣えない奴も避けた方がいい。俺と鴻池さんを祝福できない奴も避けるべき、とか言ってるけど。
「そうじゃないなら、解消する必要無いでしょ」
「でもさ、そのせいで俺は常に虐めを警戒する必要がある」
その点はどうにかしたい、と言ってるが、鴻池さんに暴力振るう奴はさすがに居ない。俺だから暴力に訴えられる。どうせ反撃し無いだろうなんて。ああ、そうか。反撃すればいいのか。後ろから刺そうとするんだから、堂々と正面切って喧嘩する勇気は無いんだろう。
ただなあ。校内で喧嘩ばかりだと、例え俺が被害者なんて言っても、俺の評価も下がるし最悪退学処分もあり得る。
「バカって手に負えないからバカなんだよね」
まあそうだろうね。
「自覚すればバカを脱することもできるのに」
「無自覚だからバカなんだと思うけど」
「そう。だから対処に困るの」
だからと言って解消は無い、と言い切ってる。
「あのさ」
「何?」
「そこまでして告白から逃れたい?」
「え、そうだけど」
だったら相手をもっと吟味しようよ。俺だから問題になるんであって、誰が見ても納得する相手を選べば、文句の言いようも無くなるだろうに。
俺を選ぶから、こんな結果をもたらしてる。
その点をどう考えるのか、と問うと、だからさあ、なんで悲しげな表情になるのか。
「す、少しはいいと思ってるんだよ」
「は?」
「だから、佑真君にもいいところあるんだってば」
「具体的に」
口篭もった。
もそもそ、何やら言いたそうだが、声に出して言ってこない。無いってだけだろ。良いところがある、とは言ってみたものの、具体的にと言われると思い付かない。
その程度の相手だから絡まれる。他を圧倒する、何かを持っている相手にすればいいのに。そうすれば誰も文句言わないだろうし、言えるわけ無いだろうよ。
「無いなら解消しよう。俺にとってデメリットしか存在しない」
握られる指先にぎゅっと力が篭もった。俺を見て唇振るわせてるし。なんでだよ。
好きでも無い相手。それこそどうでもいい、カモフラージュするためだけの存在。なのに、解消って言うと泣きそうになる。
面倒な。
「あのさ、鴻池さんから振ってくれれば、自分の面子も立つでしょ」
わなわな、って感じがピッタリ。震えると涙が溢れてくるし。
「あたしにこれ以上、嫌な女になれって言うの?」
「じゃあ俺から別れればいいのか?」
「だから、違うんだってば。なんで分かってくれないのかな」
分からんって。言葉にして伝えてくれないと。
ん? いや、まさか。
絶対無い可能性を思い浮かべてしまった。それだけは天地がひっくり返ろうとも、絶対に無いしあってはならない事象。思考の埒外に置いていたもの。
鴻池さんを見ると、その無いはずの可能性が、微かに見え隠れするような。
いやいや、自分に都合よく考えるな。
もう一度。
「解消」
「やだ」
えっと。なんか、変。
「偽装恋人なんて真面じゃない」
「違う」
「え?」
「あ、だから、えっと」
待て待て、まじか。
幾ら俺に経験が無いとは言えど、この反応は。
「そうか。解消した方がいいな」
「そんな必要無いでしょ」
「俺のメリットはどこにある?」
「だ、え、あるでしょ」
こうして手を繋いでいられる。この学校の男子の誰ひとりとして、手を繋ぐことは無かったと言う。人によっては、とんでもないご褒美レベルだとか。
いや、そうかもしれないけど、その分、強烈なリスクを背負った。
ぎゅっと握られる手。そして互いに正面に向き合うと。
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