Sid.7 疑惑の目と勿体無い
思っていた通りの展開。
まじで近い将来死ぬかもしれない。
教室に向かう最中、数人が声を掛けてくるけど、いずれも「どうやって落とした?」だの「なんでお前が」だの「告白したのか?」なんてのも。
声を掛けてくる奴はまだ真面だ。理由を知ろうとするのだから。そうじゃない奴ら。問答無用で暴力に訴える奴らは、最低と言わざるを得ない。こんな進学校でも居るんだな。獣レベルのバカが。
教室に入ると、まあ朝の光景を見ていた連中から、聞かされたのだろう。すでに噂になっていて、ざわめきが凄いことになってる。
視線が集まるなんて入学して初めてだけど、こういう注目の浴び方は好ましくない。男子からの嫉妬と女子からの驚愕。決して祝福では無いからだ。
自分の席に着くと数人が囲んでくるわけで。
「朝のあれ、なんだ?」
「この前、俺の背中押したのに、お前が付き合ってんのかよ」
「告白して付き合った?」
「よく鴻池さんと付き合えたな」
事実を言ってしまうと意味がない。かと言って、こんな状況は芳しくも無い。俺ひとりが集中砲火で逃げ場も無いのだから。やっぱり早まったと言えるだろう。
俺程度が偽装でも付き合ってる、なんて事態は避ける必要があった。失敗したなあ。こんなの予測できたってのに。
「どっちから告白した?」
この場合は俺じゃなく鴻池さん、としておくのがベターだと思う。俺にとっては青天の霹靂って奴だったと。
「鴻池さん」
「まじかよ」
「悪趣味、とまでは言いたくないけど」
「いつからだ?」
先週末だと言うと「なんでお前なんだよぉ」と、崩れ落ちる奴。他はあれだ「あり得ないって気持ちはある」だの「なんか秘密でも握ったか?」なんてのも。
疑惑の目を向ける奴も居るだろう。何か切っ掛けがあって、以前から親しくしていたとか、何かしら接点があれば納得したかもしれない。
でも、そんなものは一切無かったわけで。そうなると告白に至る経緯が不明瞭。
「今まで喋ったことあるのか?」
「無い」
「それだとおかしくないか?」
「俺もおかしいとは思う」
憧れられる要素を持つ男子は居る。運動部でインターハイ出場とか、実績を持つ連中なんかは、勢い告白する女子も居るだろう。イケメンでスポーツ万能で、成績も良ければ勝手に好かれて、微かでも望みをかけてなんてのも。
他にも切っ掛けとなるものはあるとは思う。じゃあ、俺にそれがあったのか、と言えば校内では地味で目立たず、女子ともそれほど仲が良いわけでも無い。つまりは何も無い。
疑われるのも当然。こんなことすら鴻池さんは想定しなかったのか。
「やっぱあれか、脅した」
「絶対無い」
「じゃあなんでだよ」
「分からない」
事実を言ってしまえば楽になれるんだけど。そうなると鴻池さんはこれまで通り、告白を受け続けるわけで。それが嫌で偽装恋人を選択したのだろうし。
ただ、相手はもっと慎重に選ぶべきだったと思う。よりによって俺って、一番怪しまれるだろうに。今現在、俺を取り囲む男子の誰ひとり、本当の意味での恋人なんて思って無いぞ。
頭の痛い事態になった。
少しするとチャイムが鳴り全員席に着く。
期末考査だからな。時々視線を感じるが今は目の前のテストに集中。
余計なことを考えて点数を落としたくない。
この日のテストが終わると、また数人集まって来るんだよ。
期末考査中は余計なことに関わらず、明日にでも備えた方がいいと思うんだが。
「あのさ、やっぱ変だろ」
「だよな。前から何かしらあった、とかならまだしも」
「告白されるに至る理由が分からん」
「実は成績良かったとか?」
学年トップの成績とかであれば、それはそれで納得したくは無いが、魅力に感じる女子が居てもおかしくないと。鴻池さんのように大企業の娘であれば、相手に求めるものも高学歴や好成績もあり得るなんて言ってる。
平凡な成績じゃ見向きもしないだろうとも。
埒が明かないな。
事実を告げたい衝動に駆られる。こんな嫉妬塗れの状態から逃れたいし。
「悪いけど、俺帰るから」
「何だよ、話まだ」
「たぶん待ってると思うから」
「くっそぉ。なんか悔しい」
エントランスホールに居ると思う。付き合ってますアピールをする、って言ってたし。居なかったらバカらしいけど。その場合はあれだ、さっさと解消しよう。
バッグを背負い教室を出るが、後ろから怨嗟の声が無数に聞こえるし。
先が思いやられるなあ。
やっぱり無かったことにしてもらおう。耐えられん、こんなのが毎日になったら。
廊下を歩いていると、背中を叩く奴が居るし。なんだっての。腹立つ。
階段を下りてエントランスホールに行くと、スマホを手にする鴻池さんが居た。周りを女子が取り囲み騒いでるようだけど。
傍まで行くと女子が気付いて「あ、来た」とか言ってるし。その声と同時に鴻池さんが「帰ろうか」と言って、取り巻きから離れ傍に来るけど。
「ねえ鴻池さん。なんで?」
「別に誰と付き合ってもいいと思うけど、でも、なんか勿体無い」
「恋は盲目なんて言うけど、目、完全に閉じちゃってるよね」
目を閉じて適当に掴んだ相手が俺、なんて言ってるし。まさにその通りだ。たまたま目の前に居た俺に偽装の件を言ってきたのだから。
そのせいで大迷惑を被る俺だけどな。
だが、周囲のことなどお構いなしに、俺の手を取り指を絡め取ると歩き出し「今日、どうだった?」なんて、呑気に聞いてくるし。
他の女子連中が「まじ勿体無い」って言ってるけど。
校舎を出ると後ろから付いて来る女子連中複数。口々に最底辺と最高峰なんて、美貌の無駄遣いだよなんて声も。ほんと、偏差値は人間性を表さないな。勉強できても、いや、逆か。なまじ勉強できるから、自分の価値観で相応しいとか、相応しくないと言いたがる。
なんか鴻池さんの指先に少し力が篭もった。
「雑音は気にしなくていいから」
別に言うだけなら俺も我慢はする。だが、それだけじゃ済まない事態になってる。
偽装をやめたい、と言いたいが後ろに女子が居るし。切り出せないじゃないか。
ため息をひとつ吐く鴻池さんだが、何やら口にする。
「人が人を好きになるって、見た目とか成績とか、運動ができるとか、そんなことじゃないんだよね」
わざと後方の女子に聞こえるように言ってるようだ。
「表に見えるものだけで他人を判断するなんて、頭悪いですって宣伝してるだけなのに」
内面を見ずに何を判断してるのかと。
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